【岡山・備前市】澄み切った空気に包まれた森の中にある「koti ewey」。“自然がつくる”ビールとは?
ビール女子 2025年01月07日 11:00:00
「おもしろいビールがありますよ」
そう言って差し出されたのは、今までのクラフトビールのイメージと違うシンプルなラベルのボトル。
岡山・備前市に醸造所を構える「koti brewery」のビールです。一口飲んでみると、今まで味わったビールとは全く印象が異なる、新しい発見がありました。
「koti brewery」の代表であり醸造主の妹尾悠平さんがつくるビールは、基本的に1種類のみ。食中酒として味わうのも良いけど、できれば食後や就寝前、休日のなんでもない時間に、じっくり、じっくり、味わってほしいビールです。
妹尾さんにビールづくりについて聞いてみると「自分がビールを造っている感覚がない」と話します。その言葉の意味、ビールへの思いについて話を聞いてみました。
岡山県と兵庫県の県境にある備前市吉永町、桜の名所として知られる八塔寺川ダムの近くに、「koti brewery」はあります。
備前市と言えば、1000年もの歴史を持つ備前焼が有名な場所。有名な作家の窯元があちこちにあるほか、備前焼を使用した飲食店もたくさんあります。
吉永町は、そんな備前市の中でも少しだけ山の奥。春には桜が、秋には紅葉が楽しめるスポットとして知られています。
取材は12月上旬。辺りの木々が赤く染まり、紅葉シーズンど真ん中でした。岡山駅から1時間ほど車を走らせると、何かの工場のような建物が見えてきました。
元々は地元のお母さんたちが味噌を造っていたという工場を、ブルワリーとして使っているんだとか。ここが「koti brewery」だと示す看板もなく、むしろかつての工場の面影が残ったまま。
「本当にここに醸造所が…?」と、どきどきしながら、中へ入ってみると「はーい」と優しそうな男性の声が聞こえてきました。
迎えてくれたのは、代表であり醸造主の妹尾悠平さん。さっそく醸造所を案内してくださいました。
ブルワリー内には、大型の醸造タンクなどはありません。数台の寸胴鍋やアメリカから取り寄せたホームブリュー用タンクが置かれ、まるで大きなキッチンのよう。
妹尾さんはこの場所で、たった1人でビール造りと向き合っています。
道路に面した窓の前には、小型の醸造タンクが4基並んでいます。窓から見えるのは桜の木。「春には満開の桜を眺めながら作業をしています」と妹尾さんは笑います。
2018年にブルワリーをオープンした妹尾さんですが、広島大学の大学院で醸造学について学んでいたようで、もともとは日本酒づくりに興味があったのだそう。
妹尾さん「大学卒業後、岡山県の酒蔵に入社したんですが、配属されたのが岡山県の地ビールをつくっているビール部署だったんです。まさかの展開に驚きましたが、やり始めてみると楽しくて、すっかりビールの世界にはまってしまいました。日本酒は杜氏を始めとする数人がチームとなってつくりますが、ビールは1人でもつくることができます。僕は、最初から最後まで手掛けたい想いが強いので、ビールづくりが合っていたのだと思います」
その後、妹尾さんのビール作りに変化があったのは、ベルギーで造られる自然発酵ビールとの出会いです。
妹尾さん「私がベルギーの醸造所を訪れたなかで驚いたのは、お世辞にも綺麗とはいえない馬小屋のような場所でつくられていたビールとの出会いでした。これまで殺菌・滅菌が求められるクリーンな場所でビールは造らなければならないと思っていたので『こんな場所でビールを作って大丈夫なのか』と、衝撃を受けました。ですが、そんな環境でつくられるベルギーのビールはとても美味しくて、自然に寄り添ったビールづくりって“こんな感じ”なんじゃないのかなって思ったんです。人間本位の大量生産を辞め、菌や環境に寄り添ったビールを作るために、4年働いた酒蔵を辞めて、2018年に独立しました」
お子さんが産まれて、自然がある場所で子育てをしたいと思うようになった妹尾さんは備前市に移住。周辺で醸造所に改装できそうな場所を探していると、たまたま現在の物件に出会ったそうです。もともと味噌工場だったので、水回りが整っていたり、大きな換気ダクトがあったりと、ビールを醸造するのにとても良い環境が整っていました。
「koti brewery」の「koti」には、『故知』と『胡地』の二つの意味があると話す妹尾さん。
妹尾さん「一つ目は、昔の人々の知恵から、新しい知識・見解を導く『温故知新』、二つ目の『胡地』は『未開の土地』。科学が進歩したことにより、とても生活が便利になったと思います。その一方で、“自然に委ねること”まで人の手が加わりすぎているように感じます。それはビール造りを含めた発酵食品にも当てはまることで、“安定且つ均一的な製品の大量生産”を求めるあまりに、個性が消えていると僕は思います 」
