研究の概要


各環境で飼育されたラットにおける不安様行動の推移


高架式十字迷路試験


飼育環境の違い

公益財団法人 明治安田厚生事業団 体力医学研究所の須藤 みず紀副主任研究員、電気通信大学の狩野 豊教授、安藤 創一教授(兼 体力医学研究所 客員上級研究員)らの研究グループは、日常的な身体活動の「量」と「内容」の違いが、新しい環境に置かれた際の不安様行動に与える影響を動物モデルで検証し、その研究結果を発表しました。



4種類の異なる環境でラットを飼育したあと新しい場所におき、不安様行動にどのような変化が生じるか観察しました。その結果、日常的な運動量が多い環境で生活したラットでは早い段階から、探索を伴う環境で生活したラットでは比較的遅く不安様行動が減る傾向がみられました。このことから、身体活動の内容によって、新しい環境への反応が変化するタイミングが異なる可能性が示されました。

本研究の成果は神経科学の専門ジャーナル「Restorative Neurology and Neuroscience」に掲載されました。





■ポイント

◎ 日常的な身体活動は心の健康と関係しますが、「どれだけ動くか」だけでなく、「どのように動くか」という身体活動の内容の違いが情動にどのような影響を与えるかは十分にわかっていませんでした。

◎ 私たちの研究では、ラットを4種類の異なる環境で飼育したあと新しい場所に置き、行動(適応状況)を時間ごとに分析しました。

◎ 日常的に運動量の多い環境で生活したラットでは試験開始直後から、物体への接触や周囲の探索を伴う活動がある環境で生活したラットでは時間が経過してから、新しい場所に適応する傾向がみられました。この結果から、情動行動には身体活動の「量」だけでなく「内容」も関係する可能性が示されました。



画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/647151/LL_img_647151_1.jpg

研究の概要



■背景

先行研究から、多様な刺激のある「豊かな環境」は身体活動を促し、認知機能や情動、ストレスへの適応に良い影響をもたらすことがわかっています。一方、私たちの日常の身体活動には、歩いたり走ったりするような反復的な運動だけでなく、周囲を見回す、物に近づく、触れる、立ち上がるといった探索を伴う活動も含まれます。これまでの研究では、こうした異なる活動をまとめて「豊かな環境」として評価することが多く、身体活動の量ではなく、内容の違いが情動にどのように関係するのかは十分に明らかではありませんでした。



そこで本研究では、日常の様々な身体活動が情動にどのような影響を及ぼすのか、動物モデルで検証しました。運動を中心とする環境、物体探索を中心にする環境など4種類の異なる状況でラットを飼育したあと、ラットの不安様行動を評価する高架式十字迷路試験を実施しました。また試験全体の平均時間だけではなく、新しい環境に置かれてから行動がどのような時間経過で変化するかという点に着目し、データを分析しました。





■対象と方法

何も道具がない「通常環境」、運動を促す「回し車のある環境」、探索を促す「物体のある環境」、運動と探索の双方を促す「回し車と物体の両方がある環境」の4種類を準備し、それぞれの環境で4週間ラットを飼育しました。回し車のある環境では日常の身体活動量が大きく増え、物体のある環境では物体への接触や立ち上がりなど、周囲を探索する活動が増えるとされています。

4週間の飼育後、不安様行動を評価する高架式十字迷路試験を行いました。この試験では、ラットが本来警戒する壁のない場所へどの程度進むかを見ることで、新しい環境への警戒や、周囲を確かめようとする行動を観察しました。また10分間の行動を2分ごとのフェーズに分け、行動の変化を詳しく調べました。



画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/647151/LL_img_647151_4.jpg

飼育環境の違い

画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/647151/LL_img_647151_3.jpg

高架式十字迷路試験



■結果

1.日常的に運動量が多いラットでは新しい環境への反応が早く変化

回し車のある環境で生活したラットでは、4週間を通して身体活動量が高く、日常的に多く身体を動かしていました。これらのラットでは、高架式十字迷路試験の開始直後から、通常環境のラットよりも壁のない開放された場所で過ごす時間や歩く時間が増加しました。つまり、日常的に運動量の多い生活をしていたラットでは、新しい環境に置かれた早い段階から、警戒するだけでなく、自ら周囲を確かめる行動が現れました。



2.探索を伴う身体活動では時間が経ってから行動が変化

物体のある環境で生活したラットでは、回し車のある環境でみられたような総身体活動量の増加は確認できませんでした。一方で、物体への接触や立ち上がりなど、周囲を探索しながら行う活動がみられました。これらのラットでは試験開始直後には大きな違いはありませんでしたが、試験後半になると、開放された場所で過ごす時間や歩く時間が増加しました。つまり、探索を伴う活動が日常にある場合には、時間をかけながら新しい環境への反応が変化することが示されました。



3.身体活動の「量」だけでは説明できない

回し車のある環境では身体活動量そのものが増加しましたが、物体のみの環境では総身体活動量は有意に増加しませんでした。それにもかかわらず、物体のある環境でも新しい場所での行動に変化がみられ、その現れ方は回し車のある環境とは異なっていました。この結果は、情動行動を考えるうえでは、「どれだけ身体を動かしたか」という量だけでなく、「運動として動いたのか」「周囲を探索しながら動いたのか」といった身体活動の内容も重要である可能性を示しています。



画像4: https://www.atpress.ne.jp/releases/647151/LL_img_647151_2.jpg

各環境で飼育されたラットにおける不安様行動の推移



■著者のコメント

今回の結果から、日常の身体活動の内容によって、新しい環境に置かれたときの行動が変化するタイミングが異なることがわかりました。例えば、私たちも初めて訪れる場所では、すぐに歩き回ることもあれば、最初は様子をうかがい、徐々に行動範囲を広げていくこともあります。今回の結果は、こうした慣れない環境に対する警戒や探索行動の現れ方が、普段どのように身体を動かしているかによって異なる可能性を示しています。



私たちの日常生活にも、歩く、走るといった運動だけでなく、外出して周囲を見る、人や物とかかわる、新しい場所を歩くなど、さまざまな形の身体活動があります。今回の結果は、心の健康を考えるうえで、単に「どれだけ動くか」だけではなく、「どのように身体を動かして生活するか」にも目を向けることの重要性を示唆する基礎的な知見です。今後は、こうした身体活動の内容の違いが、脳内の神経活動や身体から脳へ伝わる情報にどのような違いを生み出すのかを明らかにしていきます。





■発表論文

掲載誌 : Restorative Neurology and Neuroscience

論文タイトル: Distinct Enriched Environment Components Differentially

Shape the Temporal Dynamics of Anxiety-Like Behavior in Rats

著者 : Mizuki Sudo, Yutaka Kano, Soichi Ando

DOI番号 : 10.1177/09226028261480778





■利益相反

著者には開示すべき利益相反はありません。





■財源情報

本研究は、JSPS科研費(23K24734)の支援を受けて実施されました。記して深謝いたします。

情報提供元: @Press