博物館に眠っていたタツノオトシゴのそっくりさんは骨を調べると別の仲間だった
オーストラリア南部の薄暗い海に、タツノオトシゴにそっくりな小さな魚がいます。
大きさは親指ほどで、馬のような頭が体から下向きに傾いています。
尾はくるりと巻いて物をつかめ、オスのお腹には子どもを育てる袋もあります。
そのため、この仲間のうち2種は、これまでタツノオトシゴと同じ分類のグループ「タツノオトシゴ属(Hippocampus)」に入れられてきました。
ところが、生きて泳ぐ姿を確かに観察した記録は、ひとつもありません。
手元にあるのは、網にたまたまかかって保存された、わずかな標本だけです。
この「そっくりさん」は、本当にタツノオトシゴの仲間なのでしょうか?
研究チームは、博物館に眠っていた標本を、外からは見えない骨と遺伝子まで調べ直しました。
研究の詳細は、2026年7月29日付で学術誌『Journal of Lost Species』に掲載されました。
博物館の引き出しで眠っていた「そっくりさん」
調べられたのは、タツノオトシゴ属とされてきた2種(H. minotaurとH. paradoxus)と、正体不明だった1体の標本です。
どれも水深50〜124mという、光が届きにくく、スキューバダイビングでは出会えない深さで見つかりました。
この深さの海底は、海藻や海草の草原が広がる浅い海とは違い、カイメンが「庭」のように集まる場所や、サンゴに似た生き物の集まりなどが立体的に入り組んでいます。
研究チームによると、オーストラリアのこうした海は、海の生き物の研究の中でも特に調べられていない場所です。
標本はどれも、海底を探る網や採集道具に、たまたまかかったものでした。
中でも数奇なのが、2006年に南オーストラリア州のスペンサー湾の入り口近くで引き揚げられた1体です。
このときの調査の狙いは、殻を持つ小さな動物「腕足類(わんそくるい)」でした。
そのため魚なのに、南オーストラリア博物館の無脊椎動物の収蔵庫へ、誤って登録されてしまいます。
そして何年ものあいだ、その正体に誰も気づかなかったのです。
ほかの標本も、保存されたあとはほとんど忘れられ、各地の博物館に眠っていました。
見つかった場所は、2,500kmを超える海岸線にばらばらに散らばっています。
標本の数は、論文の要旨では8体、研究チームの解説では7体とされ、どちらにしても10体に届きません。
しかも、ここ20年近く、新しい標本は1体も採集されていないのです。
そして、この魚をタツノオトシゴの仲間とした判断は、すべて外から見た姿に基づいていました。
頭の角度も、つかむ尾も、子育て袋も、タツノオトシゴそのものだったからです。
しかし、体の内側の骨組みは、タツノオトシゴの仲間だという前提で見られていて、本物のタツノオトシゴと細かく比べられてはいなかったのです。
骨と遺伝子が明かした、そっくりさんの正体とは?
