同じ大きさのクマノミでも、ペアで上に立った方は2倍成長すると判明
クマノミは、イソギンチャクを住みかにする小さな魚です。
このクマノミが2匹で暮らすと、やがてどちらが上でどちらが下かという順位ができていきます。
では、生まれた時期も体の大きさもそっくりな2匹を、同じ水槽に入れたらどうなるでしょうか?
背比べはずっと互角のままなのか、それともどこかで差がつくのか。
そして、上に立てなかった方の魚は、どんな育ち方をするのでしょうか?
その答えを確かめるため、研究チームは幼いクマノミを5週間にわたって見守りました。
研究の詳細は、2026年10月28日付で学術誌『eLife』に掲載されました。
大きさも年齢もそろえた「ライバル」を組ませた
群れの順位は、そこで暮らす1匹1匹の体や行動をどう変えるのでしょうか?
これは、動物の行動を調べる研究の中心にある問いの1つです。
これまでの研究でも、同じ大きさのクマノミ同士は、やがて違う育ち方をすると報告されていました。
似た現象は、群れで暮らすミーアキャットでも知られています。
ハダカデバネズミでも、女王が死ぬと後継ぎの座をめぐって激しい争いが起きます。勝った個体は急に成熟し、腰の部分の背骨まで長くなるほど体が大きくなって、新しい女王になります。
また、体の大きさが近い相手ほど、争いが激しくなることも分かっていました。
ただ、順位によって食べる量がどう変わるかを数えた研究は、クマノミではほとんどありませんでした。
そこで研究チームは、大きさと年齢をそろえた幼いクマノミで、実験の組を30組つくりました。
1組は、同じ水槽で暮らす2匹と、別の水槽でひとりで暮らす1匹の計3匹です。
ひとりの魚は、ライバルがいない場合と比べるための「物差し」の役目を担います。
水槽には、住みかとなるイソギンチャクも入れてありました。
研究チームは、体の長さ(標準体長)、食べる量、2匹のやり合い、体の中で働く遺伝子を調べました。
その結果、2匹組で上位に立った魚だけが、下位の魚やひとりの魚とははっきり違う育ち方を見せました。
同じ量のエサで、上の魚だけがどれだけ大きく育った?
まず、実験を始めた時点では、3匹の大きさにはっきりした差は見られませんでした。
ところが5週間後、2匹組で順位が上になった魚だけが、ほかの2匹より大きく育っていたのです。
上位の魚は平均4.32mm伸び、下位の魚の1.89mmを大きく上回りました。
これは、およそ2倍の差です。
定規の目盛りでいえば、上位は4目盛りあまり、下位は2目盛りに届かないほどです。
一方、ひとりで暮らした魚の伸びは、下位の魚とはっきりした差がありませんでした。
つまり、下位に回った魚は、ライバルのいない魚とほぼ同じくらいしか育たなかったのです。
これまでの実験では、ひとりの魚は下位の魚よりもさらに育ちが悪かったと報告されていました。今回その差が見られなかったのは、水槽にイソギンチャクを入れたことで、ひとりの魚の育ちが良くなったためだと研究チームはみています。
では、この差はどこから生まれたのでしょうか?
