本州の東京からおよそ900〜1,000km南の海に、100を超える島と岩が集まる小笠原諸島があります。


大陸から遠く離れているため固有種(その土地だけにすむ種)が多く、陸の貝では90%以上、昆虫でも30%にのぼります。


その小笠原に、木の葉の裏で汁を吸って暮らす「オガサワラグンバイ」という虫がいます。


この虫はこれまで、父島のまわりの父島列島と、母島のまわりの母島列島の両方にすむ1つの種だと考えられてきました。


では、海をへだてた2つの島々にすむこの虫は、本当に同じ種なのでしょうか。


研究チームは、この虫たちの遺伝子をくわしく読み比べることで、その答えに迫りました。


研究の詳細は、2026年10月8日付で学術誌『ZooKeys』に掲載されました。




目次



  • 小笠原だけにすむ「グンバイムシ」の謎
  • 父島と母島の虫、遺伝子が示した「本当の親戚」とは?
  • この仲間では「似ている」が親戚の証拠とは限らない、種を分けたとみられる2つの道

出どころの画像 / Credit: ZooKeys

小笠原だけにすむ「グンバイムシ」の謎


小笠原だけにすむ「グンバイムシ」の謎 / Credit: Souma &Nakahama, ZooKeys (2026) / CC BY 4.0(地図のもとは国土地理院のデータ)

グンバイムシは、名前に相撲の「軍配」が入ったカメムシの仲間で、植物の汁を吸って暮らしています。


多くは食べる植物がかなり決まっていて、海の島々にはその島だけにすむ種がたくさん知られています。


小笠原諸島からも、ここにしかいない2つのグループ(属)のグンバイムシが、あわせて8種見つかっていました。


中でも「オモプラクス属」では、同じ木や近い仲間の木を食べる種どうしが、別々の島に分かれてすんでいます。


そのためこの仲間は、小笠原の中で次々と枝分かれして新しい種を生んできたのではないかと考えられてきました。


オガサワラグンバイもこの仲間で、父島列島と母島列島の両方でシマシャリンバイという木を食べています。


ところが父島列島には、それに加えて、海辺や木が植えられた街なかに多い別の木を食べるグループもいます。


さらに父島列島の虫には、母島列島の虫には見られない色のちがいが出ることもありました。


そこで研究チームは、この虫が食べる木やすむ島のちがいによって、2つに分かれていく途中なのではないかと考えたのです。


チームは8種52匹分の標本からDNAを取り出し、ゲノム(生き物がもつ遺伝情報の全体)のあちこちにある「1文字だけのちがい」を読み比べました。


このうち41匹で島ごと・木ごとのちがいを、28匹で種どうしの親戚関係を表す家系図(系統樹)を調べています。


父島と母島の虫、遺伝子が示した「本当の親戚」とは?


