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90年も前の東京に、そんな「都市」の記録をとっていた研究者 ── その人は、今和次郎(こん・わじろう 1888~1973)です。
早稲田大学の建築学科で教鞭をとっていた今は、デッサン、建築史、住宅建築などを大学で教えるかたわら、各地で日本の民家の調査を行いました。「民俗学」的なアプローチを通じて、人々がどんな空間で、どんな暮らしを営んでいるかの民衆の記録を残そうとしたのです。
東京では、ちょうど今頃の季節に関東大震災が起こり(1923.9)、街の姿は一変します。
その風景を目撃した今は、「目の前にいる人々の生活や風俗の記録を克明にやってみよう」と、都市の風俗を記録する「考現学」の調査を始めます。
「考現学」とは、古代を研究する「考古学」に対して「現在を調査する」という意味でした。今は、大震災で「原始的な状態に帰った当時の東京では記録作成が容易であった」と述べています。
今らは銀座を中心にして上野、浅草などの主に繁華街の風俗をスケッチで記録し始めました。この記録は1927年に「しらべもの展覧会」として公表され、人気を博しました。
スケッチには人々の履いている靴の形状、男性着ている着物の柄、ヒゲのはやし方、カフェーの女給の服装、「本所深川 女に入り用な品物」のリスト、果ては「某食堂の茶碗のかけ方」「洋服の破れ個所」「東京場末女人の結髪」などなどが細かく記録されています。
こんな記録に何の意味があるの?と思ってしまうようなものもあるのですが、なんといっても遊び心にも満ちた、今の好奇心のあり方がユニークで楽しいのです。
この「考現学」のまなざしは、都市とのつきあい方や、私たちがどんなものに囲まれて生きているのか、といった失われやすい情報を記録するものでした。建築、生活学、都市社会学といった学問のあり方にも影響しました。
都市の風俗は私たちの姿を映し出す、鏡のようなものなのでしょう。
だとしたら、現在の生活の中のささいな断片の記憶は、ひょっとすると、今後、私たちにとって大きなヒントになるかもかもしれませんね。
海外旅行から帰った時に、今までなじんでいた日本の風景が変わって見えるように、考現学のまなざしで街を見直すと「目」が変わって、あたらしい街が見えてくるはずです。