時間結晶が“半分溶けた”新状態「時間液体」が提唱された
ドイツのマックス・プランク複雑系物理学研究所(MPI-PKS)などの研究チームは計算の中で時を刻む物質として知られる「時間結晶」が半分溶けたような状態を導き出し「時間液体」と名づけました。
この時間液体は時間結晶に比べると時の刻みは「いい加減」ですが、完全には崩れていない状態を持っています。
ですがこの時間液体の適度な「いい加減さ」は時間結晶には禁じられてきた場所にまで、時の刻みを持ち込めるかもしれないのです。
研究内容の詳細は2026年10月23日にプレプリントサーバーである『arXiv』にて公開されました。
時を刻む秩序が「半分溶ける」とは、いったいどういうことなのでしょうか。
結晶・液体・気体は、粒の「そろい方」が違う
冷凍庫から出した氷は、コップの中でゆっくり水に変わっていきます。
誰もが見たことのあるこの変化の中で、いったい何が失われているのか?
手がかりは、氷と水と水蒸気で、分子の並び方がどう違うかにあります。
氷のような結晶は、原子や分子といった小さな粒が、同じ間隔でずらりと並んでできています。
雪の結晶も、塩の粒も、宝石の水晶も、中をのぞけば同じつくりです。
しかもその並びは、どこまでもくり返されています。
同じ水でも、氷のときは分子がきっちり並び、その場で小さく揺れているだけです。
温めて水になると、分子は寄り添ったまま動き回るようになり、並びはくずれます。
さらに温めて水蒸気になると、分子は離れ離れになり、ばらばらに飛び回ります。
この三つの違いは、「近く」と「遠く」に分けて眺めるとはっきりします。
氷では、隣どうしの間隔がそろっているうえに、ずっと遠くの分子まで同じ並びが続いています。
1個の分子の位置がわかれば、遠く離れた分子の位置まで言い当てられるほどです。
水になると、隣どうしの間隔はほぼ保たれますが、遠くの分子とのそろいは失われます。
水蒸気では、隣どうしの間隔さえそろいません。
つまり「溶ける」とは、近くのそろいを残したまま、遠くまで続くそろいだけを手放すことなのです。
液体は、いわば「ご近所づきあいだけが残った結晶」です。
では、この「近く」と「遠く」の物差しは、物の並びだけに使えるものなのでしょうか。
多くの時間結晶はこれまで、外から与える「正確な拍子」を頼りにしてきた
並びがくり返すのが結晶なら、動きがくり返す結晶もあり得るのか?
ノーベル物理学賞の受賞者として知られる物理学者フランク・ウィルチェック博士は2012年、そんな「時間の結晶」のアイデアを提唱しました。
空間の結晶では、粒の並ぶ場所がそろっています。
時間の結晶では、物質の状態が、決まった時刻ごとに同じ姿へ戻ってきます。
小さな磁石の集団でいえば、そろって上を向き、下を向き、また上を向く、という具合です。
普通の結晶と見比べると、くり返すものが「並び」から「動き」に、くり返す舞台が「空間」から「時間」に移っただけです。
ただし普通の結晶が大昔から身近にあるのに対し、時間結晶は今のところ実験室で作るしかありません。
しかも、話はそう甘くありませんでした。
その後、放っておいて落ち着いた状態(熱平衡)にある物質は時間結晶にはなれない、とする定理が示されたのです。
落ち着いた物質はいつ眺めても同じ顔をしているはずで、ずっと先まで「この瞬間が拍だ」と決まっているような刻みは持てないからです。
ひとりでに永遠に動き続ける、いわば永久機関のような時間結晶は、ありえないことになりました。
そこで研究者たちは、外から正確な拍子で叩き続けるという方法をとりました。
小さな磁石の集団に、一定の間隔で「半回転させる刺激」を加えるのです。
磁石は刺激のたびに上、下、上、下と向きを変えます。
時間結晶は、叩かれ続けているあいだだけ刻みを保つ物質であって、永久機関ではないのです。
ここまでなら、押されたとおりに動いているだけに見えます。
時間結晶の本領は、叩き方が多少いい加減でも、このリズムが崩れない点にあります。
