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水を含みながらも光があたりを満たしていくような、夏の始まり独特の感覚に包まれる季節。今回は、そんな7月の詩歌をご紹介しましょう。
俳句などの季節は基本的に旧暦によっていますが、今の私たちからすると、いよいよ梅雨が明けると「本格的な夏が来た!」と感じます。
夏の始まりのこころを詠ったさまざまな歌句を、ランダムに挙げてみましょう。
〈初夏に開く郵便切手ほどの窓〉有馬朗人
〈夏はきぬ相模の海の南風にわが瞳燃ゆわがこころ燃ゆ〉吉井勇
〈青梅に蜜をそそぎて封じおく一事をもつてわが夏はじまる〉安立スハル
〈かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ〉若山牧水
〈枕べの百合のにほひのあまり強し花の向きをば変へていねけり〉三ヶ島葭子
〈初夏の雨匂ひつつ去り夕暮の光の裳裾ひとびとを染む〉影山一男
〈はつなつのほとけの眉のあはれなり〉角川春樹
安立スハルの詠う梅酒の仕込みもいまの時季の風物詩ですね。
吉井勇が詠う夏に向かう心の高揚、そして影山一男の歌に詠われる、水を含みながらも光があたりを満たしていくような夏の始まりの感覚……。これは誰にでも経験がある今の季節特有の感覚といえるのではないでしょうか。
夏の空にはやはり入道雲が似合います。夏の積乱雲のことを俳句では山に見立てて「雲の峰」と呼びます。力強いイメージです。
〈夏空へ雲のらくがき奔放に〉富安風生
〈誰も来て仰ぐポプラぞ夏の雲〉水原秋桜子
〈雲の峯もろにむらだち力満つ〉石原八束
積乱雲は激しい雨を呼ぶことが多いですね。多く雷を伴います。雷のことを「いかづち」ともいいますが、これは「厳(いか)つ霊(ち)」で、昔は強烈な霊的な威力があるものと考えられていました。和歌では雷が稲の実りをもたらすものだと信じて秋の題でした。雷が鳴るとなんとなくわくわくするのは、この信仰の名残かもしれません。
「はたたく」などとも言い、これは「はためき(鳴り響く)」という言葉の強調形で、激しい音を立てて雷が鳴ることをいいます。
〈庭石に梅雨明けの雷(らい)ひびきけり〉桂信子
〈はたた神下りきて屋根の草さわぐ〉山口青邨
〈赤ん坊の蹠(あしうら)あつし雷(らい)の下〉加藤楸邨
〈昇降機しづかに雷(らい)の夜を昇る〉西東三鬼
〈遠雷やはづして光る耳かざり〉木下夕爾
楸邨句は、柔らかい赤ん坊の足の裏と鋭い雷のイメージのコントラストが読みどころ。三鬼句はモダンな都会の情景です。
夏に雨が降ったあとには、空気が少し涼やかになって、しばしば虹が現れます。
〈虹二重神も恋愛したまへり〉津田清子
〈虹といふ聖なる硝子透きゐたり〉山口誓子
〈水平線の虹が捧ぐる朝の空〉沢木欣一
〈いづくにも虹のかけらを拾い得ず〉山口誓子
── 長く続く降雨や集中的に降る雨はときに生活に支障をもたらすことがありますが、でも、虹という自然現象のあざやかさ、そしてたちまちに消えてしまうはかなさの不思議さは、まるで手品のようです。