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昆虫の「昆」とは、「数や種類が多い」ことを意味する言葉です。その種の数は現在ではおよそ95万種が知られ、実に地球上の動物の種類の4分の3を占めるほど。「昆虫」の名にふさわしい繁栄ぶりといえるでしょう。
一方、私たち人間を含む脊椎動物は、カンブリア紀のピカイアという小さな脊索動物から分岐進化し、魚類を経て地上性となり、地上を移動するための足を獲得しました。魚の胸ビレと腹ビレが4本の足に変化して体を支える形に進化したため、脊椎動物の仲間の足の基本は4本になっています。このうち、クジラやイルカなど、ふたたび水棲に戻った種は足をヒレに変化させ、ヘビは胴体の機動性を得て手足を退化させ、鳥類は前肢の2本を羽根に、人間は物をつかんだり抱えたりなどの作業用の手に変化させたためにそれぞれ2本足になりましたが、大部分の脊椎動物たちは4本足です。
これに対し、一節毎に一対(2本)の足を持つことが基本の節足動物では、足ははるかに多くなります。海老やフナムシ、ムカデやゲジゲジなどがその典型です。昆虫も、もとはムカデやダンゴムシのようにたくさんの足を持っていました(幼虫期には芋虫や蛆虫、ボウフラなど、胸部の六本の足のほかに腹部に腹足があります)が、進化の過程で感覚器を集中させた頭部と、生殖と消化を担う腹部、そして移動のための足と翅を備える強靭な胸部とに機能分岐させました。このため、昆虫の移動用の足(歩脚)は概ね6本で、先祖の節足動物よりは大幅に減少しています。では、どうして昆虫は6本足に進化したのでしょうか。
胸部にあたる節が3節であるため、一節に2本ずつつくために6本なのだ、という説明がよくなされますが、これは因果が逆。昆虫は、6本の歩脚が有利であるという選択の元、胸部節を3節にしたのであり、もし8本や10本が有利ならば、4節、5節を胸部にあてたでしょう。
近年、著しく進歩しているロボットは、もっとも安定して移動しやすい形状は6本の足であるといわれています。これは、カメラの三脚や椅子を思い浮かべればわかるとおり、接地する足が最低3本あると物体は安定して直立するという法則があるためで、移動の際6本の足を交互に3本ずつ前進させると、常に3本の足で接地できることになるため、理にかなっているわけです。昆虫に健脚の種類が多いのも、この6本の足のゆえです。また、足が4本あることは、そのうちの2本を作業用の「手」に変化させても、最低限4本の足は残ることになるため有利な進化をすることが出来ます。たとえばカマキリのように獲物をつかむカマにしたり、ケラのように土を掘るシャベルに変化させたりといったことが出来るわけです。4本足の動物たちは歩く際に、一本ずつ順番に足を移動させます。私たち人間ももし、6本の足で出発したならば、そのうちの2本を手に変化させ、4足で歩くケンタウロスのような健脚の生き物になれたかもしれませんね。
ちなみに、ほとんど飛び回って移動し、足をあまり使わない蝶の仲間では、たとえばタテハチョウやイラガは6本のうちの2本は退化して、ほとんど4本の足しか使用していません。蝶の仲間は将来、足を完全に4本に減らす進化をするかもしれません。
進化といえば、かつては今では考えられない巨大な昆虫が生きていた時代もありました。およそ3億5千4百万年前から2億9千万年前までにあたる石炭紀には、体長3メートルを超える節足動物のムカデの仲間、アースロプレイラが生息し、昆虫類では、翼長70センチ、体長60センチという巨大なトンボ、メガネウラや、体長50センチの巨大ゴキブリ・プロトファスマなどが繁栄していました。メガネウラの大きさは、現代で言えばカラスに匹敵します。石炭紀は大木のようなしだ植物が地表を覆い、光合成で大気中の酸素濃度は35%と、現代の21%よりもかなり多く、肺呼吸ではなくガス交換率の悪い気管呼吸である節足動物にとっては、体を大きくしても体に十分酸素を送り込めるため、巨大化したとも言われています。また、高すぎる酸素濃度は、取り込みすぎると体を酸化させて毒となるため、トンボの幼虫など水中に生息する種は体を大きくすることで表面積に対する体積を大きくし、酸化の毒から身を守った、と言う説もあります。
