海に浮かべた「かかし」で網にかかる海鳥が大きく減ると判明
かかしといえば、ふつうは畑に立って鳥を追い払うものです。
ところがイギリス南西部の沖で、かかしを海に浮かべる試みが行われました。
守る相手は作物ではなく、漁の網にからまって命を落とす海鳥です。
用意されたのは、回る大きな目玉のついたブイと、猛禽(もうきん。タカやワシの仲間)の形をした凧の2種類でした。
こんな素朴な道具で、本当に海鳥を網から守れるのでしょうか?
研究の詳細は、英エクセター大学らにより、2026年9月1日付で学術誌『Conservation Letters』に掲載されました。
水中の「網の壁」に飛び込む海鳥たち
刺し網(さしあみ)は、細かい目の網を壁のように海中に張り、泳いでくる魚をからめとる漁具です。
この網には、魚を追って水中に潜る海鳥も飛び込んでしまいます。
代表的なのが、ウミガラスやオオハシウミガラスといったウミスズメの仲間です。
網にからまった鳥は水面に戻れず、そのまま溺れてしまうことがあります。
このように狙っていない生き物が網にかかることを、混獲(こんかく)と呼びます。
2024年の推定では、ヨーロッパの海だけで毎年およそ3万1000羽のウミガラスがこうして死んでいます。
網を光らせる、漁具そのものを変えるなど、これまでも対策は試されてきました。
それでも研究チームは、刺し網から海鳥を守る道具はまだ十分に育っていないと述べています。
今回の分析を率いたのは、英エクセター大学のトム・ホートン氏です。
実験は、目玉ブイを作るイギリスの会社フィッシュテック・マリンが、コーンウォールの漁師たちと行いました。
目玉ブイは、作り物の大きな目玉が並んだ頭がくるくる回るブイです。
目玉ブイの実際の写真はこちら(Earth.com) 画像1
同社とイギリスの野鳥保護団体RSPBが、8年かけて開発しました。
共著者のうち3人は同社で働いており、論文にもそのつながりが明記されています。
もう1つの道具である凧は、猛禽の形をした市販品です。
どちらの道具も、竹の棒と浮き、水中のおもりでできた漁具用の目印ブイのてっぺんに取り付けられ、海の上で立ったままになるよう工夫されていました。
実験には、岸近くで漁をする10人の漁師が、2023年10月から約1年半にわたって参加しました。
漁師たちは、網を3つ1組にして同じ漁場に仕掛けました。
1つには凧を、1つには目玉ブイを付け、残る1つには何も付けません。
こうすれば、場所の違いに左右されずに道具の効き目を比べられます。
仕掛けた網は、合わせて1,057張りにのぼりました。
つなげた長さは約129kmで、フルマラソンおよそ3本分です。
すべての船にカメラを付け、網を引き上げるたびに、かかった生き物を1匹残らず記録しました。
凧と目玉ブイ、効き目が届く範囲はどれほど違う?