刺激が毎回少しだけ回しすぎていても、隣どうしで向きをそろえようと影響し合う集団は、ずれをためこまずにリズムを守り続けます。
磁石1個なら少しずつ狂っていくところを、集団が支え合って守るのです。
結晶が少し押されたくらいでは並びを崩さないのと同じ“かたさ”が、時間の方向に現れたわけです。
これが、時間結晶の代表格である「離散時間結晶」です。
外から叩き続ければ時間結晶ができる、という考え方は2016年に理論で示され、翌2017年にはイオンやダイヤモンドの中で実際に作られました。
2021年には、量子コンピューターの中でも実現しています。
アイデアの提唱から実験室に姿を現すまで、わずか5年ほどでした。
実験室の物質になった時間結晶には、使い道も期待されています。
長く続く安定した揺れを量子コンピューターの記憶に生かす案や、くり返し変わる弱い磁場などを精密に測るセンサーに使う案が出ています。
提唱者のウィルチェック博士自身は、ぶれにくい刻みを、量子コンピューターの時計にする使い道も挙げています。
ただし、こうした時間結晶が守る“かたさ”は、外から叩く拍子を物差しにしたものです。
物差しになる拍子のタイミングは、ほぼ完璧に正確であることが前提でした。
物差しそのものが伸び縮みしてしまえば、ずっと先の拍がいつ来るのかさえ、決められなくなるからです。
では、物差しになる時計のタイミングそのものが、でたらめに揺らいでいたらどうなるのでしょうか。
熱のゆらぎだけで、1万個の磁石が「2回に1回」を刻み出した
正確な時計がまったくない世界でも、時の刻みは生まれるのか?
研究チームはそれを確かめるために、熱のゆらぎしかない舞台を計算の中に用意しました。
縦100個、横100個、合わせて1万個の小さな磁石の矢印(スピン)を平面に並べ、はじめはほぼ同じ向きにそろえておきます。
そこへ揺れを届けるのが、電磁波を閉じこめて響かせる箱(共振器)です。
箱には熱がでたらめな雑音として流れ込みますが、箱はその中から、自分の大きさに合う速さの揺れだけを拾い上げて大きく育てます。
ブランコが、自分のタイミングで押されたときだけ大きく振れるのと同じ理屈です。
時間とともに変わる入力は、この熱の雑音だけです。
ただし、こうして生まれる揺れは、時計としてはかなりいい加減です。
一回ごとの揺れの強さはばらつき、拍の位置そのものも、いつの間にか少しずつずれていきます。
しばらくたつと、最初の拍とのつながりはすっかり失われてしまいます。
模型では、離散時間結晶を作る二つの働きが、この箱の揺れに合わせて交代で強まるようにしてあります。
箱の揺れが一方に振れると磁石の向きを回す働きが強まり、反対に振れると隣どうしで向きをそろえようとする働きが強まるのです。
揺れが十分に強ければ、回す働きが強まるたびに磁石はおよそ半回転し、箱が2回揺れてようやく1往復します。
いい加減な箱の揺れが、時間結晶のレシピをおおまかに再現するわけです。
結果は、温度しだいではっきり分かれました。
温度が低いうちは揺れが弱すぎて、二つの働きが同時にかかりっぱなしになります。
磁石は箱の拍とは関係なく、自分たちのペースでくるくる首を振るだけでした。
温度を上げすぎると、今度は揺れが乱暴すぎます。
磁石ごとのわずかな向きの違いがどんどん増幅され、集団の動きはばらばらに崩れました。
そして、ちょうどいい湯加減の温度帯でだけ、箱が2回揺れるあいだに磁石の集団がそろって1往復する「2回に1回」のリズムが現れたのです。
氷を溶かすはずの熱が、ここでは逆に、時の刻みを立ち上げる側に回ったことになります。
しかもこのリズムは、箱の揺れを写し取ったものではありません。
箱の揺れは自分の速さのあたりにしか成分がなく、その半分の速さの成分は含まれていないからです。
「2回に1回」は、磁石の集団が自分で作り出したものでした。
では、正確な時計なしで生まれたこのリズムは、時間結晶とまったく同じものなのでしょうか。
熱が生んだリズムは、ときどきつまずいて1拍ずれた
熱が生んだリズムは、本当に時間結晶と同じものなのか?
