コウモリが黄昏時に飛び交うのを見かける季節となりました。今年はソメイヨシノの開花も早く、春本番に向けて、その歩みはいよいよ早くなってきましたね。
この時期、全国各地の空き地や土手、道端などの足元で、切れ込みのある青々とした葉を茂らせているのが、お馴染みの雑草、ヨモギです。

全国どこでも普通に見られるヨモギですが、実は最強の薬草⁉


知ってるようでよく知らない?お灸のモグサともなるヨモギってどんな草?

ヨモギ(蓬、艾)は、日本では本州以南に普通に自生する「カズザキヨモギ」とも呼ばれるヨモギ(Artemisia princeps シノニムA.indica)のこと、または 東北から北海道など寒冷地に多く分布するオオヨモギ(A. montana)、河川敷や海岸の砂浜などに多く見られるカワラヨモギ(A.capillaris)なども、「ヨモギ」と呼ばれます。世界には400種ほどのヨモギ属(Artemisia)が知られています。

ヨモギ(カズザキヨモギ)は、道端、空き地、土手や畔、林下など、あらゆるところに普通に生える、草丈50~100cmの多年草です。在来種ともされますが、本来の分布域は、中央~西アジアの乾燥地帯で、日本列島には水稲とともに渡来した史前帰化植物とも考えられています。匍匐根を広げてびっしりと一帯に生えそろい、よく分枝して密生します。春菊にも似た深く裂けた羽状の葉は全体が白い綿毛に覆われ、特に葉の裏側にはフックの付いたよく絡む綿毛が発達しており、これを取って集めて乾燥させたものが、お灸に使うもぐさ(艾草)です。

花期は9~10月。ヨモギ属は、頭花を目立つ外花被がぐるりと取り囲んで飾り立て、虫を呼び寄せる虫媒花であるキク属が、虫の少ない乾燥地帯で風媒花に変化したグループと考えられています。このため花はきわめて地味で、1.5mmほどの小さな褐色の頭花がランダムに集合した花穂を、うつむくように恥ずかし気に咲かせます。頭花の中心部は両性、周辺部は雄花ですが、どちらも結実します。

葉にはユーカリにも含まれる精油成分シネオール (cineole ユーカリプトール とも)が含まれ、揉むと良い香りがします。このため餅に練りこんで草餅にしますが、この風習は江戸時代ごろよりはじまったもので、それ以前の草餅はやはり春の山菜で七草のひとつ御形、ことハハコグサを練りこんでいましたが、ヨモギがもっとも美味しいとされたためでしょうか、やがてヨモギが主流となっていきました。

秋の花期には、春のヨモギとは似ても似つかぬこんな草姿に


よもぎは「よも木」?謎の語源にこめられた意味とは

「よもぎ」という名の語源は、諸説あるものの明らか。しかし少なくとも『萬葉集』に所収される大友家持の長歌にヨモギの名は見られる(文字は『余母疑』)ことから、奈良時代にはヨモギが「よもぎ」という和名を持っていたことははっきりしています。
中国ではヨモギとは「艾草」(艾は『ガイ』と音読みされ、よもぎとはまったく音が重なりません)と表記し、重要な漢方薬になっていますが、『和名類聚抄』(源順 10世紀前半ごろ)ではヨモギに「蓬」の文字をあて、

本草云艾一名

と、艾草のことを一名では「蓬」ともいうとし、和名では「與毛木」である、としました。以降日本ではお灸の艾(もぐさ)を指すとき以外はヨモギを「蓬」と表記するのが一般的になりました。おそらく源順は、不老不死の神仙の世界である「蓬莱山」の「蓬」をあえてあて、その薬効を強調したかったのだと思われます。

