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「2018年は秋田県の年」と言っても過言ではなかったかもしれません。
ロシアのフィギュアスケート選手への秋田犬のプレゼントから秋田犬ブームに火がついたり、高校野球の全国高等学校選手権大会で準優勝した「金足農業フィーバー」などもありました。あまり知られていない地味なところでは、国の減反政策の廃止に伴う米の作付け面積の2018年増加分で、秋田米の人気が高いこともあり秋田県が一位になった、などもあります。そして極めつけは、秋田の代名詞とも言えるほど有名な秋田県男鹿市地方の来訪神ナマハゲが、今年の11月、「念願」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されたこと。正しくは「ナマハゲが登録された」ではなく、「来訪神:仮面・仮装の神々」として、日本各地の10の来訪神行事の複合遺産のうちの一つとして登録されたのですが、抜群の知名度で「ナマハゲ、世界遺産登録!」といった報道が目立ち、世間的にはそのように解釈されるようになってしまいました。そして実際、この登録に執念を燃やし、奔走したのはナマハゲの関係者でした。
このナマハゲ。菅江真澄(1754~1829)の「牡鹿乃寒かぜ」として紹介されて以来、柳田國男や折口信夫らの研究により、民俗行事として全国的に知られるようになります。いでたちは恐ろしい形相の鬼面に海草の長髪、出刃包丁に「ケデ」と呼ばれる全身を包む獣を思わせる蓑、「なぐこはいねがー(泣く子はいねえか)」というシンプルにして見事な脅し文句、そして「なまはげ」という印象的な名称によって、広い秋田のわずかな地域で行われていた習俗が、秋田県の代名詞となるばかりか、全国的にも指折りの有名な行事となったのでした。このナマハゲを世界遺産にしようと、実はこれまで何度も世界遺産登録が申請されてきました。しかしことごとく却下されてきました。
ナマハゲは現在では地域の幼い子供やその年に嫁いできた初嫁など、一家の新構成員のいる家を大晦日の宵に訪う行事ですが、かつては小正月(旧暦1月15日)に行われるものでした。
十五日。(中略)夕ぐれふかう、灯火とりて櫓のもと圓居してけるおりしも、角高く、丹塗の仮面(おもて)に、海管といふものを黒く染なして髪をふり乱し、肩蓑(けら)といふものを着て、何の入りたらんかからからと鳴る箱ひとつを負ひ、手に小刀を持て、あといひてゆくりなう入り来るを、すはや生身剥(なまはぎ)よとて、童は声も立てず人にすがり、ものゝ陰ににげかくろふ。これに餅とらせて、あなおかな、泣ななどと脅しぬ。(「牡鹿乃寒かぜ」 菅江真澄)
実は、2009年、鹿児島県下甑島に伝わる大晦日の来訪神「トシドン」が世界遺産に登録されていて、ナマハゲはこのトシドンと形式や神の性格が似通っていて、共通するフォークロアは重複登録できないことから却下されたのでした。
しかしナマハゲ推しの人たちはあきらめませんでした。単独申請が無理となると、トシドンとバーターで「正月の来訪神行事」として登録を申請。トシドンは名称変更されるとばっちりを受けます。しかしこれもまた却下されると、次には「来訪神:仮面・仮装の神々」として8件の民俗行事の複合遺産として申請。これも登録見送り(再検討)となります。そして2017年、10件の行事の複合遺産として新たに申請、晴れて念願の世界遺産登録を果たしました。登録の発表時は、記者会見場でナマハゲが控えている姿が映し出され、「民俗行事のあり方としていいのかな、これ」という印象を持ちましたが、いずれにしてもこれによって、ナマハゲを含む以下の十件が登録されたのです。
【甑島のトシドン】 鹿児島県薩摩川内市 (12月31日)
