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アメリカのスミソニアン博物館(Smithsonian)の研究部門で行われたサンゴの調査により、生物発光の起源が5億4000万年前のカンブリア爆発の直前あるいは最中まで遡れることが示されました。
これまでの研究で最古の生物発光だと考えられていたのは、2億6700万年前の海洋性甲殻類(カイミジンコなどが属する貝虫)だと考えられていましたが、今回の研究で3億年近く起源を遡ったことになります。
光る動物はなぜこの時期に誕生し、どんな理由で光るようになったのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年4月24日に『Proceedings of the Royal Society B』にて「八放サンゴを中心とした花虫類の生物発光の進化(Evolution of bioluminescence in Anthozoa with emphasis on Octocorallia)」とのタイトルで公開されました。
目次
ホタルやチョウチンアンコウ、クラゲなど、地球には光る能力をもった動物が数多く存在します。
生物発光は自然界で少なくとも94回にわたり独自に進化しており、コミュニケーションや求愛、狩りなど、多様な目的に使用されています。
音波を使わない動物たちにとって光は、フェロモン(嗅覚)と同じらい重要なツールとなっています。
また光る方式も、自らのDNAに発光遺伝子を持つものだけでなく、発光生物と共生している場合、さらに発光生物を捕食して発光物質を自身の発光に利用するものなど、多岐に及んでいます。
しかし「光る動物が最初に誕生した時期」や「光るようになった理由」については大きな謎とされていました。
そこで今回、スミソニアン博物館の研究者たちは、進化的にも早くから地球に存在したと考えられるサンゴ類(特に八放サンゴ)において発光能力の起源を調査することにしました。
八放サンゴはいわゆる硬いサンゴ(ハードコーラル)とは違い、全体の構造が軟らかなソフトコーラルに属しています。
また興味深いことに八放サンゴが光るのは、主に接触や捕食されているときに限定されており、光るようになった経緯は謎につつまれていました。
(※人間が触った場合も生物発光が起こります)
調査にあたっては、研究者たちが2022年に発表した、八放サンゴの進化系統樹がベースになりました。
この系統樹は185種類の八放サンゴの遺伝子を比較することで作られています。
研究者たちはこの系統図に、発光能力を持つサンゴを当てはめることで、最初の共通先祖を遡ることにしました。
分岐した2種に同じ能力がある場合、共通先祖も持っていた可能性があるからです。
たとえば上の図のように共通先祖を持つ2種の両方に同じ能力(発光能力)が存在した場合、能力の起源は共通祖先の時代まで遡ることが可能です。
ただ文献をもとにした発光能力の調査記録は限られており、実際に調べてみないことには、発光能力のあるなしは確定できません。
そこで研究者たちは地下室や毛布の中などの暗所に調査対象となるサンゴを持ち込み、実際につついて発光するかどうかを調べました。
(※この作業(暗所でのサンゴつつき)は断続的に10年に渡り行われました)
結果、八放サンゴにおける発光能力が、約5億4000万年前の共通祖先まで遡れることが示されました。
これまでの研究において示された最古の生物発光は2億6700万年前の小型海洋甲殻類でしたが、今回の研究により3億年近く起源が遡ったことになります。
5億4000万年前は、生物の多様性が急激に増したカンブリア爆発の直前あるいは爆発の最中と重なります。
この時期は動物たちが暗い深海への進出を果たした時期と一致しており、深海においても食う食われるの関係が強化されていきました。
そのため八放サンゴの祖先たちは、対捕食者用の機構として発光能力を獲得したと考えられます。
小魚などに捕食されているときに発光することで、自分を食べている小魚を捕食する、より大型の魚を引き付け、結果的に自己防衛につなげることが可能になるからです。
(※このような防御機構は特に深海に生息する生物に多くみられます)
この場合、サンゴの発光能力は他人頼りの自己防衛機構として機能します。
しかし発光能力のような複雑な仕組みは、簡単な変異で獲得できるものではありません。
何らかの別の機構が前もって存在しており、カンブリア爆発による食う食われるの強化によって、それが自己防衛的な発光能力に変化したと考えるのが自然です。
生物発光は何をベースに進化したのか?
現在の生物発光はルシフェリンと呼ばれる物質をルシフェラーゼと呼ばれる酵素が分解するという仕組みをとっています。
過去の研究によれば、この生物発光はもともと酸化ストレスに耐えるための仕組み(抗酸化機能)であった可能性が示されています。
酸素を使う呼吸システムは莫大なエネルギーを使用可能にしてくれる反面、酸素を含む危険な分子(活性酸素)を発生させ、細胞の各所を傷つける酸化ストレスを発生させます。
また酸化ストレスはDNAを傷つけ、老化の主因ともなっています。
生物は酸素呼吸能力と引き換えに、錆びゆく体となってしまったとも言えるでしょう。
しかし生命は危険な活性酸素に結合しやすいタンパク質を作ることで、活性酸素を体から除去する仕組みを開発しました。
過去の研究ではルシフェリンの一種であるセレンテラジンには活性酸素との反応性が高く、強力な抗酸化機能を持っていたことを示しており、発光システムの起源が抗酸化機能である可能性が示されました。
またサンゴが深海に進出したことも、重要な要因です。
深海では比較的活性酸素が発生しにくく、ルシフェリンを使った抗酸化機能に遊びがうまれ、自己防衛のための発光能力へと変化する余地が出たと考えられるからです。
(※生命の進化において絶対に必要な機能はむしろ変異しにくく、あまり必要でなくなった機能ほど別の機能に転用されたり、退化していく傾向があります)
研究者たちは今後、能力ベースの分析から遺伝子ベースの分析に移行することで、発光システムの遺伝的な起源についても解明していくと述べています。
参考文献
Bioluminescence First Evolved in Animals at Least 540 Million Years Ago
https://www.si.edu/newsdesk/releases/bioluminescence-first-evolved-animals-least-540-million-years-ago
元論文
Evolution of bioluminescence in Anthozoa with emphasis on Octocorallia
https://doi.org/10.1098/rspb.2023.2626
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。