ヨーロッパでもヨモギ属は古代から薬草として重宝されており、オウシュウヨモギ(Artemisia vulgaris)は、防虫、魔除けの魔法の草として儀式・儀礼にも使われていました。ヨモギ属の学名Artemisiaは、ギリシャ十二神の一柱で、月と狩猟の女神アルテミスに由来します。アルテミスはオリンポスの神々と血縁づけられる中で「月の女神」になっていくのですが、もともとはトルコ地方の地母神であり、人に豊穣と安産を約束する神であるとともに疫病と死をもたらす恐ろしい神の一面を持っていました。一説では冥府の女神・ペルセポネーの娘であるともされ、獲物を射殺し冥府に引きずり込む弓矢を携えた神像は、この神の本来の性質の名残なのです。
晩冬ごろから、凍てつく土の表面に、銀白色の綿毛に包まれて萌え出てくるヨモギは、地下の冥府から届けられる生命の季節の到来を告げるサインでした。ヨモギがアルテミスの名をいただくのは、それゆえだったのではないでしょうか。

早春に芽を出して地表を覆うカキドオシやキランソウには「地獄の窯の蓋」という別名があります。死の季節である冬と、生の季節である春の境の時期に出てくる地に張り付くような姿の草を、古代人は地面の下の死の世界、冥府と関係づけてイメージしてきたのです。
沖縄県では、ヨモギ(西南日本に多く分布するニシヨモギ)を「フーチバー」と言います。バーは葉で、つまりフーチの葉、という意味です。また福岡から鹿児島にかけての九州全土では、やはりヨモギのことを「フチ」と言います。「フチ」「フツ」は琉球地方では「星」を意味します。この言葉は現在の日本語の「ほし」の語源です(日本神話の武神フツヌシの名の本当の意味は『星の王』という意味です)。闇空にふつふつと湧いて出てくる星々を、「フチ/フツ」と呼んだのでしょう。星の世界もまた、地下と同様死者の国、あの世と重ねられます。
とすると、「よもぎ」という名は「よもの木」つまり「黄泉の木」が語源である、と考えることもできるかもしれません。

ヨモギの学名になった女神アルテミス。「よも」に隠された意味とは


続々と明らかになるヨモギの驚くべきポテンシャル

ヨモギ属は、抗マラリア薬として古くから知られ、20世紀に入りその成分がヨモギに含まれるアルテミシニン(Artemisinin) という物質であることがつきとめられました。そしてつい近年の2015年、ワシントン大学の研究チームが、この成分が特に癌細胞に取りついて死滅させる、きわめて強い抗癌作用があることをつきとめました。
その効果は、当時の抗癌剤と比べて34,000倍というめざましいもの。アルテミシニンを仕込んだ鉄成分であるトランスフェリンを「餌」にして癌細胞に摂取させると、細胞内に侵入したアルテミシニンが癌細胞を内側から死滅させることがわかったのです。今後アルテミシニンによる癌治療研究は大きく進展することが期待されています。

もともとヨモギには鉄分含有量が高く、貧血や冷え性、皮膚病や腫物、血行障害に顕著な効能があるとされていましたし、生葉もしくは天日干しした乾燥葉を入れたヨモギ風呂には腰痛や腹痛の治癒効果があると言われています。初春の新芽の頃から、夏の訪れの頃まで、次々とあふれ出すように若葉が萌出し、長い期間利用できるのもヨモギの優れた特性です。
桃の節供や端午の節供で、ヨモギ餅やヨモギ団子を食べて健康を願うのも、当然の知恵だったというわけですね。

煎じてよし、燃してよしの万能薬ヨモギ。その上食べて美味しい

草餅もいいのですが、天ぷらや味噌汁もまた格別です。枝先の柔らかい若葉を摘み取り、春の味を堪能してみてはいかがでしょうか。


(参考・参照)
植物の世界(朝日新聞社)
身近な薬草(婦人生活社)
野草図鑑たんぽぽの巻(保育社)
倭名類聚鈔 20巻 [10] - 国立国会図書館デジタルコレクション
Scientists develop new cancer-killing compound from salad plant | UW News

春の野遊びの楽しみヨモギ摘み。春の七草にヨモギが入らないのは不思議です

情報提供元: tenki.jpサプリ
記事名:「 ヨモギ、それは月の女神アルテミスの妙薬?その驚異の効能とは…