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初候は「綿柎開(わたのはなしべひらく)」です。
綿の花はタイトル写真のような、芙蓉に似た黄色いふんわりとした優しい感じの花です。ふわふわの白い綿の綿花(めんか)は、この花の後にできる実が割れるとのぞき出ます。このように綿の実から綿花がはじけ出てくるのがちょうど「処暑」が始まる頃と重なるのです。
つまめばすぐ取れそうに見えるこの綿花ですが、意外にしっかりとつながっています。この実を取って綿繰り車にかけ、綿と種に分けます。選り分けた綿を綿打ち用の弓(綿弓)の弦ではじきます。このはじく作業を続けることで繊維がしだいにほぐれ、ふわふわの綿となっていきます。また同時に不純物が取り除かれていきます。
最近では珍しくなりましたが長く使ったふとんも、綿を打ち直すことで空気をたっぷり含んだふわふわの綿に甦ります。
綿摘みは現代の生活の中ではもう滅多に見ることはできません。そこで探したのが江戸時代の俳句です。そこには生活に根ざした綿摘みを見つけることができました。
「山の端の日の嬉しさや木綿とり」 浪化
「綿取りや犬を家路に追ひ帰し」 蕪村
収穫の喜び、労働への意気込みを感じることができます。できあがったふわふわの綿にはあったかい冬への期待ももちろんあったに違いありません。
次候は「天地始粛(てんちはじめてさむし)」です。
「粛」の字はつつしむ、しずまる、という意味を持ちます。大空から大地まで暑さがしずまり始めるということ。ひきしまった空気の中では遠くの物音もよく聞こえてきます。その中から聞こえてくる秋の気配、虫の音、鳥の声、木の葉や草花のさやぐ音は物音ではなく「声」として聞きました。
「秋の声」です。日本人は特に秋という季節に情感を深めてきました。五感を研ぎ澄ませて「秋の声」を聞き、感じ取った何かを言葉にしてきたのです。
「雲の一糸も無く白日や秋の声」 中村草田男
「流木をあげし砂浜秋のこゑ」 雨宮きぬよ
「秋声を聴けり古曲に似たりけり」 相生垣瓜人
「衣擦れといふあえかなる秋の声」 山﨑冨美子
「白磁壺そこはかとなき秋の声」 関口ふさの
遠くに、近くに感じる夏から秋への変化が「秋の声」となり、詩人の心に響いているのを感じます。
参考:
『俳句歳時記』角川学芸出版
末候は「禾乃登(こくものすなわちみのる)」です。
月も替わり9月へ入ると、いよいよ稲の稔る時季に近づきます。稲の穂が出そろい並んでゆれるようすは稔りの予感。頭をもたげて勢いのある稲ではまだまだです。やがて穂の中に実が充実してくると稲穂の頭はしだいに下がっていきます。そのような姿になれば収穫を迎えるのも間近です。
よく聞かされた教訓「みのるほど頭を垂れる稲穂かな」が思い出されます。夏の暑さの中で生えてくる雑草を取り、虫を除けて手をかけてきた努力の果でもあります。ここで安心してはいけません。最後までおごること無く収穫を見届けなくては、そんないましめの時ともいえましょう。
稔る稲穂の上を飛ぶのはトンボ。赤トンボや大きなオニヤンマと種類もさまざまなトンボは、里山の秋をかざり郷愁をさそいます。トンボは漢字で「蜻蛉」古くは「あきつ」と読み、日本は「秋津島」といわれていたと『古事記』に記されています。トンボの飛びかう秋の空は、稲の稔る「瑞穂の国」とともに日本の原風景といえるのかもしれません。
二十四節気14番目「処暑」とは、しずまり始める暑さに続く稔りの秋への橋渡しの時季といえそうです。