計算を1回ずつ、平均をとらずに追っていくと、時間結晶にはない奇妙なふるまいが見つかりました。
リズムを刻んでいた磁石たちが、途中でいったん刻みを弱めます。
そして少しすると、また同じテンポで刻みはじめるのです。
ところが、刻み直したあとのリズムを、つまずく前のリズムと並べてみると、上を向くタイミングが1拍ずれていました。
原因は、先ほどの箱の拍のずれにありました。
磁石たちは箱の拍に合わせて刻んでいるので、箱の拍が最初の位置から半拍ほどずれたところで、ずれた拍に合わせて刻みを組み直します。
組み直したあとの刻みを最初の拍から数えると、ちょうど1拍ぶんずれていたのです。
研究チームはこのつまずきを、時間の流れの中にできた切れ目とみなし、「時間ソリトン」と呼んでいます。
この1拍のずれは、バンドにたとえるとつかみやすくなります。
箱が指揮者、磁石の集団がドラマーで、ドラマーの役目は「2拍に1回」叩くことです。
指揮者の振る拍はいい加減で、会場の時計からだんだんずれていきます。
ずれが半拍ほどになると、ドラマーはどの拍で叩けばいいのかわからなくなり、一瞬よろめきます。
そして指揮者の新しい拍に合わせて叩き直すと、会場の時計で数えたときには、叩くタイミングが1拍ずれているのです。
つまり磁石たちが失ったのは、リズムではなく、「最初の1拍がどこだったか」という記憶だけだったのです。
体はノリノリで刻み続けているのに、「いま何拍目?」と聞かれると答えられない――時間液体とは、そういう状態です。
でも、最初の拍を覚えていられないのなら、それは時間結晶が壊れかけているだけではないのでしょうか。
1拍のずれは、時の刻みが“溶けた”しるしだった
最初の拍を忘れる刻みは、壊れかけた時間結晶とどこが違うのか?
研究者たちはその答えを、氷が溶けて水になるときに起きていることに求めています。
氷が溶けても、すぐ隣どうしの分子のつながりは残り、失われるのは遠くまで続いていた並びだけでした。
平らに並んだ結晶の溶け方については、並びの中に「ズレ」がぽつぽつと入り込み、それが増えることで遠くの並びが崩れる、という理論が知られています。
ズレが一つできると、その先の列はまるごと食い違い、遠くの粒との位置関係は狂います。
けれども、ズレとズレのあいだでは、隣どうしの間隔はそのままです。
時間でも、まったく同じことが起きていました。
時間ソリトンが一つ起きると、その先では刻むタイミングが1拍ずれ、最初の拍との関係は狂います。
それでも、つまずきとつまずきのあいだでは、「2回に1回」の刻みがきっちり続きます。
時間ソリトンは、時の刻みに入り込んだ「ズレ」だったのです。
つまり、時間結晶が「ずっと先の拍まで、いつ上を向くかを言い当てられる」氷だとすれば、時間液体は「すぐ先までは言い当てられるのに、遠い先になると当てられない」水です。
隣の拍とはしっかり手をつないでいるのに、遠く離れた拍とは赤の他人――水の分子のあいだで起きていることが、時間の中で起きていたのです。
これが「壊れかけ」と違うことは、比べ方を変えるとはっきりします。
最初の拍と比べると、つまずくたびに、そろったりずれたりしてしまいます。
そこで研究者たちは、物差しを最初の拍から、ほんの少し前の拍に持ち替えました。
ある時刻の磁石の向きと、そのすぐあとの向きを見比べ、「2回に1回」の関係が保たれているかを調べたのです。
近い2つの時刻のあいだにつまずきがはさまっていなければ、この関係は崩れないからです。
すると刻みは、つまずいたあとにもしっかり戻っていました。
それどころか、箱そのものが自分の拍の位置を忘れてしまう時間を、はるかに過ぎても続いていたのです。
本当に刻みが消えたのは、熱を吸い続けた磁石たちの向きそのものが、ばらけてしまったときだけでした。
厄介なのは、何度もやり直した計算をすべて重ねると、このリズムが比較的早く見えなくなってしまうことです。
同じ曲を何度も演奏した録音を、全部重ねて流すようなものです。
つまずく場所は演奏ごとにばらばらなので、重ねるとタイミングの違う音が打ち消し合い、拍がぼやけてしまいます。
けれども一回一回の演奏を聴けば、ドラマーはよろめくたびに立て直し、「2拍に1回」を刻み続けています。
「重ねると見えない」ことと「本当に消えた」ことは、まったく別の出来事でした。
研究者たちは、刻みが熱でゆっくり弱まっていく中で、つまずきがでたらめなタイミングで起きる、ごく簡単な模型も作りました。
模型に入れたのは、1万個の磁石の計算から測った二つの時間だけです。
刻みが本当に消えるまでの時間と、計算を重ねたときに拍がぼやけるまでの時間です。
それだけでこの模型は、最初の拍を長く覚えている回と早く忘れる回の割合まで再現しました。
1万個の磁石が最初の拍を忘れていくようすは、「ときどきつまずく時間結晶」という単純な絵で、ほぼ説明がついてしまうのです。
では、最初の拍を忘れてしまうこの“いい加減な”秩序には、きっちりした時間結晶にはない何かがあるのでしょうか。
時間液体の“いい加減さ”は、弱点ではなく強みだった
最初の拍を忘れる大らかさは、時間液体に何をもたらすのか?
