1934年、米カリフォルニア大学バークレー校の実験室で、白いフォックステリアが動かずに横たわっていました。


犬の名前は「ラザロ2世」で、聖書でイエスが生き返らせた男にちなんだものです。


この犬をエーテルと窒素で窒息させたのは、科学者のロバート・コーニッシュ博士でした。


博士は時計を見つめ、心臓が最後に打ってから6分がたつのを待ちます。


止まった心臓を、もう一度動かすためです。


博士が頼ったのは、薬と自分の息、そしてシーソーのように揺れる板でした。


この奇妙な方法で、犬は息を吹き返したのでしょうか。


そして博士が人間で試みた実験は、どんな結末を迎えたのでしょうか。


揺れる板に縛り付けられたのは、実は犬だけではなかったのです。


この話題の詳細は2026年10月26日に『Popular Science』にて公開されました。


犬より先に、人間の遺体で試していた


セイザー・タワーです。カリフォルニア大学バークレー校のキャンパスに立つ時計塔で、ラザロの実験が行われたのも、この大学の実験室でした。 / Credit: Almonroth / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

コーニッシュ博士は神童と呼ばれた若者で、22歳で同大学の博士号を取っていました。


1933年ごろからは、蘇生の研究に取りつかれたように打ち込んでいきます。


博士が鍵と考えたのは、シーソーのような板(ティーターボード)です。


体を前後・上下に揺らせば、血の巡りを取り戻せると信じていました。


そして博士が最初にこの方法を試した相手は、犬ではなく人間でした。


1人目は、心停止で亡くなった62歳の印刷工の男性です。


博士は死後4時間半がたってから病院に着き、温熱パッドでくるんだ遺体をシーソー台に固定しました。


そして90分間、遺体を上下に揺らし続けましたが、男性は生き返りませんでした。


カリフォルニア大学のロバート・コーニッシュ博士が考えた、命を呼び戻すための新しい装置です(通信社の写真)。酸素や熱などと同時に使うもので、博士は1人目の遺体も温熱パッドでくるんでから台に固定していました。 / Credit: Acme Newspicture (Agence de presse). Agence photographique (commanditaire) / Wikimedia Commons(Public domain)

ただ博士は、途中で男性の顔が急に温かくなったように見えたと記録しています。


目に輝きが戻り、のどと胸の骨の間の柔らかい部分に、かすかな脈打つ動きが見えたというのです。


この記録は、科学ジャーナリストのフランク・スウェイン氏の著書で紹介されています。


2週間後、博士は22歳の機械工の男性で同じ治療を試します。


男性はサンフランシスコ湾から遺体で引き上げられ、3時間がたっていました。


丸4時間シーソー台で揺らしましたが、これも失敗です。


翌日には感電死した遺体を温かいお湯に沈めてから台に乗せましたが、やはり生き返りませんでした。


結果に満足できなかった博士は、まず犬で方法を磨いてから人間に戻ることにします。


選ばれたのはフォックステリアで、博士は1匹ずつに「ラザロ」と名付けました。



冒頭のラザロ2世は、その最初の1匹ですらなかったのです。


ラザロ2世の太ももの血管に、博士は何を流し込んだ?


注射に使うヘパリンナトリウムの見本です。ラザロ2世の静脈に流し込んだ食塩水にも、ヘパリンが加えてありました。 / Credit: LHcheM / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

話を1934年の実験室に戻しましょう。


心臓が止まって6分後、博士はラザロ2世を抱き上げ、シーソー台に固定しました。


次に、犬の太ももの静脈へ食塩水を流し込みます。


この食塩水には、酸素と、心臓を刺激するアドレナリン、肝臓から取り出した成分のヘパリン(血を固まりにくくする物質)を加えてありました。


助手がシーソー台を揺らし、小さな体を力強くさすります。


そのあいだ博士は犬の口に顔を寄せ、深い息を何度も肺へ吹き込みました。


長く感じる数秒が、やがて数分になったころ、ラザロ2世は突然あえぎ、脚をびくりと動かしました。


そしてゆっくりと、心臓が再び打ち始めたのです。


スムース・フォックステリアのオスです。博士が実験に選んだのも、フォックステリアの犬たちでした。 / Credit: Canarian / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

