電池いらずの歯ブラシが、自分で作った電気で虫歯菌を殺す
歯ブラシは、多くの人が毎日手に取る、いちばん身近な道具のひとつです。
やっていることは単純で、毛で歯の表面をこすり、汚れをかき出すだけです。
今回の論文の著者たちは、歯ブラシの始まりを中国の唐の時代までさかのぼり、それから約1100年もの間、歯ブラシはこする働きの先へほとんど進んでいないと書いています。
しかも、どれほど丁寧に磨いても、歯の表面には一部の菌が生き残ります。
残った菌はふたたび増えはじめ、歯垢(しこう)を作り直していきます。
磨けば減り、また戻ってくる、その繰り返しです。
では、歯ブラシの毛そのものが、こするだけでなく菌を攻撃できたらどうでしょうか?
中国の研究チームは、磨くたびに毛が自分で電気を生み出す歯ブラシを作りました。
電池はいりません。
その電気は、虫歯や歯周病の原因になる菌を本当に倒せるのでしょうか?
研究の詳細は、2026年11月6日付で学術誌『Science Advances』に掲載されました。
曲げると電気を生む「毛」のしくみ
まず、磨き残した菌がなぜしぶといのかを見ておきましょう。
歯や歯ぐきにすむ菌は、互いにくっつき合ってネバネバした膜を作ります。
この菌の集まりはバイオフィルムと呼ばれ、歯垢もその仲間です。
膜があるので、つばを飲み込んだり舌でなめたりする程度では流されません。
歯磨きのあとに洗口液を使えば菌の戻りは遅れますが、体にとって良い菌にもきつく当たることがあります。
これまでにも、歯ブラシを強くする工夫は試されてきました。
たとえば、電気を帯びた粒を出して歯垢を寄せつけにくくする歯ブラシや、毛に殺菌成分を織り込んだ歯ブラシです。
ただ、前者は電源が必要で、後者は効き目が長く続くかに疑問が残っていました。
今回のチームは、曲げると電気を生むプラスチック「ポリフッ化ビニリデン(PVDF)」で毛を作りました。
こうした性質を持つ素材は、圧電(あつでん)材料と呼ばれます。
磨くたびに毛がしなると、毛に電気が生まれ、つばや水の中で化学反応が起きます。
その反応で生まれるのが、活性酸素と呼ばれる、とても反応しやすい分子です。
活性酸素には、菌の細胞を傷つける力があります。
さらに、磨いていない間も毛の表面にかすかな電気を残し、菌がくっつくのを防ぐ狙いもあります。
つまりこの歯ブラシは、「動いている間の電気」と「止まっている間の電気」の2段構えで菌に向き合う設計なのです。
磨いていない時の毛のまわりでも、菌は育たない?
研究チームはまず、PVDFの毛と菌を一緒に置き、菌がどれだけ死ぬかを調べました。
置いておく時間は、9時間に決めました。
歯磨きは1回2〜3分を1日2回、というのが目安です。
歯ブラシは3か月ほどで取り替えるので、1本が使われる時間は合計でおよそ9時間になります。
つまり9時間は、歯ブラシ1本の「一生分」の磨く時間に合わせた長さなのです。
相手にした菌は、虫歯の原因になるミュータンス菌と、歯周病に関わるジンジバリス菌です。
生きた菌は緑、死んだ菌は赤に光らせ、赤く光る菌の割合をふつうのナイロンの毛と比べると、違いははっきり出ました。
太い方のPVDFの毛は、ミュータンス菌の52.8%を殺していました。
ふつうの歯ブラシに使われるナイロンの毛では、9.3%にとどまりました。
菌が10匹いたとすると、PVDFでは半分ほどが死に、ナイロンでは死ぬ菌が1匹にも届かない計算です。
ジンジバリス菌ではさらに差が開き、PVDFは78.2%、ナイロンは8.4%でした。
細い方のPVDFの毛でも、ミュータンス菌の45.9%、ジンジバリス菌の56.6%を殺しました。
では、これは本当に電気のおかげなのでしょうか?
