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米国のテキサス大学オースティン校(UT Austin)で行われた研究によって、最初のビッグバンが起きてから1カ月以内に、暗黒物質を生成する2度目のビッグバン「暗黒ビッグバン」が起きた可能性が示されました。
研究では、この暗黒ビッグバンによって通常の物質を構成する粒子の何兆倍も重い暗黒物質が作られ、銀河を巡る星々の動きを影から制御する物理法則の基礎となったと結論しています。
また最初のビッグバンが宇宙背景放射によって証明されたように、暗黒ビッグバンの存在も宇宙の背景に響く重力波を解析することで証明できる可能性があるとしています。
2度目のビッグバン(暗黒ビッグバン)の正体を知ることができれば、宇宙誕生の謎に迫る大きな1歩となるかもしれません。
今回はまず「ビッグバンとはそもそも何なのか?」という疑問を相転移の視点から解説し、続いて暗黒ビッグバン理論が如何に誕生したかを紹介したいと思います。
研究内容の詳細はプレプリントサーバーである『arXiv』にて「暗黒ビッグバンに由来する暗黒物質と重力波(Dark Matter and Gravity Waves from a Dark Big Bang)」とのタイトルで公開されています。(※本研究論文は2023年11月14日時点で、まだ査読付き論文誌には掲載されていません)
目次
宇宙の始まりについて私たちの多くは「ビッグバンによって超高密度の「点」が爆発的に膨張して宇宙になった」と思っているでしょう。
実際、昔の子供向け科学雑誌にはしばしば、そのように記載されています。
しかし現在、ビッグバンは宇宙の始まりとは考えられていません。
現在の宇宙論では、まず超高密度の「点」であった宇宙の素がインフレーションによって急激に膨張して一時的に冷え、その後再加熱されたと考えられています。
そして幼い頃の私たちがビッグバンだと思っていたのは、この再加熱現象であることが明らかになりました。
私たちの宇宙は誕生した直後から
「超高温超高密度の点」➔インフレーションで急膨張して冷却➔再加熱(ビッグバン)➔素粒子の誕生➔ヒッグス粒子の性質変化➔原子の誕生➔星々の誕生➔現在の宇宙
と目まぐるしく様相が変化していったのです。
この変化は全宇宙の物体の性質や時空の性質、そして力の働き方そのものもが劇的に変化することから「相転移」と呼ばれています。
また変わったのは宇宙の温度や大きさだけではありません。
宇宙の最初の段階では、現在自然界で見られる4つの力(重力、電磁力、強い核力、弱い核力)が一つに統合されていました。
宇宙が相転移するにつれ、これらの力は分岐し、現在知られている形になりました。
たとえるなら、この力の分岐は、単一の樹木が成長し、多くの枝に分かれるようなものと言えます。
各枝はもともと同じ幹から生じたものですが、成長するにつれて異なる方向へと伸びていきます。
そして新たな枝が芽生えると、力のあり方が変化して宇宙全体の物理法則も変化していきました。
(※またヒッグス粒子の性質変化によって素粒子にまとわりつくようになると「質量」が発生して粒子の飛び回る速度が低下し、原子の形にまとまれるようになっていきました)
このインフレーションが何によって引き起こされたのかはまだ完全には分かっていませんが、一つの説は、宇宙全体を包み込むような特殊な「量子場」というものが関係しているというものです。
量子場とは、宇宙の最も基本的な成分として宇宙全体に広がっており、物質やエネルギーは、この場を通じて存在できるようになると考えられています。
しかしインフレーション時にはそんな宇宙を支える場が何らかの理由で不安定になり、その結果として宇宙が急激に膨張したと考えられています。
たとえるなら、宇宙と言う水槽を満たしていた水が突然沸騰して蒸気に変わるような状況を想像すると良いでしょう。
インフレーションの終わりには、この量子場が崩壊して加熱され、何もない空間から突然、大量の粒子と放射線が発生し、後に私たちの体や銀河の星々を作る材料となりました。
砂糖が水に溶けている状態から、水が蒸発して砂糖が再び結晶化するようなものと考えることができます。
これが「ビッグバン」として知られる現象です。
このビッグバンによって発生した粒子は、宇宙が誕生してから約12分後に初めて原子を形成し、その後数億年をかけて星や銀河が形成され始めました。
