寒さで長生きする線虫、筋肉が「長寿の小包」を作って神経や腸へ配っていた
線虫(シー・エレガンス)という小さな生き物は、飼育する温度を少し下げるだけで寿命が延びることが知られています。
こうした「寒いほうが長生き」という現象は、線虫以外の生き物でも報告されてきました。
ところが、寒さが体のどこで、どんな物質を使って寿命を延ばしているのかは、はっきりしていませんでした。
今回の研究チームは、寒さにさらした線虫の体の中で何が起きているのかを、組織ごとに細かく追いかけました。
寒さを受けた体は、どの組織から、どんな「知らせ」を全身に送っていたのでしょうか?
研究の詳細は、2026年10月21日付で学術誌『Nature』に掲載されました。
体温がわずかに下がるだけで、寿命が変わる
寒さと寿命の関係は、線虫だけの話ではありません。
体温が周りの温度で変わる生き物では、線虫のほか、ショウジョウバエや何種類かの魚でも報告があります。
いずれも、体温が下がると寿命が延びるという報告です。
体温を一定に保つ動物でも、ネズミの仲間で同じような結果が出ています。
ネズミの仲間では、体温がおよそ0.5℃下がるだけで寿命が延び、同じくらい上がると逆に縮むというのです。
人でも、体温が低いことと長生きであることの間に関連が見られています。
さらに、人の平均体温は産業革命のころから下がってきました。
この低下が、ここ数十年で寿命が延びたことに関わったのではないか、という見方もあります。
ただし、人で分かっているのはあくまで関連であり、寒さが体を長持ちさせる仕組みは、はっきりとは分かっていませんでした。
「寒いほうが長生き」という現象そのものは100年以上前から知られていましたが、長いあいだ、代謝や体の中の化学反応がゆっくりになるだけの、受け身の結果だと考えられてきました。
ところが線虫の研究から、寒さによる長生きは、体が積極的に調節している現象だと分かってきています。
研究チームは、線虫を使ってこの仕組みを調べました。
線虫を標準の20℃で大人になるまで育て、その後で別の温度の部屋に移して、寿命や体の変化を比べたのです。
これまでの研究で、大人の線虫を少し寒い15℃に移すと、寿命がはっきり延びることが確かめられています。
15℃の線虫で増えた64種類の物質、寿命のカギはどれ?
研究チームが注目したのは、ビオプテリンという物質を作る酵素(CAT-4)でした。
人では、GCH1という酵素がこれにあたります。
寒さにさらすと線虫のCAT-4が増え、ジヒドロビオプテリン(BH2)という物質が多く作られます。
実際、15℃に移した線虫の体を調べると、20℃と25℃のどちらと比べても増えていた物質が64種類見つかり、BH2はその中でも特に大きく増えたもののひとつでした。
BH2は、体の中で実際に働く形(BH4)のもとになる、持ち運べる「貯金」のような物質です。
では、この酵素は体のどこで増えているのでしょうか?
チームは、この酵素が作られる場所が緑色に光るよう、線虫に目印を付けました。
20℃では、酵素は主に腸の前のほうに見られ、寒さにさらすとそこでさらに増えました。
一方、筋肉では20℃のときほとんど見えなかったのに、寒さにさらすとはっきり光るようになったのです。
次に、特定の組織だけでこの酵素の遺伝子の働きを弱め、寒い環境での寿命を比べました。
すると、筋肉で弱めた線虫では、寒さによる寿命の延びが小さくなりました。
腸、神経、表皮、生殖に関わる組織で弱めても、寒い環境での寿命は縮みませんでした。
さらに、大人になってから筋肉の酵素だけを分解させると、15℃では全身で分解させた場合と同じだけ寿命が縮みました。
この効果は寒い環境だけのもので、20℃では筋肉の酵素を分解させても寿命への影響は見られませんでした。
ただし不思議なことに、BH4を必要とする酵素として知られるPAH-1など数種類は、筋肉の細胞では作られていないのです。
そこでチームは、筋肉で作られたBH2が外へ出て、離れた組織に運ばれているのではないかと考えました。
人では、BH2は細胞の膜にある運び屋のタンパク質(ENT1とENT2)を通って細胞に取り込まれます。
線虫が持つ運び屋の仲間のうち、いくつかの働きを弱めると、15℃では寿命が縮み、20℃では縮みませんでした。
最後の手がかりは、受け取ったBH2をBH4に変える酵素(DHFR-1)でした。
この酵素を筋肉や表皮で弱めても、15℃での寿命が縮むようすは見られませんでした。
ところが神経や腸、生殖に関わる組織で弱めると、寒さによる寿命の延びが小さくなったのです。
つまり、寒さにさらされると、筋肉がBH2を作って送り出します。
そして、神経や腸などの離れた組織がそれを受け取ってBH4に変え、寿命を延ばしている、と研究チームは考えています。
筋肉で作らせるだけで、温かくても長生きに
離れた組織でBH4が助けている重要な相手のひとつが、フェニルアラニン水酸化酵素(PAH-1)という酵素です。
この酵素が働くとアミノ酸の一種であるチロシンが作られ、それが寿命を延ばしていました。
実際、チロシンを与えると、標準の温度でもこの仕組みと同じような長生きの効果が見られました。
この仕組みは、老化にともなうもうひとつの問題にも関わっていました。
老化とともに、病気に関わるタンパク質がもつれ合って固まり(凝集)、その後に神経の働きが落ちることがあります。
BH2からBH4への流れは、この凝集と、その後の神経の不調を防いでいました。
さらに目を引くのは、寒くしなくても効果が出たことです。
筋肉だけでBH2を多く作らせた線虫では、ふつうの温度や高めの温度でも寿命が延びました。
それだけでなく、離れた組織でのタンパク質の凝集が抑えられ、神経や腸の働きも保たれていました。
では、人の細胞ではどうだったのでしょうか。
人の細胞にBH2かチロシンを与えると、ハンチントン病に関わる、一部が異常に長く伸びたタンパク質の凝集が減りました。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因となる、変異したタンパク質(TDP-43とFUS)の凝集も減りました。
ただし、これは培養した細胞での結果で、人の体で確かめたわけではありません。
哺乳類では、BH4は血管の内側の細胞などで働く別の酵素(NOS)にも使われます。
酸化ストレスなどでBH4とBH2のバランスが崩れると、この酵素が本来の働きから外れてしまうおそれがあります。
チームの細胞実験では、BH2を高い濃度で与えても、活性酸素(スーパーオキシド)の増加は検出されませんでした。
とはいえ、生きた体の中でこの酵素に影響が出るかどうかは、この実験では分かりません。
また、酸化ストレスがあるとBH2の守る効果は弱まりましたが、チロシンの効果は保たれていました。
BH2がBH4にうまく変わらない場面では、チロシンが代わりの手段になるかもしれない、とチームは見ています。
寒さで増える物質はほかにも数多く見つかっており、BH2は全身をめぐる信号の網の一部にすぎない可能性もあります。
こうした仕組みが分かれば、体温を下げずに、寒さの良い効果だけを引き出す方法が見つかるかもしれません。
少なくとも線虫では、寒さを受けた筋肉が長生きのもとを小包のように作り、神経や腸へ配り届けていたのです。
写真で見る線虫シー・エレガンス
参考文献
Cold activates a BH2 metabolic network promoting longevity and proteostasis (Nature)
https://doi.org/10.1038/s41586-026-11152-9
元論文
Cold activates a BH2 metabolic network promoting longevity and proteostasis
https://doi.org/10.1038/s41586-026-11152-9
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部