冷蔵庫に子どもの絵を留めたり、方位磁針を北に向けたりする磁石は、多くの人にとって手で感じられる身近な力です。


しかし物理学者にとって、磁石の性質は物質が持つ量子の性質の1つで、もっと込み入ったものです。


しかも、磁石の性質を持つ物質のすべてが、外から分かる磁力を見せるわけではありません。


外から何も加えなくても現れる磁石の性質は、何十年もの間「強磁性」と「反強磁性」の2種類だけとされてきました。


ところが近年、そのどちらにもすっきり収まらない物質が見つかり、3つ目の種類ではないかと注目されてきました。


その正体を見極めるうえで、最後まで欠けていた「パズルのピース」とは何だったのでしょうか?


研究の詳細は、米SLAC国立加速器研究所らにより、2026年10月29日付で学術誌『Science』に掲載されました。


磁性を持つかどうかは「上向き」と「下向き」のそろい方で見る


磁石の性質を見せるために使われる、棒の形をした永久磁石です。左端の「S」と刻まれた側がS極です。物理学者は、こうした磁石の性質を、電子1つ1つが持つスピン(自転にたとえられる性質)の並び方で見ています。 / Credit: File:Bar magnet.jpg: Photo taken by Aney / derivative work: MikeRun / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

まずは、物理学者が磁石をどう見ているのかを確認しておきましょう。


注目するのは、電子1つ1つが持つ、自転にたとえられる性質(スピン)です。


スピンには「上向き」と「下向き」があり、これが決まった模様にそろって並ぶと、その物質は磁性を持つとみなされます。


1つ目の強磁性は、すべてのスピンが同じ向きにそろうタイプです。


向きがそろって外に磁場が現れるため、人類はこの種類の磁石を大昔から知り、使ってきました。


棒磁石を、方位磁針をたくさん並べた板の上に置いた教材です。磁石の外に現れる磁場の形が、並んだ針の向きで分かります。 / Credit: Original version:Yzarc-pan This version:Chetvorno / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

2つ目の反強磁性は1933年に見つかったタイプで、スピンが上・下・上・下と交互に並びます。


隣どうしの向きが打ち消し合うので、物質全体としては磁石の力が外に出てきません。


それから90年近く、磁性はこの2つに分けて考えるのが当たり前でした。


ところが近年、両方の特徴を併せ持つように見える物質が現れます。


スピンは反強磁性のように交互に並び、全体としての磁化もありません。


それなのに、強磁性のようにスピンの流れ(スピン流)を利用できるらしいのです。


この2つの性質は、かつては両立しないと考えられていました。


そこで2022年、研究者たちはこの不思議な物質のグループに「オルターマグネット(altermagnet)」という名前を付けました。


上下が打ち消し合う磁石の中にも、右回り・左回りの癖はある?


木ねじです。ネジのらせんは、右回りか左回りかの向きを持つ形の身近な例です。 / Credit: Dmitry Makeev / Wikimedia Commons(CC BY 3.0)

オルターマグネットの不思議な振る舞いを説明するために、研究者たちはある「ねじれ」を考えました。


スピン自体は、反強磁性と同じように上・下と交互に並んでいます。


ただし、上向きのスピンを囲む結晶の原子の並びは、下向きのスピンを囲む並びに対して回転した関係にあると考えられています。


この形の上でのずれが物質の対称性(回したり鏡に映したりしても同じに見える性質)を崩し、ふつうの反強磁性とは違う振る舞いを生むと見られてきました。


論文の筆頭著者である、米SLAC国立加速器研究所のダニエル・ジョスト氏はこう話します。


「2024年までに、オルターマグネットの磁性が実在することを強く支持する要素はいくつかありました。しかしパズルには、まだ欠けたピースがあったのです」


その欠けたピースとは、オルターマグネットの候補となる物質の中に「キラリティー」があるという、実験による証拠でした。


キラリティーは「利き手」とも呼ばれ、鏡に映した姿と自分自身を重ね合わせられない性質のことです。


バチカン美術館の二重らせん階段で、ジュゼッペ・モーモの設計により1932年に造られました。らせん階段も、右回りか左回りかの向きを持つ形です。 / Credit: Colin / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

らせん階段やネジのように、右回りか左回りかの向きを持つ形をイメージすると分かりやすいでしょう。


研究チームが探したのは、スピンが波のように揺れながら伝わる集団の動き(マグノン)の中に潜む利き手です。


利き手を持つマグノンはこれまで、全体として磁化を持つ磁石や、スピンが複雑な模様を描く物質に付きものだと考えられてきました。


上向きと下向きのスピンのグループがエネルギーの上で区別できない場合、こうした特徴は原則として現れないとされます。


ところがオルターマグネットでは、その独特の対称性のおかげで、利き手を持つマグノンが現れる条件がそろうと考えられていたのです。


チームが調べたのは、オルターマグネットの候補とされるテルル化マンガン(MnTe)です。


この結晶では、1つの層の中のマンガンのスピンはすべて同じ向きにそろい、その層が磁気を持たないテルルの原子をはさんで、上向きの層・下向きの層と交互に積み重なっています。


テルルという元素のかけらです。テルル化マンガンの結晶では、磁気を持たないテルルの原子を間にはさんで、マンガンの層が積み重なっています。 / Credit: Jan Anskeit / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

この結晶に、振動の向きが左回りまたは右回りに回転するX線(円偏光X線)を当て、跳ね返ってきたX線を詳しく調べました。


今回の測定が行われた、グルノーブルにある欧州シンクロトロン放射光施設(ESRF)です。 / Credit: Brücke-Osteuropa / Wikimedia Commons(Public domain)

