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11回を迎えた今回は、279件の応募者の中からファイナリスト3名が選ばれ、資生堂ギャラリーでそれぞれ個展を行い、最終審査を迎えました。今回は初の公開審査(事前応募)形式で、筆者も聴講してまいりました。審査は、3名のファイナリストによるプレゼンテーションの後、3名の審査員の討論を経て評価が述べられました。作家によるプレゼンテーションは各自の個性が表れていて興味深いものでしたが、それ以上に審査員の討論が熱かった!今回の審査員は『美術手帳』編集長の岩渕貞哉氏。美術家の宮永愛子氏。建築家の中村竜治氏による審査でしたが、討論で出たキーワード、「完成度」、「パッション」、「空間演出」、そして賞の基本理念について立場の異なる意見が飛び交いました。宮永氏が「作品から発せられるパッションが重要」という説を繰り返していたことが印象深く残っています。
artというと、ものすごい造形物や歴史ある絵画を思い浮かべてしまいがちですが、個人的に、人が作るものはすべてがartだと思います。当日、スライドで3名の作品によるギャラリー展示風景が映し出されましたが、スライドからも「パッション」を感じました。
最終結果は、審査員によるさらなる討議の末に賞が決定され、9月15日に資生堂ギャラリーの公式サイトで速報が発表されました。今年の受賞者は、沖潤子氏。作品は刺繍による造形です。
沖氏の作品は、すべて手仕事によるものです。刺繍と言うと「良いご趣味ですね」と言われてしまいそうですが、それを「芸術=art」へと昇華させたのは何かと言えば、「パッション」に他ならないでしょう。作家自身が母や祖母から譲られた古布を使ったことによる個人的な歴史と、一針ごとにこめられた心の奥行が縦糸と横糸になり、自身の中に眠っていた情熱により、その一針に、紡がれた糸に、愛情が溢れていたことも見逃せません。
この賞の理念の一つに「美しい生活文化の創造」があります。沖氏の作品はまさに、刺繍という昔ながらの女性の手仕事によって、受け継がれてきた布に美を纏わせる「生活文化」の創造物であると言えるでしょう。作品の一つに、針供養に見立てたものがありました。ここには今は亡き人からの伝言を表現したそうです。春にまいた種が秋に実るように、祖母から母へ、母から自分へ渡されたパッションが、この秋実を結んだのでしょう。そしてもう一つ、登竜門と言われる賞では若い方が受賞することが多いイメージですが、沖氏は国内外で個展の実績もある50代の作家です。shiseido art egg賞は、パッションは年齢ではないことを証明したとも言えます。
来年度の募集の案内もすでに発表されています。芸術の秋、観るのもいいけれど、眠っている何かを持っている方は、来年へ向けて一歩踏み出してはいかがでしょうか?(詳細は下記リンクサイト参照)
出典
資生堂ギャラリー公式サイト
8月25日開催「shiseido art egg公開審査会」資料
註:作品の写真は主催者の許可を得て、公開審査会において筆者が撮影したものです。
鮮明ではないことをお詫びします。