妹尾さんが思う、ビールの“個性”とは何か。気になって尋ねてみるとー。
妹尾さん「レシピ重視のビール造りよりも、発酵を大切にしたビール造りをしています。空気中から採取した自然酵母、有機無農薬で栽培されたドイツ産の麦芽とホップ、岡山県産の小麦というシンプルな材料のみを使用しています。酵母が気持ちよく働いてくれるように、一次発酵には通常の倍以上の時間をかけて、発酵後に無濾過のまま瓶詰めし、瓶内二次発酵・熟成をしています。そのためいつも同じ味のビールになるとは限りません。それこそ、ビール自体の『個性』だと思っています」
発酵も、菌が動き出すまでとにかく待つ、待つ…。エアコンのない作業場ゆえ、夏場3週間で終わる発酵が冬場は8週間かかることも。必要以上の滅菌を避けるため、機材や工房内の洗浄は洗剤を使わず熱湯で行っているようです。
まるで我が子のようにビールを見つめる妹尾さん。醗酵は思い通りにならない、少しだけ手を差し伸べつつ、自然に任せる妹尾さん流のビールづくりは、もはや子育てのようにも思えてきます。
koti breweryの『Naked Ale』。イーストを使わず、空気中から採取した酵母を自家採取・培養して発酵させるため、ナチュラルカーボネーションによって起こるきめ細かい泡立ちが特徴のビールです。
冷やし過ぎずに、15℃前後で飲むのがおすすめ。ぐびぐびと飲むんじゃなくて、一杯一杯をじっくりと味わって。最後は常温に近い温度まで待ってから飲むと、味や香りの変化がよくわかります。
その感じは、香水がトップノート、ミドルノート、ラストノートへと香りが移り変わっていくのによく似ています。時間の経過とともに変わる味わいや香りの中で自分好みの飲み頃を探すのも良いですね。
今回は特別に醸造所の前でいただきましたが、本来は醸造所や公式オンラインショップなどの販売はありません。全国の酒屋などで買えたらラッキー。購入しやすいのは、岡山県内にある「slowcave」、「自然食COTAN」、「山金リカーズ」です。どちらの店舗も岡山駅から徒歩で行ける場所にあります。
中でも「山金リカーズ」では、koti breweryの角打ちが楽しめますよ。妹尾さんの思いに共感して自然に委ねたビール造りを行っている醸造家は増えているよう。店主との“酒トーク”を楽しみながら、じっくり味わうのがおすすめです。
■公式HP:https://kotibeer.com/
そう言って差し出されたのは、今までのクラフトビールのイメージと違うシンプルなラベルのボトル。
岡山・備前市に醸造所を構える「koti brewery」のビールです。一口飲んでみると、今まで味わったビールとは全く印象が異なる、新しい発見がありました。
「koti brewery」の代表であり醸造主の妹尾悠平さんがつくるビールは、基本的に1種類のみ。食中酒として味わうのも良いけど、できれば食後や就寝前、休日のなんでもない時間に、じっくり、じっくり、味わってほしいビールです。
妹尾さんにビールづくりについて聞いてみると「自分がビールを造っている感覚がない」と話します。その言葉の意味、ビールへの思いについて話を聞いてみました。
桜、紅葉の名所として知られる備前市吉永町
岡山県と兵庫県の県境にある備前市吉永町、桜の名所として知られる八塔寺川ダムの近くに、「koti brewery」はあります。
備前市と言えば、1000年もの歴史を持つ備前焼が有名な場所。有名な作家の窯元があちこちにあるほか、備前焼を使用した飲食店もたくさんあります。
吉永町は、そんな備前市の中でも少しだけ山の奥。春には桜が、秋には紅葉が楽しめるスポットとして知られています。
取材は12月上旬。辺りの木々が赤く染まり、紅葉シーズンど真ん中でした。岡山駅から1時間ほど車を走らせると、何かの工場のような建物が見えてきました。
元々は地元のお母さんたちが味噌を造っていたという工場を、ブルワリーとして使っているんだとか。ここが「koti brewery」だと示す看板もなく、むしろかつての工場の面影が残ったまま。
「本当にここに醸造所が…?」と、どきどきしながら、中へ入ってみると「はーい」と優しそうな男性の声が聞こえてきました。
迎えてくれたのは、代表であり醸造主の妹尾悠平さん。さっそく醸造所を案内してくださいました。
ブルワリー内には、大型の醸造タンクなどはありません。数台の寸胴鍋やアメリカから取り寄せたホームブリュー用タンクが置かれ、まるで大きなキッチンのよう。
妹尾さんはこの場所で、たった1人でビール造りと向き合っています。
ベルギーで出会った、自然に寄り添うビールづくり
2018年にブルワリーをオープンした妹尾さんですが、広島大学の大学院で醸造学について学んでいたようで、もともとは日本酒づくりに興味があったのだそう。
