呉美保監督が黒澤明賞受賞 恩師・大林宣彦監督、8月に亡くなった音楽の田中拓人さんに感謝
第39回東京国際映画祭の黒澤明賞の授賞式が3日、東京・帝国ホテルで開かれ、呉美保監督(49)とイランのモハマド・ラスロフ監督(53)が受賞した。
呉監督は「この度は、雲の上のような偉大なる大巨匠の名の付く賞をいただけたこと、身に余る光栄で背筋をずっと伸ばさなきゃいけないなと恐縮しております」と感謝。「点みたいな存在を見つけてくれた…映画をやってきて良かったと感謝の思いで、いっぱい。思えば、映画の大先輩からかけられた言葉でやって来た」と、山田洋次監督(95)李相日監督(52)ら選考委員にも感謝した。
呉監督は、大阪芸大卒業後、20年に亡くなった大林宣彦監督の、大林宣彦事務所を経てスクリプターとして映画製作に携わり、06年の「酒井家のしあわせ」で長編映画監督デビューを果たした。自身の歩みを振り返り「大学卒業後、すぐに今は亡き大林宣彦監督から毎日、毎日、映画とはなんぞやと(教えられた)。朝、お日さまを見て毎日、感謝している姿を見て、毎日、雨、晴れ、いろいろあるけれど、細かく感謝して作っていくものだと学ばせていただきました」と大林監督との思い出を語った。
大林監督からは、黒澤明監督の話も、よく聞かされたという。「『映画は、世界を平和にする美しさと力を持っている』と。大林監督が50歳の時、黒澤明監督は、ちょうど80歳で『これから君たちが映画を、ずっと守り続けて、400年先に残るい映画を作って欲しい』と言われた、と」。新たなエピソードを明かした。その上で「私、来年、50歳になるんですけど…何か、黒澤明監督、大林監督、私がお世話になった映画人から、頑張れよと背中を押していただいているような気持ちになりました」と感謝した。
受賞の知らせを受けたのは、自身の映画の音楽を手がけてきた作編曲家・ピアニスト・音楽プロデューサーの田中拓人さんが脳出血で亡くなった2日後の、8月3日だったという。呉監督は「受賞の知らせの2日前、お世話になった音楽家の田中拓人さんが亡くなった。田中さんの音楽がなければ作れない…片腕をもがれた気持ちだった」と振り返った。そして「まだまだ、続けてよって、田中さんに言われた気になりました。お守りとして映画作りに励んでいきます」と映画を作り続けていくと誓った。
山田監督は、呉監督を選んだ理由について「人間を正確に、独特の優しい視線で作られる方。(25年の監督作)『ふつうの子ども』は、僕なんかが見ると魔法のような映画。子どもの心をのぞき込むような…こんなことが、なぜできるのか?」と説明し、絶賛。「この映画は、女性が作ったんじゃないかと思わせる。カメラの横に優しい呉さんがいるから少年、少女は演技できる。むさ苦しい男がいたら、撮れなかった…他の人には撮れないんじゃないかと思うような映画」と賛辞を繰り返した。