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彼らが開発した世界初の木造人工衛星は、「LignoSat」と名付けられています。
(「LignoSat」は、「Ligno(ラテン語で木)」と「Stella(ラテン語で星)」からなる造語)
では、なぜ「木材を使った」のでしょうか。
研究チームによると、「人工衛星が役目を終えた際に、木造だと環境に優しい」ためだという。
国際ルールによると、役目を終えた小型の人工衛星は、スペースデブリ(宇宙ゴミ)とならないよう大気圏に再突入させて燃焼させなければいけません。
従来の金属製の衛星だと、その燃焼の際に、アルミナ粒子と呼ばれる微粒子が発生し、これは大気圏内に滞留してしまいます。
現在、世界中で人工衛星を打ち上げる計画がありますが、このアルミナ粒子の滞留が増えると、太陽光を反射するなど地球の気候に悪影響を及ぼしたり、通信を妨げたりする可能性があります。
こうした問題に対処する1つの方法として示されたのが、木材で作られた人工衛星なのです。
木材であれば大気圏に突入しても水蒸気と二酸化炭素にしかならず、地球環境を汚すことはありません。
しかし、実際に木造人工衛星を完成させるまでには、多くの苦労がありました。
2020年4月に開発が開始されてから、研究チームは、ホオノキ、ヤマザクラ、ダケカンバを用いて、宇宙暴露実験を行ってきました。
様々な物性試験の結果により、宇宙でも安定して使用できる樹種として、ホオノキが選定されました。
均質な木材は割れにくいという特性があります。
この点、ホオノキは非常に均質な木材として知られています。
しかも加工がしやすいため、人工衛星の材料として適切だったようです。
また宇宙空間における極端な温度変化や宇宙放射線、強い紫外線などの影響に関しても、10カ月に及ぶ実験によりホオノキ材が大きな影響を受けないと分かりました。
ちなみに、木造人工衛星の実機には、住友林業で伐採したホオノキを使用しているようです。
しかし、研究チームが苦労したのは、材料の選定だけではありません。
人工衛星を組み立てる際に釘やネジを使用すると、宇宙の過酷な温度変化により木材がひび割れてしまうのです。
そこで彼らが着目したのは、釘や接着剤を一切使わずに、木と木を組み合わせて作る家具・建具の技法「指物(さしもの)」です。
研究チームは指物の職人の協力を得て、日本古来の伝統的技法を採用。
これにより、宇宙の変化に対応できる頑丈な人工衛星を作り上げることに成功しました。
京大宇宙木材プロジェクトでは記事に記載の木造人工衛星を製作しています。来年2月に打ち上げを予定しており、現在2号機の開発も並行して行っています。
添付の写真はLignoSatの試験風景です。 pic.twitter.com/34VFgTe3rX— 京大宇宙木材プロジェクト (@spaceKUwood) May 16, 2023
約4年かけて完成した木造人工衛星は、10cm3の小型の木箱です。
もちろん、全てが木材で作られたわけではなく、人工衛星の表面にはソーラーパネルが取りけられており、これで必要な電力を生成できます。
また内部には電子機器が収まっており、位置情報や木の状態を送信することができます。
そしてNASAとJAXAによる数々の厳しい安全審査も通過しており、この度、世界で初めて、宇宙での木材活用が公式に認められました。
この木造人工衛星「LignoSat」は、6月4日にJAXAへ引き渡されました。
そして宇宙空間での運用に向け、2024年9月には、アメリカ・フロリダ州のケネディ宇宙センターから、スペースX社のロケットに乗って国際宇宙ステーション(ISS)へ移送される予定です。
ISS到着から1カ月後には、「きぼう」日本実験棟より宇宙空間に放出されるようです。
年末には木造人工衛星が宇宙空間を漂っており、宇宙での木材使用に関するデータを送ってくれるはずです。
今回のプロジェクトについて聞いた多くの人は、「なぜ木材にしたのか」と考えたことでしょう。
しかし、もしかしたら将来、この斬新なアイデアが宇宙での木材利用の道を開き、林業界、木材業界の発展に貢献するかもしれないのです。
参考文献
世界初の木造人工衛星(LignoSat)完成、JAXAへ引き渡し宇宙での運用へ 木の可能性を追及し木材利用の拡大を目指す
https://sfc.jp/information/news/2024/2024-05-28.html
世界初、10か月間の木材宇宙曝露実験を完了~木材用途の拡大、木造人工衛星(LignoSat)の打上げを目指して~
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-05-16-1
「きぼう」の活用で見えてきた、木造人工衛星の実現と宇宙での木材利用の可能性
https://humans-in-space.jaxa.jp/biz-lab/case/detail/003385.html
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。