音波だけで飛行する超小型ロボットを開発
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)で行われた研究によって、モーターも電池も積んでいない砂粒ほどの飛行体が、音を当てられただけで宙に舞い上がりました。
重さはわずか150マイクログラム、動く部品はひとつもありません。
音で物を浮かせる技術は以前からありますが、この機体は浮かされているわけではありません。
浴びた音を自分で推進力に変えて、飛び立っているのです。
研究を率いたセルマン・サカール氏は「音波で装置を押し回すのではなく、特定の高さの音をとらえ、それを向きの定まった推進力と制御された動きに変える装置を作りました」と述べています。
中身がただの空洞でしかない機体は、どうやって自分を持ち上げる力を生み出したのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年8月12日に『Science Advances』にて発表されました。
目次
- 音波を動力源にする
- 推力は自重の5倍
音波を動力源にする
機械は、小さくしていくとどこかで行き詰まります。
動かすにはモーターが要り、モーターには磁石やコイルや回転軸が要ります。
どれひとつ欠かせないうえ、どれもある大きさから先へは縮みません。
壁を破るには、部品そのものを減らすしかないのです。
そこで研究チームが選んだのは、音でした。
音の正体は、規則正しく震えている空気です。
押されて詰まり、引かれてゆるむ動きが、次々と隣へ伝わっていきます。
この震えをエンジンのピストンを動かす動力のように使えれば、小さな機体を押し上げることもできるはずです。
そのピストンなら、すでに目の前にありました。
空になった飲み物のビンの口に息を斜めに吹きかけると、低くて澄んだ「ボーッ」という音が返ってくる現象です。
音が届くと、口をふさいでいる空気のかたまりが、押されて奥へ沈み、引かれて手前へ戻ります。
シリンダーを上下するピストンと、やっていることは変わりません。
しかもこのピストンは、削り出す必要も組み付ける必要もありません。
空洞と口さえあれば、そこにある空気が勝手にピストンになり、積むべき部品は、ついにゼロになります。
そこで研究者たちはビンにあたる中空の構造を3Dプリンターで作り、スピーカーの前に置きました。
すると、共鳴が起きた瞬間に、口から空気が勢いよく噴き出しました。
鳴るだけだった空洞が、小さな噴射口に変わったのです。
実際、空洞に煙を詰め、1秒間に5000コマを写す高速カメラで狙うと、その瞬間が捉えられました。
音を鳴らした途端、口から白い筋がまっすぐ立ち上がり噴出方向に出ていったのです。
この結果は、直感的には奇妙にも思えます。
ピストンは、押すのと同じだけ引きますし、空気も噴き出したぶんだけ吸い戻されているはずです。
それなら行って来いで、力は何も残らないことになります。
しかし音は方向について必ずしも対称ではありません。
たとえばろうそくの火は、息を吹きかければ一発で消えます。
同じ口で吸い込んでも、炎は少し揺れるだけで消えません。
吐いた息は細い束になってまっすぐ飛ぶのに、吸う息はまわり中からじわりと集まってくるだけだからです。
動かした空気の量は同じでも、吐くときと吸うときでは、届く先がまるで違います。
空洞の口で起きているのも、これと同じです。
出ていく空気は細い束になって前へ飛び去り、戻る空気はまわりから薄く広く流れ込みます。
一度飛び去った勢いは、吸い戻す動きではもう取り返せません。
取り返せなかったぶんが、空洞を押し返す力として残ります。
今回の研究では、この力の大きさが空洞の容積にきれいに比例することが示されました。
130デシベルの強い音を当てた実験では、空洞の容積が1立方センチメートル増えるごとに、4.5ミリグラムほどの物を持ち上げられる力(約44マイクロニュートン)が上乗せされていきました。
力を決めているのは、容積と口です。
空洞そのものの形は、球でも立方体でも円筒でもかまいませんでした。
ただまっすぐな筒がいちばん強く、すぼまった口や広がった口では弱くなりました。
そして空洞は、小さく作るほど共鳴する音が高くなっていきました。
条件が容積と口だけなら、特別な部品も精密な加工も要りません。
空きビンやクリスマスツリーの飾りのような日用品も、音さえ当てれば同じように空気を噴き出します。
誰も気づかなかったのは、その力があまりに小さいからでした。
推力は自重の5倍
あとは、この噴射口を飛べるほど軽く作るだけです。
研究チームが設計した飛行体は直径1ミリに満たない空洞を3つ備え、全体の重さは150マイクログラムしかありません。
共鳴するのは40キロヘルツ、人には聞こえない高さの音です。
そして256個の超音波素子を並べた装置で、その音を空中の一点に集めます。
機体は真上にだけ動けるよう細いピンに沿わせて、その一点に立たせました。
すると音を出した瞬間、機体は上へ加速しました。
最初の10ミリ秒で一気に速度を上げ、そのまま高さ12ミリまで上昇しました。
焦点での音の強さから見積もると、このとき生み出された推力は自分の重さの4.9倍にあたります。
ただし、高く上がるほど機体は音の焦点から離れていきます。
やがて7ミリの高さで力と重さが釣り合い、機体はそこで静止しました。
もっとも、音を当てられて宙に留まる姿だけを見れば、音の圧力で下から押されているようにも見えます。
ところが上下逆さまにして同じ音を当てると、機体はまったく上がりませんでした。
計算でも、音が機体を直接押す力は、空洞の噴流が生む推力の千分の一ほどしかありません。
浮かされていたのではなく、機体は自分で空気を噴いて上がっていたのです。
同じくらいの大きさの磁石式の飛行体と比べると、重さは1000分の1しかありません。
磁石を仕込む必要がないぶん、使える材料もほとんど選ばずに済みます。
音で動かす利点は、軽さだけではありません。
共鳴する高さの違う空洞を3つ積んだ数センチのボート試した場合では、スピーカーの音を切り替えるだけで、前進と左右の旋回を選び分けました。
磁石は広い範囲に同じように効いてしまいますが、音なら高さを変えるだけで宛先を指定できます。
機体ごとに反応する高さを変えておけば、同じ空間にいる複数の機体を1台ずつ動かし分けられるはずです。
また飛ぶ以外にも、柔らかい素材に共鳴する高さの違う空洞をいくつも埋め込めば、音に応じて特定の部分だけを曲げたり震わせたりできるはずだと研究チームは考えています。
もしかしたら未来の工場は、金属が擦れ合う機械音に加えて超音波も響き渡っている場所になっているかもしれません。
元論文
Acoustic resonators as wireless actuators in air for small-scale robots
https://doi.org/10.1126/sciadv.aef5620
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部