標本は二度と手に入らないかもしれない貴重なもので、解剖はできません。
そこで研究チームが使ったのが、「マイクロCT」という装置です。
病院のCTと同じX線の仕組みで、ごく小さな骨まで見分けられるほど細かく撮影できます。
今回の撮影では、画像の1粒がおよそ1mmの100分の1という細かさで記録されました。
こうして骨格の立体モデルを作り、本物のタツノオトシゴと骨を1つずつ比べたのです。
ピグミーシーホースと呼ばれるごく小さな種類を除けば、タツノオトシゴの体の内側には決まった骨組みがあります。
ひとつは頭の上にある「冠(コロネット)」と呼ばれる骨、もうひとつは骨の板どうしがくっつき合ってできた、お腹を支える硬いかごです。
ところがスキャンの結果、この魚たちにはそのどちらもありませんでした。
首の後ろの骨の板は小さく、冠の形になっていなかったのです。
お腹の骨の板もくっつき合っておらず、腹側を通るひと続きの出っ張りもありません。
代わりにあったのは、3つの部品からなる、お腹を支える独自の骨組みでした。
真ん中の骨を、前と後ろの骨が両側から挟む形です。
真ん中の骨は、タツノオトシゴで尻びれを支える骨と、起源が同じです。
つまり同じ材料が組み立て直され、まったく別の支えになっているのです。
このような骨組みは、ヨウジウオ科(タツノオトシゴやヨウジウオ、シードラゴンなどの仲間)のどこにも見られません。
研究チームは、このお腹の骨組みこそが、新しいグループと見なす一番の証拠だとしています。
骨の次に確かめたのは、遺伝子です。
実は2006年の1体だけが、ホルマリンではなくエタノールで固定されていました。
エタノールなら、遺伝情報を担うDNAが壊れずに残ります。
研究チームはこのDNAを読み、魚の家系図のどこに入るかを調べました。
するとこの魚は、タツノオトシゴのグループの外側、そのすぐ隣の枝に入ったのです。
その枝は「ハリイクティス族(Haliichthyini)」と呼ばれる、タツノオトシゴに最も近い親戚のグループです。
遺伝子は、骨がすでに語っていたことを裏づけたのです。
研究チームは3種のために新しい属を立て、「Australyichthys(オーストラリイクティス)」と名付けました。
ラテン語の「南」とギリシャ語の「魚」を組み合わせた名前です。
2006年の1体は新種とされ、「A. aegis(アエギス)」と名付けられました。
アエギスはギリシャ神話の守りの盾の名で、頭にあるドーム状の、かぶとのような出っ張りにちなみます。
研究チームは3種をまとめて、「シーマペット(海のマペット)」と呼んでいます。
この仲間には、背中に皮がひらひらと伸びた突起がよく見られます。
役目は分かっていませんが、入り組んだ海底で身を隠すのに役立っているのかもしれないと、研究チームは考えています。
タツノオトシゴの形は、少なくとも2回生まれていた
別々の系統の生き物が、よく似た姿になることを「収れん進化」と呼びます。
別々の会社が、同じ使い道を目指して、そっくりな道具を作ってしまうようなものです。
今回の結果は、タツノオトシゴ型の体が、ヨウジウオ科の中で少なくとも2回、別々に生まれたことを示しています。
つまり、下向きの頭やつかむ尾、子育て袋をそなえたそっくりな体は、同じ祖先から受け継いだものではなかったのです。
研究チームによると、収れん進化の多くは、祖先が同じだからというより、暮らし方が似ているために起こります。
ただし、この魚たちは生きた姿が観察されておらず、どんな暮らしぶりなのかはほとんど分かっていません。
数少ない手がかりは、今回のマイクロCTで1体のお腹の中から見つかった甲殻類(エビやカニなどの仲間)のかけらで、何を食べているかを直接示す初めての証拠です。
研究チームは、この収れん進化の仕組みを探れば、進化がなぜ同じ答えにたどり着くのかが見えてくるかもしれないとしています。
もちろん、分かっていないことも残っています。
DNAを読めたのは、エタノールで保存されていた1体だけです。
ほかの2種は、骨のつくりに共通する特徴の組み合わせから、同じ属にまとめられています。
さらにこの属は、生きた姿の確かな記録がなく、20年近く採集もありません。
そのため研究チームは、3種とも「失われた種」(長いあいだ確かな記録が途絶えている種)の基準に当てはまるとしました。
ただし、これを数が減ったり、いなくなったりした証拠とは見ていません。
薄暗い海の調査がまだ少ないためだと、慎重に受け止めているのです。
絶滅の危機を測る国際自然保護連合(IUCN)の評価も、データが足りず行えていません。
研究チームは、生き物を捕らずに観察する調査を、この海で狙って行う必要があると訴えています。
無脊椎動物の棚に紛れていた親指ほどの魚が、タツノオトシゴの形は1度きりの発明ではなかったと教えてくれたのです。
写真で見るタツノオトシゴに似た小さな魚たち
参考文献
Scientists discover mysterious seahorse lookalikes that no one has ever seen alive (ScienceDaily)
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/10/261029072119.htm
元論文
Australyichthys gen. nov. (Teleostei, Syngnathidae), a lost mesophotic lineage from southern Australia, with description of A. aegis sp. nov. and reclassification of Hippocampus minotaur and H. paradoxus
https://doi.org/10.66264/y1ffbcwb
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部