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フキ(蕗/Petasites japonicus)は、キク科フキ属に属する多年草で、日本列島とその周辺、サハリン、朝鮮半島、中国の一部に分布しています。ウド、ミツバ、セリとともに数少ない正真正銘の日本原産の野菜の一つ。9~10世紀の「新撰字鏡」「延喜式」「本草和名」などにも記載があり万葉の時代には既に市場で売り買いされていました。
フキの花であるフキノトウが直接地面から現れるのは、フキの本体が地中にあるからです。茎(地下茎)は地中5~10センチほどの浅い場所を放射状に横に這い、その茎から垂直に地中深くへと数本の太い根を張っていて、抜き取るのは容易ではありません。そして地下茎の先端部分から地上に向けて長い葉柄をもつ大型腎形の葉を出します。この地上に出た葉の柄の部分が、私たちが食する「フキ」です。さらに充分に太った地下茎の先端からは「薹(とう)」=花蕾が発芽します。これを蕗の薹(フキノトウ)と呼ぶのです。
私たちはフキノトウを天ぷらにしたり、フキを煮物にしたり佃煮にしたり、日頃からいただいていますが、そんな馴染み深い野菜にもかかわらず、地上にちょっと出た花や葉のわずかな部分だけしか知らない、ということになりますね。
フキノトウは雌雄異株。同じ地下茎からは雌株か雄株、どちらかしか出てきません。早春、ふきのとうは緑色の苞に包まれて地面に顔を出します。苞が放射状にめくれて開くと、あのおなじみのフキノトウの姿に。花は苞片に包まれた頭花がミツバチの巣のようにいくつもみっしりと寄り合っていて(中国ではフキノトウを蜂斗菜といいます)、さらにその一つ一つの頭花も、無数の小さな花序の集まりになっています。
雄花にも雌花にも、どちらにもおしべ・めしべがついていますが、雄花のめしべは結実せず、雌花にはポリネーター(花粉媒介昆虫)をひきつけるために蜜を出す雄花型小花が混ざっていて、受粉する仕組みとなっています。
雄株と雌株は容易に見分けられます。雄株は頭花が黄色っぽく見えるのに対し、雌株の頭花は白く見えます。雌株は、受粉した後花序が伸びてきて初夏には高さが30~80cmにもなり、いかにもキク科らしい姿に成長し、タンポポの綿毛にも似た痩果を飛ばします。
関東北部の栃木県那須付近から東北、北海道、千島列島、サハリンにかけては、葉柄が1.5メートルから2メートルにもなる巨大なフキの亜種「秋田蕗(P.japonicus ssp. giganteus)」が自生します。
江戸時代元禄年間、久保田藩(秋田藩)の佐竹義峯(または義和)はある時江戸で、秋田では蕗の葉を傘の代わりにすると自慢をしたところ、他の大名からほら吹きだと笑われてしまいます。そこで領民は殿様の恥を雪ぐため巨大なフキの葉を掘り取り江戸で披露。名誉を回復したといわれます。これ以降、東北の巨大なフキは「秋田蕗」と名づけられて全国に名を知られるようになりました。
そんな秋田には、フキにまつわる悲しい富貴姫伝承が。
仁井田村(現在の秋田市仁井田地区)。昔、村が深い森であった頃、その山奥にどんな病気でも治すといわれる氷のように冷たい泉がありました。この泉に女が近づくと村に悪いことがおき、女自身も死んでしまうと言い伝えられていました。富貴という村おさの娘は長患いの末についに命を落そうとしている父の病気を治したい一心で、この泉の水を汲みに行くことを決心します。「ととさまの病が治るなら、私はどうなってもいい」と富貴姫は水がめをかかえると、だれにも告げずに家を出ます。森の奥にあるという泉に向かって歩きに歩き、ついに月に照らされた泉にたどり着きます。水を汲もうとしたその時、泉の中から恐ろしい男の声が。
「俺はこの泉の主だ。おまえのことが好きで好きでたまらず父親をあのようにしておまえが水を汲みに来るようにしむけた。さあ、来るのだ。今からおまえは、俺の女房だ」
と、いなや泉の中から巨大な白ヘビが飛び出し、富貴姫にからみつき、泉の中に引きずり込んでしまいました。
富貴姫の父は、その日から薄皮をはがすように病気から回復していきました。しかし、娘がもどらないために心を痛めます。村人たちも誰ひとり行方を知らないのです。「まさかとは思うが、自分に水を飲ませようと掟を破って泉に行ったのではないか」と考えた父親は、まだ雪が残る森を泉へと向かいます。そして、泉のほとりに、見覚えのある水がめを見つけたのです。
「やはり富貴姫は掟を破って、命を取られたのか」
父はさめざめと泣きました。そのときふと、水ぎわの雪を割って点々と小さな花が顔を出しているのに目が止まりました。
「雪の中から咲くとは強い花だ。富貴姫の化身のようだ」父親は、その花を持ち帰りました。
村人は富貴姫をあわれみ、その小さな花を「フキ」と呼ぶようになりました。フキは毎年毎年春になると花を咲かせ、育つと茎は人の背よりも高く、葉は大きくて傘のかわりになった。風味がよくて食用にもなり薬にもなって、村の外にまで知れわたり、村はフキのおかげで豊かになったのでした。(出典「ふるさとの伝説9/鳥獣・草木」秋田県秋田市)
山道で人の目を引く巨大なフキを、アイヌの人々は妖精・コロポックルが宿る草ととらえたように、山に入る人たちにはどこか擬人化されて感じ取られていたようです。小樽出身の作家・伊藤整は「氾濫」「火の鳥」などの社会派小説で知られていますが、その文筆業の出発点となる若き日には抒情詩人でした。
その代表作にもフキが登場します。
蕗になる
ああなぜ わたしひとり
かうしてひっそり歩いてゆくのだらう
(中略)
鶯の声ばかり こだまする
海のやうな 野から林へと歩いてゆくのだらう
みんなは
なぜ私をこんな遠いところまでよこしたのだらう
ああ 誰も気づかない間に
私はきっと
木の下で一本の蕗になるのだ
(『雪明りの路』椎の木社 1926年)
筆者は初めて読んだとき、なぜ「蕗になる」のだろう、化身するにしてもなぜ蕗なのだろう、と感じたのですが、アキタブキの存在を知ってから北国の山の中で遭遇する巨大なフキの姿は大変目を引き、インパクトが強いからこそなのだな、と納得しました。
ちなみにアキタブキを暖地に移植すると、普通のフキと変らない大きさになってしまうそうです。不思議ですね。
フキは漢方や民間療法では、フキノトウを煎じて飲むと健胃、咳やめに、葉や葉柄には打ち身などの湿布薬、ヘビ毒の手当てや虫刺されなどに用いられてきました。また近年の研究では花粉症抑制に効果のある抗アレルギー成分が含まれることもわかってきたようです。
フキノトウにはカリウムや鉄分、亜鉛、β-カロテン、フキ(葉柄)は、カリウムや銅に加え食物繊維を豊富に含みますが、一方で肝臓にとって毒性のあるピロリジジンアルカロイド類も含有しています。これがあの独特の苦味のもとなのですが、地上部に出てきて食用になるフキノトウや葉柄はアク抜きをすれば問題ありません。
ただし食べすぎには注意を。特にこれからの季節、フキノトウの天ぷらは何ともあの苦味が病みつきになりますが、いくら美味しくてもほどほどにしましょう。
参考:「植物の世界」(朝日百科)
野菜や山菜に含まれるピロリジジンアルカロイド類のリスク管理の必要性に関する考察