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その結果、驚くべき事実が判明します。
結論から言えば「白いフクロウは闇ではなく光の中に溶け込んでいた」のです。
月光の下において、メンフクロウの白い羽毛は単に光を反射するだけではなく、背景光と視覚的に一体化する特性を発揮します。
月光は太陽光とは異なり、指向性の高い影を形成することがほとんどありません。
むしろ、その波長特性と光の散乱効果により、地表面全体にわたり均質で拡散的な照明を提供します。
この環境において、メンフクロウの白い羽毛はほぼ全波長域にわたり均等な反射特性を示します。
この均一な光反射は、げっ歯類の視覚受容機構、特に白黒のコントラストに敏感な視覚野において、白い羽毛を背景光と区別しにくい「視覚的ノイズ」として認識させる効果を生み出します。
人間もしばしば光に照らされた白い物体に「白くぼやけて見える」という感想を抱きますが、人間より劣ったげっ歯類の視覚では、ぼやけるどころか、月光のやわらかい光の中に完全に溶けてしまっているように見えるわけです。
一方で、暗色の羽毛は同じ条件下では月光を吸収するか、あるいは不均等に反射するため、げっ歯類の視覚には背景から浮き立つ存在として認識されやすいことが明らかになりました。
もちろん人間の目には白いフクロウが際立って見えるかもしれません。
ハリーポッターに登場するヘドウィグが白い羽毛をしているのも視聴者となる「人間に対する」視覚や印象の効果を狙ってのことでしょう。
しかし、げっ歯類のような獲物にとっては、それは月光に溶け込み、すっかり背景と一体化した恐ろしい迷彩となっていたのです。
これまでの研究では、動物の体色や構造が主に捕食者と被食者の相互作用によって進化したとする考えが支配的でした。
この理論では、捕食者に見つかりにくい体色や、捕食成功率を上げる形態的特徴が自然選択の主要な駆動力とみなされてきました。
たとえば、捕食者は環境と同化するように暗色の体色を持ち、被食者はそれに対応する形で警告色や擬態を発展させる、といったものです。
一方で本研究は、捕食者と被食者の直接的な相互作用ではなく、環境光条件そのものが動物の体色の進化に与える影響を調べています。
具体的には、月明かりという特定の光環境が、メンフクロウの白い羽毛という目立つ特徴を進化させる上でどのように機能してきたのかを実証しました。
その結果はある意味で「月光の特性が白いフクロウを誕生させたと」言えるものでした。
従来の研究が暗闇や隠れる場所といった「遮蔽環境」の影響を強調してきたのに対し、本研究は、光が「背景との同化」を左右する能動的な要因であることを示しています。
例えば、月光の波長や強度がフクロウの羽毛の反射特性とどのように相互作用し、結果として捕食効率を最適化するのかという点は、動物と環境の関係性を進化生態学の新たな観点から捉え直す必要性を示しています。
またこの仕組みを理解することは、新しい芸術や舞台の視覚トリックの開発や、軍事分野での秘匿性の向上に役立つと期待されます。
(※人間にも光が「白い物体をぼやけさせる」という錯覚を引き起こすをことから、可能性は大いにあるります)
さらに、こうした環境光が選択圧として機能する場合、同様のメカニズムが他の動物にも普遍的に存在する可能性があります。
もしかしたら他にも白い体色を持つ夜行性動物や昼間の逆光条件で特定の波長に溶け込む体色を持つ動物にも同様の適応が見られるかもしれません。
この仮説を検証することで、光環境が動物の生態的特性に与える影響の普遍性を探ることができるでしょう。
もし今度ハリーポッターの映画を見ているときに、賢げな子供が白いフクロウをみて「白だと目立っちゃうんじゃない?」と尋ねたなら「闇ではなく光に溶け込む動物もいるんだよ」と教えてあげるといいかもしれません。
元論文
Nocturnal camouflage through background matching against moonlight
https://doi.org/10.1073/pnas.2406808121
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部