夢の中の登場人物は「計算が苦手」だった
私たちはほぼ毎晩、自分の頭の中にしかいない人たちと会話をしています。
夢の中の彼らは話し、言い争い、笑い、ときにはこちらが予想もしない振る舞いを見せます。
けれども、よく考えると不思議なことがあります。
夢の登場人物は、どれも自分の脳が作り出したもののはずです。
それなのになぜ、私たちは彼らが次に何を言うのか分からないのでしょうか。
研究者たちは、夢の中の住人に直接問題を出してもらうという方法で、この謎に迫りました。
計算や絵を頼まれた夢の住人は、いったいどう応じたのでしょうか。
この話題の詳細は2026年10月29日に『Psychology Today』にて公開されました。
夢の中で「夢だ」と気づける人に、登場人物へ質問してもらう
この謎に挑んだのは、数は少ないものの、とても独創的ないくつかの研究です。
研究者たちが協力を求めたのは、眠ったまま「これは夢だ」と気づける人たちでした。
こうした夢は明晰夢(めいせきむ)と呼ばれます。
研究者たちは明晰夢を見る人に、夢の中の登場人物へ自分から話しかけてもらいました。
そして、何が起きたのかを報告してもらったのです。
夢の住人の答えは、本人の予想どおりとは限りません。
初期のある研究では、夢を見ている人が登場人物に、意識を持っているかどうかを尋ねました。
すると登場人物は、「自分に意識があるのは確かだ」と答えました。
そのうえで、「でも君にあるかは疑わしい。こんなばかげた質問をするんだから」と言い返したのです。
自分の脳が生み出した相手から、逆に自分の意識を疑われてしまったわけです。
8+2を聞かれた夢の住人が返した謎の一言は?
最初の手がかりは、ある小さな予備的な研究(パイロット研究)から得られました。
研究者たちは明晰夢を見る人に、夢の中で賢い「導き手」を探してもらいました。
そしてその導き手に、論理パズルを解いたり、比喩を考えたりする手助けをしてもらったのです。
すると、導き手は論理パズルが得意とは言えませんでした。
論理パズルに取り組んだ11回のうち、正しい答えを出せたのは1回だけだったのです。
10回に1回にも届かない成績です。
ところが、想像力を使う課題では様子が違いました。
「墓地で遊ぶ子ども」というありそうにない場面を比喩にするよう頼むと、導き手は「荒れ地に咲く花」と答えたのです。
作り物の登場人物としては、なかなかの答えです。
研究者たちはこの予備研究を、ある見通しとともにまとめました。
夢の登場人物は、順を追う論理よりも、想像を広げる連想のほうで頼りになるのかもしれない、というものです。
この考えを確かめるため、研究者たちは夢の住人に簡単な計算問題を出してもらう研究も行いました。
ここでも、夢の住人は数学の才能を見せませんでした。
正しく答えられたのは約3分の1にとどまり、3+4のような簡単な足し算にも苦戦したのです。
しかし、それ以上に興味深かったのは、問題を出されたときの彼らの反応でした。
8+2を聞かれたある登場人物は、まるで禁じられたことを聞かれたかのように苛立った様子を見せました。
そして、「グレーゾーン」という謎めいた答えを返したのです。
18-6を尋ねられた別の登場人物は、答えを極秘情報のように扱い、答えるのを拒みました。
ほかの夢では、登場人物がその場から逃げ出してしまい、泣き出した者もいました。
では、なぜ夢の住人はここまで計算に手こずるのでしょうか。
脳の活動を画像で調べた研究から、計算には脳のおでこ側と頭のてっぺん側(前頭部と頭頂部)の領域が関わることが分かっています。
明晰夢はふつう、眠りのある段階(レム睡眠)のあいだに起こります。
そしてレム睡眠中は、これらの領域の働きが比較的弱まっています。
夢の世界で計算がうまくいかないのは、このためかもしれません。
夢の住人は、計算は苦手でも、比喩のような答えなら出せることがあるのです。
隠した指は見抜くのに、絵はなかなか描いてくれない
一方で、夢の住人が意外な力を見せた課題もあります。
ある研究では、明晰夢を見る人に、夢の中で背中の後ろに指を何本か立ててもらいました。
そして夢の住人に、その本数を当ててもらったのです。
起きているときに友人が背中に隠した指の数を当てようとしても、0〜10本のどれかを選ぶことになります。
そのため、当たる確率は約9%しかありません。
ところが夢の中では、登場人物が隠された本数を66%の割合で言い当てました。
3回に2回ほどは当たっていた計算です。
しかもその成績は、目の前に出した指を数えるときとほとんど変わりませんでした。
2つ目の実験では立場を入れ替え、夢の住人が書いた数字を、夢を見ている本人が当てました。
すると本人は、最後までやり終えた試行のうち約71%で正解しました。
では、夢の住人には心を読む特別な力があるのでしょうか。
研究を紹介した解説記事の筆者は、夢を見ている本人も登場人物も、同じ眠った脳が作ったものだと指摘します。
ある登場人物には隠されている情報も、夢全体を作る脳の働きからは見えているのかもしれません。
ただし、これらはどれも小規模で探索的な研究で、夢の中身は本人の報告に頼っています。
脳が登場人物たちのあいだで情報をどう分けているのかは、まだ分かっていません。
隠した数字は見抜けるのに、ほかの場面では相手の知識がまったく分からない理由も謎のままです。
最後に紹介するのは、夢の住人に絵を描いてもらった試みです。
夢の研究者アントニオ・ザドラ氏は、明晰夢の経験が豊富な美術家デイブ・グリーン氏と組みました。
グリーン氏は2年にわたり、夢の中で登場人物に近づいては、何か絵を描いてほしいと頼みました。
頼んでいるのは絵を描く人の脳なので、協力的な絵描きが現れそうなものです。
ところが、頼まれて不機嫌になる登場人物が何人もいました。
2人の少女はくすくす笑い、前にも描いてと頼まれたと言い張りました。
別の女性の登場人物は、絵の代わりに数式を書き始めました。
グリーン氏がちゃんとした絵を求めると、別の登場人物が割って入り、彼女をかばいました。
「なあ、あんたはこの人に絵を頼んで、彼女は描いた。もう放っておいてやれよ」。
一方で、教授のような見た目の人物は、急いでいるから描けないと最初は断りました。
しかしグリーン氏が実験の目的を説明すると、「なんて面白い」と言って熱心にペンを取り、描き始めたのです。
グリーン氏は、ゴールデンレトリバーに足を使って絵を描かせることにも成功しました。
3+4にはつまずくのに、背中に隠した指は見抜いてしまう。夢の住人は、眠った脳が生んだちぐはぐな話し相手なのです。
参考文献
What Conversations in Dreams Say About Our Sleeping Minds (Psychology Today)
https://www.psychologytoday.com/us/blog/sleep-talking/202610/what-conversations-in-dreams-say-about-our-sleeping-minds
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部