アメリカのアイダホ州魚類狩猟局(IDFG)などで行われた研究によって、「オスしか生まない超オス(YYオス)」を放流し続けた2つの川から、外来種ブルックトラウトのメスが完全に消えたことが確認されました。


魚を増やすための放流で、狙った魚を根絶する。


この逆転の発想が実際の川で血筋を断つところまで通用したのは、今回が初めてです。


論文では、電気ショックによる駆除と超オスの放流を組み合わせれば、管理上意味のある年数でブルックトラウトを根絶できることを初めて確認した、と記述されています。


しかしオスだらけになった川で、生き残った魚がメスに性転換して巻き返す抜け道はなかったのでしょうか。


研究内容の詳細は2026年7月24日に『Transactions of the American Fisheries Society』にて発表されました。




目次



  • 魚を増やす道具で、魚を消す
  • 放流から6年、川からメスが1匹もいなくなった
  • 「性転換」という抜け道は閉じていた

魚を増やす道具で、魚を消す


魚を増やす道具で、魚を消す / Credit:Canva

川に魚を放流するのは、ふつう魚を増やすためです。


ところが今回の研究チームは、その放流を「魚を消す」ために使いました。


標的はブルックトラウト(カワマス)です。


19世紀末に釣りの対象としてアメリカ西部の川に持ち込まれたこの魚は、いまでは在来のマス類を追いつめる厄介な外来種になっています。


餌や住処を奪うだけでなく、交雑して雑種を作ることもあるからです。


大掃除をした部屋が、翌週にはまた同じだけ散らかっている。


この魚の駆除は、それに似た徒労とずっと隣り合わせでした。


主な手立ては、これまで二つでした。


川に電気を流して魚を気絶させ、捕まえる方法(電気ショック漁法)と、魚を殺す薬剤の散布です。


けれども電気を使う方法は短い区間でさえ膨大な手間がかかり、薬剤は在来の魚まで巻き添えにします。


しかもブルックトラウトは成長が早く繁殖力が強いうえ、数が減ると生き残った個体がかえってよく育つ性質があります。


数匹でも取り逃がせば数年で元どおりになってしまうのは、そのためです。


そこでアイダホ州魚類狩猟局は2008年、まったく別の道を探し始めました。


それが「超オス」を川に放つ作戦です。


ブルックトラウトは人間と同じで、メスはXX、オスはXYという性染色体の組み合わせで性別が決まります。


ふつうのオス(XY)はXも渡せるので、生まれる子はオスとメスが半々になります。


ところが超オスは2本ともYであり、子にYしか渡せません。


だから野生のメスと交配して生まれる子は、必ずXYのオスになるのです。


普通なら、新しい世代が生まれると新たなメスも供給されます。


しかし超オスが父親になった時点で、卵から生まれてくるのはオスばかりで、メスの補充が止まります。


その結果「メスが減る一方で増えない」ということになります。


そして最後のメスが寿命を迎えたとき、種として卵を産む力を失います。


毒や網が今いる魚を減らす道具だとすれば、超オスは次の世代の入り口を閉じる道具です。


この超オスを生み出したのは、養殖の現場で使われてきたホルモン処理の技術でした。


遺伝的にはオスの魚をホルモンで卵を作る親に育て、掛け合わせてYを2本持つ魚を選び出したのです。


ホルモンを使うのは孵化場での親づくりまでで、川へ放す魚そのものは処理を受けていません。


ただし、野生のメスとの間に生まれてくるのはXYのふつうのオスです。


超オスそのものが自然の川で増えることはないので、放流は毎年続けなければなりません。


しかも効き目が表に出るのは、いまいるメスが寿命を迎えたあとです。


コンピューター上の予測では、電気で野生魚を減らしながら放流すれば10年以内に片がつくという結果も出ていました。


けれども、それはあくまで机上の計算です。


実際の川で最後のメスまで消せるのか、その答えは誰も持っていませんでした。


放流から6年、川からメスが1匹もいなくなった


放流から6年、川からメスが1匹もいなくなった / Credit:Canva

舞台となったのは、アイダホ州中部を流れる2本の小さな沢、ウィロー・クリークとベア・クリークです。


調査した区間はどちらも3キロ弱で、川幅は平均で1メートル足らずから3メートル弱。


もともと魚のいなかった沢に、外来のブルックトラウトだけが住み着いていました。


研究チームは2016年から毎年7月、2日連続で電気を流し、全長10センチ以上の野生ブルックトラウトを平均9割ほど取り除きました。


そして2018年(ウィロー)と2019年(ベア)からは、駆除の直後に超オスを放流する作業を毎年繰り返しました。


放流数はウィロー・クリークで年173匹、ベア・クリークで年619匹で、駆除前にいた野生魚とほぼ同じ規模です。


すると、放流前は4〜5割だったオスの割合が放流4年目には8割を超え、6年目にはついに100%に達しました。


2025年の調査で捕まった10センチ以上の野生ブルックトラウトは、ウィロー・クリークで5匹、ベア・クリークで31匹。


そのすべてがオスでした。


メスは、1匹も見つかりませんでした。


しかもこの時点で、川にいる超オスの数は野生のオスの10倍以上に達しています。


仮にどこかにメスが隠れていたとしても、相手はほぼ確実に超オスであり、生まれる子はやはりオスです。


研究者たちが意外に思ったのは、養殖場育ちの超オスのたくましさでした。


養殖魚は野生の川に放すと生き残りにくいのが通例ですが、超オスの年間生存率はおよそ3割で、野生のオスと大差なかったのです。


毎年の稚魚を調べると、ウィロー・クリークでは放流開始から2年で、捕れる稚魚のほぼ全部がオスになっていました。


野生魚を減らしておいたことで餌や住処の奪い合いが緩み、養殖魚が力を発揮できたのだろうと論文は説明しています。


「性転換」という抜け道は閉じていた


「性転換」という抜け道は閉じていた / Credit:Canva

一つだけ、研究チームが最初から恐れていたシナリオがありました。


魚の中には、周囲の密度や環境に応じて性別を変える種がいます。


遺伝子の設計図はオスなのに、体はメスとして育ってしまう魚がいるのです。


オスばかりになった川で、遺伝的なオスの一部がメスとして育てば、作戦は根底から崩れます。


そこで研究チームは、10年かけて集めた計4677匹について、遺伝子が示す性別と、卵巣か精巣かを目で確かめて分かった性別が食い違わないかを一匹ずつ照合しました。


結果は食い違いゼロ。


メスが消えていく極限の状況でも、遺伝的にオスの魚がメスになった例は1匹もありませんでした。


ブルックトラウトの性別はsdYという1つの遺伝子で決まっており、この遺伝子が環境の影響をはねつけたのだろうと研究者たちは考えています。


もちろん、この成功は外から魚が入ってこない小さな沢での話です。


大きな川や湖に同じ手が通じるかはまだ分かっておらず、下流からの再侵入という問題も残ります。


論文は超オスを万能薬ではなく、電気ショック漁法や薬剤と組み合わせて使う「道具の一つ」と位置づけています。


それでも、魚を増やすための技術で外来魚から最後のメスを消し去れると、実際の川で証明された意味は小さくありません。


研究者たちは、薬剤の使用が望まれない場所や難しい場所ほど、この方法が力を発揮すると述べています。


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元論文

First successful use of YY males to eradicate invasive Brook Trout populations
https://doi.org/10.1093/tafafs/vnag025

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「超オス」の放流開始から6年で、メスの根絶に成功──外来マス排除に世界初成功