1年半の実験で、狙っていないのに網にかかった生き物は、合わせて191匹でした。
そのうち153羽が鳥で、残りはアザラシやイルカ、ネズミイルカの仲間でした。
鳥の中でもウミガラスとオオハシウミガラスが138羽を占め、全体の7割を超えていました。
しかも、かかった生き物の98%は、船に上がった時点ですでに死んでいました。
生きて海に戻せたのは、わずか4匹です。
では、かかしを付けた網ではどうだったのでしょうか。
何も付けない網と比べると、凧を付けた網では、ウミスズメの仲間が1羽でもかかる見込みが71%下がりました。
目玉ブイを付けた網でも、その見込みは59%下がりました。
この点では、凧とブイの効き目にはっきりした差は見られませんでした。
次に、鳥がかかってしまった網だけを取り出して、かかった数を比べました。
すると目玉ブイの網では、同じだけ漁をしたときの鳥の数が68%少なくなっていました。
凧の網でも数は少なめでしたが、偶然の差ではないと言い切れるほどではありませんでした。
ホートン氏は「いちばんはっきりした驚きは、結果がとても強く、一貫していたことでした」と話しています。
チームはさらに、鳥が網のどこでかかったかをGPSで記録し、一番近い道具からの距離を調べました。
凧の場合、凧から約24m以内でかかった鳥は、合わせてわずか5羽でした。
24mは、25mプールの端から端までとほぼ同じ長さです。
一方の目玉ブイでは、ブイからわずか約7mの範囲で、すでに5羽がかかっていました。
つまり凧はすぐ近くの鳥を強く遠ざけ、目玉ブイはもっと広い範囲で中くらいの効き目を示したのです。
裏を返せば、道具と道具の間が空きすぎると、そのすき間で鳥がかかってしまいます。
そこで研究チームは、沿岸の刺し網なら、改良した凧を60〜80mおきに置くのがよいかもしれないと提案しています。
鳥が最もかかったのは「冬の網」、そして残る課題
では、道具はいつ、どの網に付けるのがよいのでしょうか。
実験では1年のどの月にも網が仕掛けられ、狙う魚は9グループ、網目は22通りにのぼりました。
その中で、同じだけ漁をしたときで比べると、鳥が最も多くかかったのは1月と2月でした。
とくに1月は、実験の期間に2回あった1月を合わせて、101羽の鳥がかかっていました。
狙う魚では、ヨーロッパスズキとタイセイヨウサバの網で多くかかっていました。
網の目では100〜110mmの網で最も多くかかっており、これははがきの短い辺ほどの大きさです。
このため研究チームは、1年中ではなく、冬にこうした網を使うときに絞って道具を付けるのが効果的だと考えています。
期間を絞れば手間も少なく、漁師に受け入れられやすいという見立てです。
ホートン氏は「シンプルで安い道具が、刺し網での海鳥の混獲という大事な問題の解決を助けられる」と述べています。
実際に使った漁師たちからは、こんな声が寄せられました。
目玉ブイは扱いやすく、しまうのも簡単だったといいます。
一方の凧は、風が弱すぎると働きが落ち、風が強いと扱いにくくなりました。
いちばん大変だったのは、長い網に道具を何個も付ける作業でした。
漁師たちの提案のいくつかは、すでに新しい試作品に生かされています。
参加した漁師のミッキー・ベーコン氏は、「漁師はただ魚を獲りたいわけじゃない。環境を良くする一員にもなりたいんだ」と話します。
ただし、気になる結果もありました。
アザラシが、目玉ブイの網には15頭かかり、何も付けない網の6頭より多かったのです。
凧の網では4頭でした。
アザラシは、人が出す合図やほかの捕食者の気配を手がかりに、獲物の多い場所を探すことが知られています。
研究チームはブイがアザラシを引き寄せている可能性を指摘しつつ、確かめるにはさらに試験が必要だとしています。
実験の進め方にも限界があります。
道具を置く間隔は目玉ブイに合わせて決めたため、凧と凧の間にはおそらくすき間ができており、結果に影響したかもしれません。
水深や風、鳥が道具に慣れてしまうかどうかも調べていません。
網のおよそ3分の1は夜通し仕掛けられていました。目に見える形で鳥を追い払う道具は、昼のほうがよく効くと考えられます。
さらに、調べたのはイギリスの1つの海岸と1種類の漁だけです。
実際、目玉ブイはエストニアで周りのウミガモ類を減らしましたが、2023年のアイスランドの試験では海鳥の混獲を減らせませんでした。
ホートン氏は、ほかの漁や海でこの方法がどう働くかを探っていきたいと話しています。
畑で鳥を追い払ってきたかかしの知恵は、冬の海でも、網に飛び込む海鳥を減らす手がかりになっていたのです。
写真で見るウミスズメの仲間とコーンウォールの海辺
参考文献
Floating scarecrows could save thousands of seabirds from deadly fishing nets (Earth.com)
https://www.earth.com/animals/floating-scarecrows-could-save-thousands-of-seabirds-from-deadly-fishing-nets/
元論文
Above Water Deterrents Reduce Auk Bycatch in Gillnet Fisheries off the United Kingdom
https://doi.org/10.1111/con4.70082
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部