父島と母島の虫、遺伝子が示した「本当の親戚」とは? / Credit: Souma &Nakahama, ZooKeys (2026) / CC BY 4.0

解析の結果、オガサワラグンバイは、父島列島と母島列島の2つのまとまりにはっきり分かれました。


一方で、食べる木によるちがいはわずかで、父島列島の中の兄島・父島・弟島の間でもまとまりは分かれませんでした。


家系図を描くと、ほかの5種はそれぞれきれいに1つのまとまりになったのに、オガサワラグンバイだけは1つにまとまりませんでした。


父島列島の虫と母島列島の虫が、家系図の上でそれぞれ別の枝に分かれていたのです。


しかも母島列島の虫に一番近い親戚は、父島列島の虫ではなく、別の木を食べる「ヒサスエイ」という種でした。


逆に父島列島の虫は、聟島列島にすむ「カルベイ」という種と一番近い親戚でした。


こうした結果から研究チームは、父島列島と母島列島の虫は2つの別の種と考えるべきだと結論づけました。


改めて体を比べると、オスの交尾器にある小さな部品の外側の真ん中が、母島列島の虫では丸く、父島列島の虫では角ばって出っ張っていました。


また母島列島の虫は、触角の3つ目の節の先と胸の背中の真ん中がいつも薄い茶色ですが、父島列島の虫ではときに濃い茶色から黒になります。


どちらが元の「オガサワラグンバイ」の名前を引き継ぐかは、100年以上前の記録が決め手になりました。


最初にこの虫が報告された時の標本には「小笠原」とだけあり、島の名前は書かれていませんでした。


しかし標本を集めた松村松年博士が、1905年の調査で訪れたのは父島だけだったことが分かっています。


そのため父島列島の虫がオガサワラグンバイの名前を引き継ぎ、母島列島の虫は新種「サンドルグンバイ」として名付けられました。


ちなみに、以前の研究でオガサワラグンバイとして描かれていた交尾器の図は、実はこの新種のものだったといいます。


サンドルグンバイは母島列島の森で、シマシャリンバイの葉の裏から汁を吸い、葉の表に不規則な黄色いしみを残します。


野外と飼育での観察では食べる木はシマシャリンバイしか確かめられておらず、1種類の木だけを食べる虫である可能性もあります。


これで小笠原諸島のグンバイムシは、全部で9種になりました。


この仲間では「似ている」が親戚の証拠とは限らない、種を分けたとみられる2つの道


この仲間では「似ている」が親戚の証拠とは限らない、種を分けたとみられる2つの道 / Credit: Souma &Nakahama, ZooKeys (2026) / CC BY 4.0

今回の家系図からは、もう1つ大事なことが見えてきました。


同じ木や近い仲間の木を食べ、ほかには無い見た目の特徴も共有しながら、別々の島に分かれてすむペアがあります。ところがその中には、家系図の上で一番近い親戚どうしとは支持されない例があったのです。


見た目や暮らしぶりが似ていても、それが血のつながりを表すとは限らないということです。


研究チームは、この仲間が新しい種に分かれた仕組みとして、2つの道を考えています。


1つは食べる木を変えて分かれる道で、別々の木を食べながら同じ島にすむサンドルグンバイとヒサスエイがその例ではないかとみられています。


もう1つは島で隔てられて分かれる道で、ふだんは同じ木を食べ、別々の島に分かれてすむオガサワラグンバイとカルベイがその例ではないかとみられています。


また父島列島で海辺や街の木を食べるグループは、最近になって食べる木を1度だけ切りかえ、人が植えて広まったとされる外来の木を食べるようになった集団とみられています。


これは、ここ数百年の間にサンザシからリンゴへ食べるものを変えたリンゴミバエと同じように、新しいグループが生まれ始めた姿なのかもしれません。


ただし、2つの仕組みがそれぞれ何回働いたのか、2つのグループの間でどれほど遺伝子が混ざり合っているのかは、まだ分かっていません。


DNAを取り出せる標本が無い種もいるため、仲間全体の家系図や枝分かれした時期を明らかにするには、さらに標本を集める必要があります。


小笠原には約440種の固有の昆虫がいますが、その進化を調べた研究は多くありません。研究チームは、こうした解明が世界自然遺産としての価値を高めることにもつながると期待しています。


父島列島と母島列島の森で、同じシマシャリンバイの葉に残る黄色いしみも、実は別々の種の虫がつけた跡だったのです。


そっくりに見える2匹が海をへだてて別々の道を歩んでいたように、「似ている」は親戚の証明にはならないのかもしれません。


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参考文献

Genome-wide SNP data reveal phylogenetic relationships and further new species of lace bugs (Hemiptera, Heteroptera, Tingidae) endemic to the Japanese oceanic islands (the Ogasawara Islands), providing insight into their speciation (ZooKeys)
https://doi.org/10.3897/zookeys.1294.205145

元論文

Genome-wide SNP data reveal phylogenetic relationships and further new species of lace bugs (Hemiptera, Heteroptera, Tingidae) endemic to the Japanese oceanic islands (the Ogasawara Islands), providing insight into their speciation
https://doi.org/10.3897/zookeys.1294.205145

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 名前に相撲の「軍配」をもつ虫、小笠原諸島で新種を発見 」