こうした巨大昆虫たちは、ジュラ紀ごろまで普通に生きていたのですが、鳥類の祖先が登場し、空中環境に強力なライバルが出現したことで次第に滅びて行った、とも言われていますが、その説で言うのならば地上性のゴキブリは大きなままでも生きられたように思われます。やはり、その後の酸素濃度の低下が、巨大ゴキブリやトンボを絶滅に追いやったのかもしれません。
と言っても、今でも巨大な昆虫はまったくいない、というわけではありません。10年ほど前に、ボルネオの熱帯雨林で発見されたナナフシの仲間、チャンズ・メガスティック(Phobaeticus chani)。体長は35センチ、長い足を含めると60センチ近くにもなるといいますから、驚きの大きさです。石炭紀には、そんな大きなサイズの昆虫がうようよしていたのでしょう。
さて、ナナフシ(stick insect /Phasmatodea)というと、小枝にそっくりの姿に擬態して捕食者から身を守っているおとなしい昆虫ですが、独特の姿から子供たちには比較的人気が高い虫です。最近、日本の神戸大学の研究チームが、ナナフシの特殊な繁殖方法についての論文をアメリカの科学誌「Ecology」に発表しました。
それによると、ほとんど翅が退化して移動能力の低いナナフシが、大陸などと接続したことのない孤島にも生息していることから、植物が実を鳥に食べさせ、消化されずに排泄された種子が発芽して拡散繁殖する戦略と同様、鳥に頻繁に食べられているナナフシも、捕食されても卵のみは強力なカラで消化されずにそのまま排泄され、鳥がたどり着いた遠方で卵から孵化するのではないかと推測、実験を行ったところ、実際硬いカラに覆われた植物の種子に似たナナフシの卵は消化されずに排泄。その後孵化したことで、移動能力の低い昆虫が、鳥を媒介にして繁殖地域を広げるという驚きの戦略を行っていることをつきとめました。もちろんナナフシとしては食べられないように枝に擬態しているわけですが、仮に食べられても転んでもただでは起きないぞ、という根性・バイタリティを感じます。先述した巨大ナナフシ、チャンズ・メガスティックスの場合、なんと卵に両翼の羽がついていて、カエデの種子のようにこの羽で風を受け、遠方に卵を飛ばす仕組みを備えているというのですから驚きです。植物からこうした習性を取り入れたのでしょうか。進化の不思議を感じます。
昆虫の特殊能力はあげればきりがありません。ミツバチなどでも、長らく強力な捕食者であるスズメバチと共存してきたニホンミツバチは、圧倒的な攻撃力を持つスズメバチに対して特殊能力を発揮します。巣が襲われた際に何十匹もの働き蜂がいっせいに一匹のスズメバチに群がり、「蜂球」と呼ばれるボール状に固まりとなり、中にスズメバチを完全に封じこめ、羽を震わせて体温を上げ、スズメバチが耐えられない50度の温度にあげてスズメバチを蒸し殺してしまうのです。まるでマンガに出てくる忍法か特殊能力そのもの。一体どういうメカニズムによりそうした連携をしているのか、今もまだ謎のまま、研究が続けられています。
昆虫嫌いの人が昆虫を恐れるのも、もしかしたらそんな超能力の持ち主であることを潜在的に警戒しているからかもしれません。とはいえ彼らの命は、私たちと比べてずっと短くはかないもの。ハエや蚊などの「害虫」の寿命は約2週間ほど。甲虫類も半年も生きられません。セミは地中で何年間も暮らしますが、地上に出てからの寿命はご存知のように半月程度。ほとんどがワンシーズンで死んでいきます。苦手な方も多いとは思いますが、短い夏を精一杯生きるこの奇妙で不思議な生き物をあたたかく見守ってほしいものです。
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