【男鹿のナマハゲ 】 秋田県男鹿市 (12月31日)
【遊佐の小正月行事(アマハゲ)】 - 山形県飽海郡遊佐町 (集落ごとに1月1日、3日、6日)
【能登のアマメハギ】 石川県輪島市・鳳珠郡能登町 (1月2日または6日)
【吉浜のスネカ】 岩手県大船渡市 (1月15日)
【米川の水かぶり】 宮城県登米市大慈寺 (2月の初午)
【見島のカセドリ】 佐賀県佐賀市 (2月の第二土曜日)
【宮古島のパーントゥ】 沖縄県宮古島市 ( 旧暦3月末から4月初、旧暦5月末から6月初、旧暦9月吉日)
【悪石島のボゼ 】 鹿児島県鹿児島郡十島村 (旧暦7月16日)
【薩摩硫黄島のメンドン】 鹿児島県鹿児島郡三島村(旧暦8月1日と2日)
来訪神は、
(1)小正月行事として松の内に行われるもの(スネカ、アマハゲ、アマメハギ、古くはナマハゲ)
(2)節分行事として立春ごろ行われるもの(米川の水かぶり、カセドリ)
(3)お盆行事として行われるもの(メンドン、ボゼ、他にミロク/ミルク、フサマラーなど)
(4)虫送りや雨乞いなど農耕儀礼の一環として行われるもの(パーントゥ)
(5)大晦日に訪れるもの(トシドン、後にナマハゲ)
に分けられます。
日本の来訪神(まれびと)は、異界から来て福をもたらす異形の神(七福神やスクナヒコナノミコト、スサノオノミコト、頗梨采女など)と一族を見守る祖霊(先祖の神)、農耕を守護し実りをもたらす田の神(タノカンサァ、水神、山の神、またはウカノミタマノカミ)とが習合し、そのいずれかの性質により来訪する時期の傾向があると思われますが、わけても大晦日の晩に訪れるトシドンは、その名の通り「祖霊としての歳神」の性質が強いものと思われます。小正月(一月初旬~中旬)→立春(二月)→農耕儀礼(四月から六月、九月)には、これに異形の神と田の神の性質がより強くなっていき、お盆(七月から八月)の行事にはそれら三つに悪霊までもが渾然一体となったカーニバル的要素が強くなるように思われます。
トシドンは、単独の登録から「10のうちの一つ」にいわば格下げされてしまったのですが、神様ですからそんなことは気にしなさそうです。メディアでも紹介され、もはや親しみすら覚える(?)ナマハゲとちがい、トシドンは今も地域の人々以外の観光者が行事を見学することは許されておらず、その独特な仮面装束の製作も外部の人が見ることはできません。慎み深く、神秘的な来訪神です。
大晦日の夜の大イベントと言えば何と言っても除夜の鐘。
鐘は108鳴らすといいますが、一般市民の鐘つき行事では、108ではなく、もっとたくさん鳴らしますよね。
108という数にはご存知「煩悩の数」というものや、ヨーガの太陽礼拝のマントラ数などの説もあれば、当コラムではおなじみの二十四節気と七十二候、これに十二の月をあわせた一年を象徴する数、という説もありますが、基本的には108という数が「数多い」ことを意味することから来ているものと思われます。
情緒深く、感動的な行事だと筆者は思うのですが、ところが最近では、鐘の音がうるさいというクレームで、除夜の鐘つきを中止する寺もあるとか。
戦争時、寺の梵鐘は金属供出で持ち出され、全国鐘なし寺だらけになりました。戦争が終わり平和な世の中になると、人々が集い、一つずつ鐘を鳴らす現代の除夜の鐘行事を行う寺も増えていったのです。紅白で歌を聴きながら、除夜の鐘で暮れていく一年を振り返る。これは戦後の人々には、平和な一年をかみしめる意味あいもあって続いてきたものなのです。そのように考えると、大晦日のたった一晩、おのおののスマホを閉じて、重みのある鐘の音に一家で耳をすましてみるのもいいことなのではないでしょうか。
この一年、小難しいコラムに付き合ってくださった皆様も、どうか良いお年をお迎えください。
昼間に響く「除夜の鐘」 参拝者減や「騒音」苦情で