そこでチームは、電気を生むための下準備(分極)をしていないPVDFの毛も、同じように動かして比べました。
すると、分極していない毛の殺菌力は、分極した毛よりはっきり低くなりました。
こすれる力だけでは、この効き目は説明できないということです。
次に調べたのが、活性酸素の働きです。
菌の中の活性酸素に反応して光る色素を使うと、PVDFの毛と一緒に置いた菌の方が強く光りました。
電子顕微鏡で見ると、PVDF側の菌の膜にはしわや変形が見られました。
ナイロン側の菌の膜は、ふつうの形のままでした。
決め手は、活性酸素を打ち消す物質(NAC)を加えた実験です。
NACを入れると、PVDFの毛の殺菌効果はほとんど消えてしまいました。
効き目の正体は、電気が生んだ活性酸素だと考えられます。
毛をまったく動かさない状態でも、PVDFの毛のまわりには菌が育たない輪ができ、ナイロンにはできませんでした。
効き目は動かした時よりいくらか弱まりましたが、ナイロンと比べれば強いままでした。
歯ブラシを毎日使いながら湿った浴室に1か月置いておくと、PVDFの毛に付いた菌は、ナイロンの毛よりずっと少ない量にとどまりました。
牛の歯で人の歯垢を育てて3分磨く実験でも、PVDFの毛は歯垢の膜の99%以上を落とし、ナイロンを上回りました。
3か月使った人の口の中では、何が変わった?
研究室での結果を受けて、チームは人での試験に進みました。
対象は、歯ぐきの炎症か虫歯がある大人115人です。
参加者を無作為に分け、新しい歯ブラシかナイロンの歯ブラシを、1日2回、3か月使ってもらいました。
試験の終わりには、新しい歯ブラシの組の方が、歯垢も歯ぐきの炎症も出血も少なくなっていました。
歯垢の中の菌を調べると、病気と関わる菌の割合が下がり、口の健康を支えるとされる菌の割合が上がっていました。
悪い菌の割合が下がった理由について、チームはひとつの考えを示しています。
病気に関わる菌は膜が壊れやすく、活性酸素で傷つきやすいのではないか、というものです。
ただしこれはまだ確かめが必要な仮説で、どこまで悪い菌だけを狙えるのかははっきりしていません。
また、悪い菌の割合が下がったからといって、口の中の菌の総数が減ったとは限りません。
歯垢や出血が減っても、この先何年かで虫歯や歯周病が減るかどうかは、より長い追跡で確かめる必要があります。
安全性も、まだ入り口の段階です。
3か月分の使用を模した試験で、PVDFの毛は形も電気の性質も保ちました。
マウスの細胞を毛の素材と一緒に最長7日間育てても、目立った傷みは見られませんでした。
牛の歯の表面も、磨いて粗くなることはありませんでした。
とはいえ、これらの試験だけでは、人が繰り返し使って安全かどうかまでは言えません。
研究に加わっていない英ニューカッスル大学の口腔微生物学者、ニコラス・ジャクボヴィクス氏も慎重です。
同氏は、長く使っても歯ぐきなどの組織に安全かを確かめたいと話しています。
研究室では、菌は毛の上で何時間も電気にさらされます。
一方、実際の口の中で毛が歯や歯ぐきに触れるのは、ほんの短い時間だと同氏は指摘します。
著者たち自身も、菌と毛を長い時間一緒に置いた研究室の実験は、短く途切れ途切れの実際の歯磨きや、その後につばで流されたり食事をしたりする口の中までは再現しきれていないと認めています。
チームはまた、PVDFの毛にさらされた菌では、栄養を取り込むポンプに関わる遺伝子の働きが落ちたことも報告しています。
しかし同氏は、このポンプはさまざまな物を運ぶため、遺伝子の変化が菌にどう響いたのかははっきり示されていないと見ています。
人での試験も比較的小さく、同氏は今回の研究を、考え方を示した段階のものと位置づけています。
それでも同氏は、「歯ブラシの表面そのものが何かをしているという考えは、とても興味深い」と語っています。
なお、使った人が磨き心地の違いを感じたかどうかは、研究では触れられていません。
また、比べた相手はナイロンの歯ブラシだけで、電動歯ブラシや音波歯ブラシ、抗菌加工の歯ブラシと比べてどうかは、これから確かめる必要があると著者たちは書いています。
研究室では電気を帯びた太い方の毛にさらされた菌の半分以上が死に、人での3か月の試験では歯垢や歯ぐきの炎症が減りました。ただ、毎回の短い歯磨きで毛がしなるたびにどこまで菌を倒せているのかは、まだ確かめられていません。磨くたびに電気を生む歯ブラシは、いまは考え方を示した段階にあります。
参考文献
This self-powered toothbrush makes electricity to kill cavity-causing bacteria (Live Science)
https://www.livescience.com/health/this-self-powered-toothbrush-makes-electricity-to-kill-cavity-causing-bacteria
New Atlas (New Atlas)
https://newatlas.com/technology/self-charging-toothbrush-zaps-plaque/
元論文
Self-charged toothbrush facilitates tooth healthcare maintenance
https://doi.org/10.1126/sciadv.aeg5744
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部