研究チームが目をつけたのが、食べる量です。
エサはどの魚にも同じ量を与え、食事中は2匹の間を板で仕切って、邪魔し合えないようにしました。
ひとりの魚の水槽にも、条件をそろえるため同じように仕切りを入れています。
そのうえで、毎週撮った動画から、それぞれの魚が何口食べたかを数えました(ただし、ひとりの魚は1週目の動画を撮っていません)。
実験前半の2週目と3週目には、2匹組の魚はどちらも、ひとりの魚より多く食べていました。
研究チームは、ライバル同士が相手より大きくなろうとして、ひとりの魚より多く食べると予想していました。前半は、2匹組の方が多く食べていたという点で、この予想に合っていました。
しかし4週目と5週目になると、2匹組のうち少なく食べる方の魚と、ひとりの魚の間に、食べる量のはっきりした差は見られなくなりました。
大きさの差で上下を見分けられた組では、3週目以降、上位の魚が下位やひとりの魚より多く食べていました。
下位の魚とひとりの魚の食べる量には、はっきりした差は見られませんでした。
食べる量の変化とあわせて、2匹のやり合いにも変化がありました。
研究チームは、かみつき・追い回し・頭突きを「攻撃」、逃げる・体を震わせるといった動きを「服従」として数えました。
攻撃はたいてい一方の魚だけが見せ、服従はもう一方の魚だけが見せていました。
やり合いがいちばん激しかったのは、実験の最初の2週間です。
その後は週を追って減り、4週目と5週目には、上位の攻撃も下位の服従もほぼゼロになりました。
順位が決まり、食べる量と育ち方がそれぞれの役に落ち着くと、争いはほとんど消えていたのです。
下位の魚は遺伝子の働きも「ひとりぼっち」と差が見つからなかった
変化は、目に見える体の大きさや行動だけではありませんでした。
研究チームは、上位、下位、ひとりの魚を15匹ずつ、計45匹選び、全身で働く遺伝子を調べました。
すると、下位の魚とひとりの魚の間では、働き方の違う遺伝子が1つも見つかりませんでした。
全体として見た遺伝子の働き方でも、両者の間にはっきりした差は見られなかったのです。
これに対し、上位の魚だけが、ほかの2匹とはっきり異なる遺伝子の働き方を示しました。
上位の魚では、背骨のある動物に共通する成長のしくみに関わる遺伝子や、骨づくりに関わる遺伝子が強く働いていました。
一方、満腹を知らせる合図に関わる遺伝子(コレシストキニンなど)は、上位の魚で働きが弱まっていました。
満腹のブレーキが弱いことは、上位の魚のよく食べる様子と一致します。
裏返せば、下位とひとりの魚では、食欲が抑えられていたことがうかがえます。
また、糖などからエネルギーを取り出すしくみの遺伝子は、下位とひとりの魚の方が活発でした。エネルギーの使い方にも違いがあることがうかがえます。
もう1つ興味深いのは、勝ち負けが体格だけでは決まっていなかったことです。
分析した27組のうち25%の組では、最初にわずかに小さかった方が上位に立っていました。
研究チームは、勝ち負けは最初の大きさだけで決まっていたのではなく、初めのやり合いの中で決まったと考えています。
では、下位の魚はなぜ、ひとりの魚と同じ程度の伸びにとどまったのでしょうか?
研究チームが手がかりに挙げるのが、ハゼの仲間(エメラルド・コーラルゴビー)の例です。
このハゼでは、下位の個体が上位に近い大きさになると、争いを避けるため「ダイエット」することが知られています。
研究チームは、クマノミでも、食べる量がそれぞれの役に合わせて細かく調整されているとみています。
大きさをめぐる争いは、育ち方を変えて別々の役に収まることで決着した、という見方です。
ただし、まだ分からないこともあります。
最初の数週間は動画で2匹を見分けられず、やり合いは2匹の合計で、食べる量は多い方・少ない方として数えました。
上位と下位の違いは早い時期からあったと研究チームはみていますが、確かではないとしています。
また、遺伝子の結果は、成長や食欲との結びつきを示したもので、遺伝子が育ち方の差を生んだと確かめたわけではありません。
それでも、同じスタートラインに並んだクマノミが、順位に合わせて食べ方や体の中の働きまで変えていたことが見えてきました。
同じ量のエサをもらっても、上に立った魚は定規4目盛りあまり伸び、下の魚はひとりぼっちの魚並みにとどまったのです。
写真で見るクマノミの仲間
参考文献
Plasticity associated with adoption of social roles in clown anemonefish (eLife)
https://doi.org/10.7554/elife.109871.3
元論文
Plasticity associated with adoption of social roles in clown anemonefish
https://doi.org/10.7554/elife.109871.3
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部