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医師によると、この不思議な症状は「外国語症候群(Foreign Language Syndrome:FLS)」と呼ばれる、世界でも報告例が非常に少ない稀な症例だといいます。
FLSとは突如として別の言語や外国語のようなアクセントで話し始める症状です。
FLSの報告はその時点で世界にわずか8件しかなく、10代での発症例は初めてでした。
FLSは通常、脳の損傷や脳卒中、または頭部外傷が原因で起こるため、医師たちは少年の脳の神経学的検査を行いました。
しかし驚くことに、少年の脳には何の異常も見つからなかったのです。
少年は完全にオランダ語を忘れてしまったまま、何時間経っても何時間経っても回復の兆しを見せませんでした。
ところが術後18時間が経過したころから少しずつオランダ語を理解し始め、24時間後に友人たちが見舞いに来たときには、以前と同じようにオランダ語を話し、両親のこともちゃんと思い出したといいます。
また少年は術後しばらくの間「英語しか理解できなかったこと」「両親を知らない人と感じたこと」をはっきり覚えていました。
少年は無事に日常生活に戻ることができたものの、なぜ術後に外国語症候群が起こったのか、その原因は明らかになっていません。
研究チームは、今回の症例が「覚醒時せん妄(Emergence Delirium:ED)」と呼ばれる現象の一種である可能性を示唆しています。
EDとは、麻酔からの覚醒直後に一時的な混乱状態や錯乱が見られるもので、特に小児によく起こるとされています。
今回の少年も、自分がどこにいるか分からなくなり、両親を認識できず、混乱した様子が見られた点でEDとの類似が指摘されています。
ただしFLSがEDの一部なのか、それとも全く別の現象なのかは、いまだに論争が続いています。
EDは通常、30分以内におさまるとされていますが、FLSのように24時間以上続くこともあります。
その後の少年の神経学的検査や心理検査では、記憶力や認知能力に大きな問題は見つかっておらず、術後から1年後の再検査でも、日常生活に支障はないとの結果が得られています。
少年の症例においては、全身麻酔が脳の機能になんらかの混乱を引き起こしたことが間違いないでしょうが、その詳しい発症メカニズムが現在も解明が進められているところです。
また、これだけ世界中で全身麻酔が行われている現在でも、全身麻酔がどのように作用するのかは完全に解明されていません。
麻酔が私たちの脳や身体に与える影響には、まだまだ謎めいたものがあるようです。
参考文献
A Dutch 17-Year-Old Forgot His Native Language After Knee Surgery and Spoke Only English Even Though He Had Never Used It Outside School
https://www.zmescience.com/science/news-science/dutch-kid-forgot-language/
元論文
Lost in another language: a case report
https://doi.org/10.1186/s13256-021-03236-z
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部