TEXT◎大谷達也(Tatsuya OTANI)
“Hidden Delight——秘められた喜び”
ベントレーのデザイナーは、自分たちのインテリアの特色をそう説明する。それは、ぱっと見たときのきらびやかな感動だけでなく、じっくり使い込んだ後でじわじわと芽生える満足感、幸福感をも満たそうとする、イギリス人らしい控えめで奥深いホスピタリティ(おもてなし)の精神を象徴しているようで実に興味深い。
たとえば、どっしりとした重厚感を漂わせるドアハンドル。手前側から見るとよく磨き込まれて目映いばかりに輝いているが、ドアを開けようとして手を滑り込ませると、ハンドルの内側に心地いい感触の滑り止め加工が施されていることに気づく。決してこれ見よがしの贅沢ではなく、実際に手に触れた者だけが知ることのできるラグジュアリー。これこそベントレーの真髄といって間違いないだろう。
新機軸の“ダイヤモンドローレット加工”はどうか。ベントレー伝統のブルズアイベント、ロータリースイッチ、メーター類の周囲などにオプションで設定できるこの特殊な金属加工は、まるでダイヤモンドのように四方八方に輝きを放つ効果を持つ。しかし、断面をただひし形にカットしただけでは滑りやすく、操作しにくい。そこでひし形とひし形が接する部分にわずか0.3mmの段差を形成。これによって美しさを保ちつつ、操作性も確保することに成功したのだ。
こう書くと、新型コンチネンタルGTは“滑りにくさ”ばかりに気を遣っているように思われるかもしれないが、これらはその一部に過ぎない。たとえば、センターコンソールの仕上げとしてオプション設定されたコート・ド・ジュネーブ。これは高級機械式腕時計のムーブメントに用いられる装飾加工からヒントを得たもので、直線的な品模様が繰り返し現れるもの。縞模様の幅は5㎜で高さが0.5㎜と聞けば、普通は立体プリントで起こしたパターンと思われるだろうが、これはフライス盤と呼ばれる金属加工機でひとつひとつ削って作成されたもの。このため、プリントされた製品とはまったく別物の味わいを備えている。
ダイヤモンド・イン・ダイヤモンドと呼ばれる新しい刺繍模様も"秘められた喜び"のひとつ。ラグジュアリーカーのアイコンともいわれるダイヤモンド・ステッチの内側に、さらに小さなひし形の刺繍をあしらったこのダイヤモンド・イン・ダイヤモンド、内側のひし形は実に712のステッチで構成されているのだが、糸の向きを一辺ごとに90度ずつ変えているため、光のあたる角度によって糸のひかり方が変化し、立体的な深みが楽しめるように工夫されているのだ。
なお、例によってインテリアにふんだんに用いられるレザーは、キズのない最高級の北欧産レザーを9頭分使用。しかも、使われるのは雄の牛のみ。これを縫い付ける糸の総延長は実に2.8kmとなるほか、1枚1枚のレザーパネルの裏側には製作を担当した職人の名前が刻まれている。これも、ひとりひとりの職人が確かな仕事をした自信と誇りの現れといえるだろう。
ダッシュボードの全体像を広く見渡すと、伝統のウイングデザインが大きくモディファイを受けたことに気づく。従来のウイングデザインはセンターコンソールの両脇がそのまま垂直に伸び、ダッシュボードを貫いてフロントウインドウ側まで伸びた後に優雅な曲線を描いて水平へと向きを変え、サイドウインドウ側へと伸びていくのが基本的なデザインだった。新型コンチネンタルGTでも、センターコンソールの両脇が垂直に切り立っているのは従来と同じながら、このラインはダッシュボードの下側に到達したところで左右方向に広がっていく造形に改められた。これはダッシュボード上部にメインインフォテイメントディスプレイが追加された影響だが、ダッシュボード全体の造形が水平方向に伸びる印象を強めたため、結果的にインテリアをワイドに、そしてクリーンに見せる効果を手に入れたといえる。
もうひとつ新型コンチネンタルGTで特徴的なのが、ダッシュボードに張られるフェイシアが上下二分割とされ、上下別々の素材を選択できるようになったこと。これによってダッシュボード周りの表情が深みを増し、ラグジュアリー度がより高まった。ちなみに1台の新型コンチネンタルGTを製作するのに必要なウッドパネルは10m2。0.1㎜の精度で調整されるウッドパネルを1組製作するには熟練した職人でも9時間を要するそうだ。
さらにフロントウィンドウとサイドウィンドウには遮音性能の優れた合わせガラスを採用。耳障りな周波数帯の3.15kHz付近では車外騒音が9dBAも低下したほか、従来は3つ程度の位置でしかホールドできなかったドアを任意の位置でホールドできる“インフィニット・チェックアーム”を導入。ドアの開閉スピードをダンパーによって制御することで、乱暴に開いても反動で跳ね返ることなく、そっとエレガントに動きを止めるようになった。これも「秘められた喜び」のひとつといって間違いないだろう。