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「日本人は曖昧で何を考えているかわからない」
この言葉に私たちは何度ドキッとさせられてきたことか。曖昧を善しとする日本の表現法は海外では通用せず、国際的な場では知らず知らずのうちに損をしてしまったり、批判されることも多いですよね。
外国人と日本人のコミュニケーションギャップは永遠のテーマらしく、つい先日も「日本人とのコミュニケーションの難しさ」を呟いたスイス人女性のツイッターが「非常に興味深い日本人論」として紹介され、共感の声が多く上がっていたそうです。
このスイス人女性によると、
スイス育ちの私が日本育ちの人との議論で根本的にズレるのは、西洋では「人はみんな違うから確認と質問が不可欠。勝手に思い込むの失礼」というのを前提に話をするけど、日本人は「普通こうでしょ。みんなこうでしょ。確認するのは信頼してないってこと!」と同じであることを前提に話すところ。
人なんてそれぞれのドリーミングで生きてるんだし聞いてみないとわからないよ。クリアに伝えたらいいのに、わかってるだろうと思って言わない。「そこまで言わないといけないの?」と日本で何回言われたことか。 わかんないし、聞きたい。
伝わらないと相手の理解力の問題だとするのもよくある。 あなたの伝え方かもしれないし両方かもしれない。
とのことで、分かりづらい日本人とのコミュニケーションに奮闘している様子が窺えます。
■多民族・多言語のスイスと単一民族・単一言語の日本
確かにスイスは5か国と国境を接しており、自国内ではドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンス語の4か国語が話されるうえ、国際企業や国際機関の存在から外国人も多く住んでいるなど、大変な多文化社会です。
公用語を4つも抱えるスイスは特殊としても、その他のヨーロッパ諸国もそのほとんどが何か国もと隣り合わせにひしめき合っており、アフリカ系・トルコ系・インド系などの移民をも含めた異文化・異民族が日常的に入り乱れる環境。
加えて世界各国からの大量の観光客が押し寄せるため、異文化間コミュニケーションが生活の一部であることは決して珍しくありません。そのような状況で、外国人とのやりとりや摩擦を経ていくうちに、否が応でもこのスイス人女性の言う「確認と質問が不可欠」なコミュニケーション方法に収束していくのでしょう。
他方の日本は島国であることを生かし、200年余もの長きにわたり鎖国を実施した単一言語かつ単一文化度の高い国。「以心伝心」、「阿吽の呼吸」、「一を聞いて十を知る」で、少ない情報量の発信でも多くの物事が伝わる土壌が確実に培われてきており、ローコンテクストな(自分の意見を明瞭に言語化する)ヨーロッパ諸国とは対極的であるため、両者間のコミュニケーションに齟齬が生じやすいのも不思議ではありません。
ところがある特定の分野において、日本と欧米とでは真逆のケースがあることはご存知でしょうか? それは……
■恋愛関係を告白で確認
海外、それも特に欧米で恋愛をしたことのある日本人にとっては、いったいどこからが恋人関係の始まりであるのか分かりづらいという悩みはよく聞かれることです。
というのも、お出かけやディナーなどのデートを重ねながら、お互いのフィーリングが合うか何となく確かめていき、いつの間にかステディな関係になるという方法がメジャーであるからです。真剣な交際に至るまでにも一緒に旅行したり、両親に紹介したりといった紛らわしいイベントが発生することもままあります。
ところが日本では「付き合ってください」と明確に意思表示してからお付き合いを始めるケースが珍しくありません。
あれほど「察しろ」、「空気を読め」だのと、言葉による確認を野暮とみなすようなカルチャーであるはずなのに、なぜここでは忖度を使わずに直球勝負で行くのか。
これにはオープンで曖昧さを敬遠するヨーロピアンも仰天です。私なりに理由を考えてみたのですが、忖度よりも道徳観念やけじめといった事項を優先させるべき場面だと考えられているからなのか、はたまた大事な相手に忖度させるのは申し訳ないとの忖度、つまり「忖度させない忖度」といったややこしい状況になっているからなのか……?
やっぱり日本人はわかりづらいという結論に落ち着きました(笑)。