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孵化したばかりの蝉の鳴き声を聞いたことがあります。そっと弱々しく鳴き始めるのですが、あっという間に全開のボリュームとなり、蝉が夏の虫だと実感したことがあります。寝苦しさを感じながら迎えた朝、突如響き渡る蝉の鳴き声に驚いて目が覚めることもよくあると思います。力強い蝉の声はその日の暑さを予感させるかのようです。
蝉はひと夏の短い時間に命を引き継ぎ死んでいくといわれています。蝉の鳴き声はメスを呼び寄せる命の叫びともいえるようです。蝉しぐれの喧騒に耳を傾けていると、鳴き声の大きなミンミンゼミやアブラゼミに混ざって、いろいろな鳴き声があることに気づきます。みんなが無事に相手に巡り会えているといいですね。
真夏の太陽が傾き始める頃、ヒグラシの声を聞くとホッと心が安らぎます。昼間に聞く勢いのある鳴き声とは違う少し寂しげな風情に、1日が穏やかに終わっていくような安堵を感じるからかもしれません。
子供の頃、ツクツクボウシが鳴き始めると夏休みも終わりに近づいている、と寂しい気持ちになったものです。まだ手をつけていない宿題を思い出し、早くやれとせっつかれているような鳴き声に、心が重かったのかもしれません。
蝉の声は7月から8月と夏の間中盛んに聞こえてきますが、季節の流れとともに変化していくようです。注意深く耳を傾けてみると、蝉の声にも暑い夏の生活の起伏が感じられるようです。
蝉の鳴き声で思い出すのが、江戸時代の俳人松尾芭蕉の
「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」
ではありませんか。46歳で弟子の曾良を伴い3月に江戸を出発した芭蕉が、この句を詠んだのは山形県の立石寺です。東北を旅しながら辿りついた山の中のお寺で、芭蕉の耳に聞こえてきた蝉の声は、あなたにはどんな風に聞こえてきますか。読んだ人それぞれに響く蝉の鳴き声はきっと違うことでしょう。だからこそこの句が読み継がれていくような気がします。
夜空に大輪の花火が広がるさまは老若問わず心踊るものです。花火大会は夏の風物詩になっていますが、今年は再開を決めたところ、やはり中止するところなどそれぞれのようです。
花火大会の由来として亡くなられた方々への慰霊があります。享保17(1732)年に起きた大飢饉は暖冬に続く冷夏に合わせ、害虫の発生が重なり大凶作となりました。そのため大量の餓死者が出るという大変悲惨なものだったそうです。翌年八代将軍・徳川吉宗が、両国の川開きの日に犠牲となった多くの人々の霊を慰め、悪霊退散を祈願して花火を打ち上げたのが始まりといわれています。
空に大きく開く花々は送り火となって亡き方々へ供養の祈りが届くことでしょう。また花火の輝きが明るく照らす水面に水の恵みのありがたさが実感されます。
「暗く暑く大群衆と花火待つ」 西東三鬼
花火が上がるドーンの音と同時にガヤガヤしていた群衆も一瞬口をつぐみ、いっせいに空を見上げ広がる花火を見守ります。パトロールのおまわりさんや警備員さんも笛を吹くのを忘れて一緒に見上げます。誰もがともに楽しめる花火大会のなつかしい情景が、すべての場所に戻って来ることを願っていきたいと思います。
「土用」は土の気が旺盛なるという「土旺用事」が変じて「土用」になったともいわれています。本当は春夏秋冬、それぞれの季節の変わり目に置かれているのが「土用」です。夏はちょうど暑さの極みである「大暑」と重なります。暑さで体力を消耗し食欲も落ちてくる、だからこそしっかりと食べて養生をする、それが「土用」の過ごし方かもしれません。
夏の土用の丑の日には「う」のつくものを食べるといい、などといわれています。一番にあがる「鰻」は栄養をつけるのにはもってこいですが、他にも夏らしい「瓜」類があります。冬瓜、ゴーヤ、きゅうりなど夏が旬の野菜には豊富な水分があり、熱くなった身体を冷ますといわれています。酸っぱい「梅干し」は食欲をそそられたり疲れにもよさそうです。あたりまえ過ぎて見逃しがちなのが「うどん」です。身体のエネルギー源となるでんぷん質もまた大切ですね。
「茹で上る麺のゆたかに土用かな」 金子青銅
厳しい暑さに負けない元気をつけるために、あなたは何を選びますか。自分にあった食べ物を選び、食を楽しみながら健やかに過ごす、ささやかですが最高の夏の楽しみにもなりそうです。