現代の心肺蘇生法(CPR)が生まれるのは、まだ四半世紀ほど先の時代です。


当時、心臓が止まった犬がよみがえったことは、奇跡のような出来事でした。


ただし、ラザロ2世が生きられたのは、その後8時間13分だけでした。


その間も落ち着きがなく、まるでゾンビのような状態だったといいます。


その合間に、ときおり鼻を鳴らし、吠え、息を荒くしていたのです。


米メリーランド大学ボルチモア校で外科学を教えるサミュエル・ティシャーマン教授は、こう説明します。


「一定の時間がたつと、心臓か脳に元に戻らない損傷が起き、よい回復は望めなくなります」


博士の最大の成果は、その後のラザロ4世でした。


ラザロ4世は目が見えず、自分の力では立てない状態で生き返りました。


それでも13日のうちに、這ったり吠えたり、座ったりできるようになります。


食欲も戻り、その後の数か月間、毎日1ポンド(約450グラム)近い肉を平らげました。


スムース・フォックステリアです。生き返ったラザロ4世は、その後の数か月間、毎日1ポンド(約450グラム)近い肉を平らげました。 / Credit: No machine-readable author provided. Prskavka~commonswiki assumed (based on copyright claims). / Wikimedia Commons(Public domain)

続くラザロ5世は、さらに早く回復しました。


目が見えず脳に損傷を負いながらも、わずか4日でいくつかのふだんの行動を取り戻したのです。


ただし2匹とも、生き返ってから生きられたのは数か月だけでした。


止まった心臓を再び動かすことはできても、元どおりの体には戻せなかったのです。


人間で試したいという願いは、すべて断られた


レンブラントが描いた『ラザロの復活』です。博士が犬たちに付けた「ラザロ」の名は、聖書でイエスが生き返らせたこの男から来ています。 / Credit: Rembrandt / Wikimedia Commons(Public domain)

結果はまちまちでしたが、ラザロの実験は称賛を浴びました。


博士は水中で使う読書用めがねを研究するなどして、仲間からは変わり者と見られがちでした。


その博士が、新聞では一躍有名人として持ち上げられます。


1935年には、博士の研究を題材にした映画『ライフ・リターンズ』も公開されました。


1935年の映画『ライフ・リターンズ』の全編です(英語)。



動画: 『Life Returns』(1935)(YouTube「TriCoast Worldwide」)


一方で、実験には批判もつきまといました。


動物の権利を訴える抗議など世間の反発が続き、大学は博士をキャンパスから去らせます。


それでも博士は自宅で研究を続け、庭の物置を実験室に作り変えました。


近所の人たちは、そのせいで通りじゅうが臭くなったと訴えたといいます。


そして博士は、再び人間での実験に戻ろうとします。


ラザロの実験を終えて間もなく、博士はネバダ州、アリゾナ州、コロラド州の知事に願い出ました。


ガス室で処刑された死刑囚を、自分の方法で生き返らせたいというのです。


知事たちの答えは、どれも「ノー」でした。


米カリフォルニア州マリン郡にあるサン・クエンティン州立刑務所です。知事たちに断られた博士が、次に頼み込んだ先がこの刑務所でした。 / Credit: Frank Schulenburg / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

1948年、博士はサン・クエンティン州立刑務所の所長に、何度も申し入れをしました。


相手は、誘拐と殺人の罪でガス室での処刑が迫っていたトーマス・マクモニグルです。博士は、処刑後に彼を蘇生させたいと求めたのです。


しかし、その申し入れもすべて退けられました。


それでもこの計画が報じられると、50人を超える人々が、シーソー台で生き返らせてほしいと名乗り出ました。


その多くは独身の男性だったといいます。


結局、博士は、自分のシーソー台が効くと証明する機会を得られませんでした。


では、今の救命医療では、止まった心臓をどう動かそうとしているのでしょうか。


ティシャーマン教授によれば、脈を取り戻す方法は、心臓が止まった原因によって変わります。


そして「最初の、最も大切な処置は、胸をしっかり押すこと」だといいます。


NASAの宇宙飛行士ジェシカ・メイアさんが、心肺蘇生(CPR)の練習をしているところです。 / Credit: NASA Johnson Space Center / NASA/PHOTO BILL STAFFORD / Wikimedia Commons(Public domain)

処置をどれだけ早く始めるかも、結果を左右します。


一般には、心肺蘇生が始まるまでのあいだ、血が全く流れない状態が5分を超えると、結果が悪くなりやすいと考えられてきました。


ただし教授は、この考えには異論もあり、「確かなことは誰にも分からない」とも話しています。


博士が使ったのと似た薬は、今も救命の手順で、血の巡りを良くし、心臓のリズムを整える役割を担っています。


一方で、博士が命を取り戻す鍵だと信じたシーソー台は、救急医療で一度も採用されていません。


犬の心臓を動かした薬に似たものは今も使われていますが、揺れる板だけは1934年の実験室に置き去りにされたのです。


写真で見る蘇生の実験と救命にまつわるもの











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参考文献

In 1934, a doctor brought a dog back to life. He tried to do the same with humans. (Popular Science)
https://www.popsci.com/science/reviving-dead-dog-experiment-robert-cornish/

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 シーソー台と薬で、止まって6分の犬の心臓を再び動かした博士 」