答えの一つは、計算から描かれた状態の地図に現れていました。
研究チームは、時計の正確さ(箱が拍の位置を覚えていられる長さ)と温度を変えながら、どんな状態が現れるかを地図にしました。
時計が十分に正確なら、箱の拍が大きくずれる前に、磁石の刻みのほうが寿命を迎えます。
そのため、最初の拍を最後まで保ち続ける時間結晶型も、ある温度帯に現れます。
ところが時計の正確さが落ちるにつれて、その温度帯はみるみる狭まりました。
箱が拍の位置を覚えていられる長さがおよそ130拍を下回ると、時間結晶型は姿を消してしまいます。
一方の時間液体は、調べたどの正確さでも、しっかり現れ続けました。
時計がふらつく世界で刻み続けられるのは、最初の拍を最後まで守り抜く几帳面な優等生ではなく、つまずきくらい笑って流せる大らかなほうだったのです。
この“忘れっぽさ”は、時間結晶を長く縛ってきた、あの定理にも関わってきます。
定理が許さないのは、ずっと先まで「この瞬間が拍だ」と決まっているような刻み、いわば“氷”の刻みでした。
時間液体の刻みは、近い拍どうしはそろっていても、つまずくたびに最初の拍との関係がリセットされます。
しかもつまずきはいつ起きてもよいので、ずっと先の拍がどの瞬間に来るかは、誰にも決められません。
何度やり直しても拍の位置がそろわず、重ねるとぼやけてしまうのは、そのしるしでもあります。
研究チームは論文の中で、こうした刻みは、ならして見ればどの瞬間も特別ではなくなると指摘しています。
これはまさに、熱平衡の物質が持つべき「いつ眺めても同じ顔」です。
そのため時間液体なら熱平衡の中でも存在できる可能性があり、時間結晶を禁じてきた定理を回り込む道が開ける、と論じています。
つまり熱平衡の門が締め出してきたのは“氷”の刻みで、“水”の刻みなら締め出される理由がないかもしれないのです。
最初の拍をいつまでも覚えている律儀さがあだになり、ほどよく忘れる大らかさが通行証になる――時間の秩序には、そんな逆転が隠れているのかもしれません。
研究チームは、時間液体の仲間がほかの舞台にも広がっているとみています。
光と強く結びついた物質の中の電子でも、こうした時の秩序が大事な役割を果たしているかもしれない、というのです。
実験で確かめる舞台としては、光を閉じこめた箱に極低温の原子の気体を入れ、箱を雑音で直接揺らす方法などが挙げられています。
原子の気体なら、1回ごとの様子を撮影できるため、つまずきの一つ一つを見分けられると期待されています。
揺れで「回す働き」と「そろえる働き」の両方を、狙いどおりに操れるかが課題です。
ただし、今回の計算で現れた時間液体は、長く続くものの寿命のある状態です。
熱平衡そのものを計算したわけではなく、熱平衡の中で安定して存在できるかどうかは、これからの検証を待つ段階です。
それでも計算の上では、正確な時計がなくても、物質が熱のゆらぎだけで時を刻めることが示されました。
しかもその刻みは、きれいにそろうか完全にばらばらかの二択ではなく、近くはそろい、遠くは溶けた、三つめのかたちをとっていました。
物の並びに氷と水と水蒸気があるように、時の刻みにも、氷と水にあたるかたちがありました。
そして時計の狂った世界では、氷より水のほうが、案外しぶといのかもしれません。
元論文
Discrete time liquids
https://doi.org/10.48550/arXiv.2610.30266
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部