X線のエネルギーは、マンガンが強く吸収する値の付近で調整し、磁気の揺れがきれいに見える条件を探しました。


X線がスピンの揺れを生み出すと、その分のエネルギーを失ったX線が跳ね返ってくるので、揺れを捉えられるのです。


この手法は、共鳴非弾性X線散乱(RIXS)と呼ばれます。


今回の測定が行われた、ESRFのID32という実験設備(ビームライン)にある共鳴非弾性X線散乱(RIXS)の分光装置です。 / Credit: Gps1810 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

すると、左回りと右回りのX線では、スピンの揺れを示す信号の強さが違っていました。


2つの信号を差し引くと、山のような形がくっきりと残ります。


これこそがスピンの波の「利き手」の部分で、チームはこれを「キラル・オルターマグノン」と名付けました。


左右の円偏光で信号が変わることは、物理学で「時間反転対称性の破れ」(時間の流れを逆にすると元と同じ状態に戻らないこと)と呼ばれる根本的な性質の目印だと、論文は説明しています。


差が消える向き、逆転する向きまで予測どおりだった


ESRFにある、ビームラインと呼ばれる実験設備の1つです。研究チームは同じ施設のID32というビームラインで、X線が結晶に受け渡す運動量の向きを変えながら測りました。 / Credit: Brücke-Osteuropa / Wikimedia Commons(Public domain)

とはいえ、左右で信号が違うだけでは、オルターマグネットならではの性質だとまでは言い切れません。


そこでチームは、X線が結晶に受け渡す勢いの向きと大きさ(運動量)を変え、さまざまな向きに進むスピンの波を調べました。


まず、結晶の対称性が特に高い点に近づけていくと、キラル・オルターマグノンの信号は弱まっていきました。


こうした点では、右回りと左回りのマグノンが同じエネルギーを持つため、どちらの円偏光X線でも同じ強さの信号になるからです。


逆に、そうした点からA−Lと呼ばれる方向に沿って離れ、その道のりの中ほどへ近づくにつれて、信号の強さに対する左右の差の割合は系統的に大きくなりました。


さらに、運動量の大きさをそろえたまま向きだけを弧を描くように変えると、もっと印象的な形が浮かび上がります。


向きによって左右の差のプラスとマイナスが入れ替わり、その境目には差が弱まる領域が予想どおり現れたのです。


実際、理論上は差がなくなるはずの方向で測ると、別の方向の同じような点に比べて、左右の差は強く抑えられていました。


オックスフォード大学の四軸X線回折計に取り付けた結晶を、近くから写したものです。今回の研究でも、精密な四軸ゴニオメーター(試料の向きを変える台)で試料を動かし、さまざまな運動量で測りました。 / Credit: Prof. David J. Watkin / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

これは、テルル化マンガンについて予想されていたオルターマグネットの対称性(g波と呼ばれる型)とよく合う結果です。


つまり利き手はどこでも同じ向きなのではなく、結晶の中の方向ごとに右寄り・左寄りが入れ替わる、決まった模様を持っていたのです。


温度を変えたときの様子も調べられています。


スピンの揺れの信号は、20K(約マイナス253℃)の低温ではっきりと見えました。


150K(約マイナス123℃)まで温めると、信号はくっきりした山ではなく、肩のようなふくらみに変わりました。


250K(約マイナス23℃)では、揺れのエネルギーが下がったためとみられる変化も見られています。


さらに温めると信号は弱まり続け、スピンの交互の並びが保たれる上限の温度(約310K、約37℃)を超えると消えました。


今回の成果で、オルターマグネットの研究に欠かせない3つの証拠がそろいました。


論文の筆頭著者ジョスト氏が所属する米SLAC国立加速器研究所の、X線レーザーを使う実験装置です。今回の測定そのものは、ESRFで行われました。 / Credit: Steve Jurvetson from Menlo Park, USA / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

電子のエネルギーの状態がスピンの向きで分かれること、マグノンのエネルギーが分かれること、そして今回のマグノンの利き手の直接観測です。


論文はこれによって、テルル化マンガンをオルターマグネットの代表格と位置づけています。


ジョスト氏も「私たちの結果は、この第3の相、オルターマグネットの磁性が実在することを、しっかりと実験で確かめるものだと考えています」と述べています。


ただし、利き手を持つマグノンが、物質の中の流れ方や測定で見える性質にどう影響するのかは、これから調べる必要があります。


方向によって変わるこの揺れを丸ごと説明できる、しっかりした理論の枠組みも求められています。


一方で、オルターマグネットは外に余計な磁場を漏らさないため、部品を小さく詰め込んでも干渉しにくい点で理想的だと論文は述べています。


デスクトップのパソコンでよく使われる3.5インチのハードディスクで、数テラバイトの情報を記録できます。研究チームは、オルターマグネットがメモリのような情報をたくわえる技術にも役立つ可能性があるとしています。 / Credit: Evan-Amos / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

研究チームは、量子技術やメモリ、データセンターなどで使う次世代の電子技術に役立つ可能性があるとしています。


バージニア工科大学のデータセンターです。データセンターも、研究チームが挙げた使い道の1つです。 / Credit: Christopher Bowns / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)

テルル化マンガンは、冷蔵庫に絵を留めるような磁力を外には出さない、一見おとなしい結晶です。しかしその中でも、スピンの波は向きごとに右回りと左回りの癖を入れ替えながら伝わっていたのです。


写真で見る磁石のいろいろ






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参考文献

Confirming altermagnetism: A geometric twist offers experimental proof (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-altermagnetism-geometric-experimental-proof.html

元論文

Chiral altermagnon in MnTe
https://doi.org/10.1126/science.adv3196

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 何十年も2種類とされてきた磁石の性質に3つ目があると判明 」