子どものような姿のまま大人になる「新種のクマムシ」を発見
クマムシの仲間には、海の底の砂や泥のすき間で暮らすものがいます。
大西洋の海底には、「海山(かいざん)」と呼ばれる海の中の山がいくつもあります。
こうした海山は、砂のすき間に暮らす小さな動物の種類が多いことで知られてきました。
カーボベルデ諸島の近くにある「センゴール海山」も、その1つです。
ところが、この海山に暮らす海のクマムシは、これまで誰も調べていませんでした。
そこで研究チームは、この海山の頂上と、そこから離れた深海の底でとった砂や泥を調べました。
山の上と深海の底とでは、暮らすクマムシの顔ぶれに違いはあるのでしょうか?
研究の詳細は、2026年10月27日付で学術誌『ZooKeys』に掲載されました。
「サンゴのかけらの山頂」と「細かい泥の深海」
調べた砂や泥は、2009年9月に調査船メテオール号が海底から採ったものです。
砂や泥は、「マルチプルコアラー」という装置で採りました。
採った場所は、大きく分けて2つあります。
1つは、センゴール海山のてっぺんに広がる平らな台地です。
この海山は、頂上がテーブルのように平らな形をしています。
もう1つは、海山から北へ約100km離れた深海の底です。
この深海の地点は、海山と比べるための基準として選ばれました。
2つの場所では、海底の様子がまるで違っていました。
山頂の底は、主に生き物の殻や骨格のかけらでできた、粒の粗い砂です。
サンゴやウニの仲間、コケムシ、貝などのかけらが集まってできていました。
一方、深海の地点の底は、主にきめの細かい泥(軟泥)でできていました。
たとえるなら、砕けた貝殻まじりの砂と、ぬかるみの泥ほどの違いです。
研究チームは、こうした砂や泥から海のクマムシを取り出し、1匹ずつ調べました。
対象は、「異クマムシ(いクマムシ)」と呼ばれるグループに入る海のクマムシです。
比べる舞台は、粗い砂の山頂と細かい泥の深海という、性質のまったく違う2つの海底だったのです。
見つかった219匹、山頂と深海にどう分かれていた?
8つの試料から取り出された海のクマムシは、全部で219匹でした。
そのうち212匹が、海山の山頂から見つかったものです。
ただし3匹は傷みが激しく、「異クマムシの仲間」とまでしか分かりませんでした。
それ以外を調べていくと、山頂のクマムシは20の種類(分類群)に分かれました。
種の名前まで決まったのは3種で、残りの多くは属や科などまでの絞り込みにとどまりました。
そして2種は、これまで知られていなかった新種でした。
山頂で最も多かったのは「ハレキニスクス科」の仲間で、全体の52.6%を占めました。
見つかったクマムシのおよそ半分が、この1つの科だったことになります。
次に多かったのは「スティラコニクス科」の仲間で、26.3%でした。
では、約100km北の深海の泥では、どうだったのでしょうか?
こちらで見つかったクマムシは、たった2種類だけでした。
「アングルサ・アビサリス」という種が6匹と、同じアングルサ属で種の決まっていない1匹です。
山頂の20種類に比べると、深海の顔ぶれはずいぶん寂しいものでした。
この結果は、海山が海のクマムシの「ホットスポット」だという考えを後押しするものかもしれません。
ホットスポットとは、ここでは多くの種類の生き物が集まる場所という意味です。
実際、北大西洋の「フェロー・バンク」という海山でも35種のクマムシが記録されていて、センゴール海山と同じように多くの種類がいると見られています。
ただし、研究チームは注意も添えています。
山頂と深海とでは、調べた試料の量がそろっていなかったのです。
そのため、山頂と深海の種類の数の違いから、統計的にはっきりした結論を出すことはできない、としています。
深海のクマムシはまだ十分に調べられていないため、山頂と深海の差は、暮らしぶりの本当の違いではなく、調べた量の偏りを映しているだけかもしれない、とも述べています。
さらに山頂には、新種かもしれないクマムシが、ほかに5種類もいました。
けれども試料の状態が、新種として確かな記録を残せるほど良くありませんでした。
少なくとも今回の試料で見る限り、海山の山頂は、まだ名前のないクマムシまで暮らすにぎやかな場所でした。
大人なのに子どもの姿? 新種2種の正体
正式に記録された2種の新種は、どちらも「スティガルクトゥス科」という仲間に入ります。
この科は、山頂のクマムシの6.7%を占める少数派でした。
1種目は、「メガスティガルクティデス・ヘカタエ」と名付けられました。
このクマムシは、生殖器のまわりに珍しいとげを持っています。
同じ属で最もよく似ているのは、ペルシャ湾で見つかっている「クリスティナエ」という種です。
ただ、体の外側の形だけでなく、生殖器と肛門のまわりのつくりにも違いがありました。
よろいのような体を持つ海のクマムシでは、生殖器のつくりが種を見分ける大事な手がかりになります。
そのため研究チームは、この違いは別の種と見なすのに十分な重みがあると考えました。
ヘカタエとクリスティナエはおそらく、熱帯にすむ同じ系統に属する、最も近い親戚どうしだと考えられています。
さらにヘカタエは、この属のクマムシの中で、これまでで最も深い場所から記録された種になりました。
2種目は、「パラスティガルクトゥス・ポテルカ」です。
こちらは、大人になっても子どもの特徴を残す「幼形成熟(ようけいせいじゅく)」の例だと考えられています。
手がかりの1つは、同じ属の仲間に比べて体が小さいことです。
もう1つは、脚の先にある爪の数が、仲間より少ないことです。
海のクマムシでは、大人なのにすべての脚の爪が2本しかない種が、幼形成熟の例として挙げられてきました。
爪が2本というのは、本来は幼生に見られる特徴なのです。
ポテルカの場合、前の方の脚には爪が3本ずつあります。
いちばん後ろの脚だけは、爪が2本ずつです。
研究チーム自身も、これは幼形成熟の最も分かりやすい例ではないと認めています。
それでも、小さな体に加えて、精子をためる袋(受精嚢)が目立たないことを、さらなる根拠に挙げています。
パラスティガルクトゥス属で幼形成熟の特徴を示すのは、ポテルカと「ビウングラトゥス」という種の2種だけです。
今回の新種2種が加わったことで、メガスティガルクティデス属は全部で7種、パラスティガルクトゥス属は8種になりました。
サンゴや貝のかけらが積もった海山の頂上には、大人になっても子どもの面影を残すクマムシが暮らしていたのです。
写真で見る、さまざまなクマムシの姿
参考文献
Marine tardigrades (Heterotardigrada) from Senghor Seamount, Eastern Tropical Atlantic, with the description of two new species from the taxon Stygarctidae (ZooKeys)
https://doi.org/10.3897/zookeys.1295.205902
元論文
Marine tardigrades (Heterotardigrada) from Senghor Seamount, Eastern Tropical Atlantic, with the description of two new species from the taxon Stygarctidae
https://doi.org/10.3897/zookeys.1295.205902
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部