妹尾さん「大学卒業後、岡山県の酒蔵に入社したんですが、配属されたのが岡山県の地ビールをつくっているビール部署だったんです。まさかの展開に驚きましたが、やり始めてみると楽しくて、すっかりビールの世界にはまってしまいました。日本酒は杜氏を始めとする数人がチームとなってつくりますが、ビールは1人でもつくることができます。僕は、最初から最後まで手掛けたい想いが強いので、ビールづくりが合っていたのだと思います」
その後、妹尾さんのビール作りに変化があったのは、ベルギーで造られる自然発酵ビールとの出会いです。
妹尾さん「私がベルギーの醸造所を訪れたなかで驚いたのは、お世辞にも綺麗とはいえない馬小屋のような場所でつくられていたビールとの出会いでした。これまで殺菌・滅菌が求められるクリーンな場所でビールは造らなければならないと思っていたので『こんな場所でビールを作って大丈夫なのか』と、衝撃を受けました。ですが、そんな環境でつくられるベルギーのビールはとても美味しくて、自然に寄り添ったビールづくりって“こんな感じ”なんじゃないのかなって思ったんです。人間本位の大量生産を辞め、菌や環境に寄り添ったビールを作るために、4年働いた酒蔵を辞めて、2018年に独立しました」
お子さんが産まれて、自然がある場所で子育てをしたいと思うようになった妹尾さんは備前市に移住。周辺で醸造所に改装できそうな場所を探していると、たまたま現在の物件に出会ったそうです。もともと味噌工場だったので、水回りが整っていたり、大きな換気ダクトがあったりと、ビールを醸造するのにとても良い環境が整っていました。
妹尾さんが考える、“自然に委ねること”
「koti brewery」の「koti」には、『故知』と『胡地』の二つの意味があると話す妹尾さん。
妹尾さん「一つ目は、昔の人々の知恵から、新しい知識・見解を導く『温故知新』、二つ目の『胡地』は『未開の土地』。科学が進歩したことにより、とても生活が便利になったと思います。その一方で、“自然に委ねること”まで人の手が加わりすぎているように感じます。それはビール造りを含めた発酵食品にも当てはまることで、“安定且つ均一的な製品の大量生産”を求めるあまりに、個性が消えていると僕は思います 」
妹尾さんが思う、ビールの“個性”とは何か。気になって尋ねてみるとー。
妹尾さん「レシピ重視のビール造りよりも、発酵を大切にしたビール造りをしています。空気中から採取した自然酵母、有機無農薬で栽培されたドイツ産の麦芽とホップ、岡山県産の小麦というシンプルな材料のみを使用しています。酵母が気持ちよく働いてくれるように、一次発酵には通常の倍以上の時間をかけて、発酵後に無濾過のまま瓶詰めし、瓶内二次発酵・熟成をしています。そのためいつも同じ味のビールになるとは限りません。それこそ、ビール自体の『個性』だと思っています」
発酵も、菌が動き出すまでとにかく待つ、待つ…。エアコンのない作業場ゆえ、夏場3週間で終わる発酵が冬場は8週間かかることも。必要以上の滅菌を避けるため、機材や工房内の洗浄は洗剤を使わず熱湯で行っているようです。
まるで我が子のようにビールを見つめる妹尾さん。醗酵は思い通りにならない、少しだけ手を差し伸べつつ、自然に任せる妹尾さん流のビールづくりは、もはや子育てのようにも思えてきます。
香水のように味わいが変化するビール
koti breweryの『Naked Ale』。イーストを使わず、空気中から採取した酵母を自家採取・培養して発酵させるため、ナチュラルカーボネーションによって起こるきめ細かい泡立ちが特徴のビールです。
冷やし過ぎずに、15℃前後で飲むのがおすすめ。ぐびぐびと飲むんじゃなくて、一杯一杯をじっくりと味わって。最後は常温に近い温度まで待ってから飲むと、味や香りの変化がよくわかります。
その感じは、香水がトップノート、ミドルノート、ラストノートへと香りが移り変わっていくのによく似ています。時間の経過とともに変わる味わいや香りの中で自分好みの飲み頃を探すのも良いですね。
“自然がつくる”ビール。見つけたらぜひ手に取って
今回は特別に醸造所の前でいただきましたが、本来は醸造所や公式オンラインショップなどの販売はありません。全国の酒屋などで買えたらラッキー。購入しやすいのは、岡山県内にある「slowcave」、「自然食COTAN」、「山金リカーズ」です。どちらの店舗も岡山駅から徒歩で行ける場所にあります。
中でも「山金リカーズ」では、koti breweryの角打ちが楽しめますよ。妹尾さんの思いに共感して自然に委ねたビール造りを行っている醸造家は増えているよう。店主との“酒トーク”を楽しみながら、じっくり味わうのがおすすめです。
■公式HP:https://kotibeer.com/
情報提供元: ビール女子