この空間から粒子が出現するという性質は現在の宇宙にも引き継がれており、粒子加速器などで大きなエネルギーを発生させると、空間からさまざまな粒子が出現することがわかっています。
そのため膨張する宇宙に住む私たちは、ある意味で、ビッグバンの最中あるいは裾野に存在していると言えるでしょう。
しかしここで語られるのは主に素粒子や原子など「通常の物質」です。
一方、宇宙には通常の物質よりも遥かに膨大な「暗黒物質」が存在しています。
暗黒物質は直接見ることができない物質です。
暗黒物質は、電磁力に反応せず、光を放射、吸収、反射しないため、直接観測することはできません。
そのためもし重さ10㎏の暗黒物質の拳(暗黒拳)で殴られたとしても、通常の物質でできた私たちの体は何も感じることなくすり抜けてしまうでしょう。
暗黒物質が何であるかはまだわかっていませんが、重力を発したり、重力の影響を受けることだけは判明しており、その存在の証拠も観測されています。
その最たる例が銀河を回る星々の動きにみられます。
銀河系の星々はニュートンの運動法則に従うならば、中心部の星は早く、外縁部の星はゆっくりと銀河を回転しているハズです。
太陽系の惑星でも一番内側の水星の公転速度は速いですが、海王星や冥王星はゆっくりとした速度で公転しているのと同じです。
しかし銀河の星々の回転速度を調べたところ、銀河系の中心部も外側もほぼ同じ速度で回転していることが判明します。
(※つまり外側が想定よりも早く動いていたのです)
この状況をニュートンの法則に基づいて計算を行ったところ、目に見える物質のおよそ10倍の「何か」が銀河全体を包み込んで、重力を発しているという結果が得られます。
この見えない何かが「暗黒物質」と呼ばれる存在です。
既存の理論では、いわゆる暗黒物質もこのビッグバンによって生成されたとされています。
再び水の蒸発で例えるなら、ビッグバン前の宇宙を砂糖(通常の物質)と塩(暗黒物質)が溶けている状態の水だとすると、ビッグバンによって水が気化(相転移)したことで砂糖の結晶と塩の結晶が両方一度に現れたと言えるでしょう。
暗黒物質の理論が提唱されてから40年、物理学者は暗黒物質を検出するために、さまざまな検出器を構築してきました。
また検出器の多くは暗黒物質はWIMP(弱く相互作用する巨大な粒子)という仮想上の粒子であるとの仮説に基づいて作られています。
(※WIMPの存在が確認されれば、それは暗黒物質の正体の一端を明らかにすることになります)
またWIMPは、私たちが知る自然界の4つの基本力のうち、弱い核力と重力の影響を受けると考えられています。
つまりWIMP が存在する場合、原子核と相互作用するはずであることを意味します。
たとえるなら、海に浮かぶ小さなボートが波(重力)と風(弱い核力)の両方に影響を受けるように、WIMPもこれらの力に反応すると考えられています。
そのため既存の検出器はWIMPが原子核と衝突するときに発生する特定の信号、例えば小さな閃光やエネルギーの放出を検出するように設計されています。
しかし、これまでのところ、WIMPは発見されていません。
研究者たちは暗黒物質が検出されていない理由について、暗黒物質が弱い核力を全く感じない、つまり風(弱い核力)に影響されずにただ波(重力)だけに動かされるボートのような性質を持っている可能性を示唆しています。
その場合、重力が通常の物質との唯一のつながりとなります。
そして重力だけが唯一のつながりだとすると、理論上、暗黒物質の誕生は最初のビッグバン時に限定されなくなり、独自の誕生ルートを描くことが可能になります。
目に見えない兄弟が存在する場合、彼らが同じ誕生日によって生まれた双子であるか、別々のタイミングでうまれた普通の兄弟であるかを判別することができないのと同じです。
そこで研究者たちは、既存の観測結果をベースに、暗黒物質が作られたルートに対して新たな理論を組み立てました。
すると、通常のビッグバンの数週間後に「暗黒物質による2度目のビッグバン」が起きた場合に、現実の観測データと最もよく一致する結果になることが判明します。
また計算によれば、暗黒ビッグバンは陽子の10兆倍もの質量を持つ巨大暗黒粒子を生成することが判明しました。
(※研究者たちはこの巨大粒子を日本のゴジラから名前をとり「ダークジラ(darkzillas)」と命名しました)
2度目のビッグバンと言うと怪しげに聞こえるかもしれません。
しかし超高温高密度の点(宇宙の素)やインフレーション、そしてビッグバン(最初の)など、既存の理論も提唱された当時は「眉唾物」と考えられていました。
ビッグバンの名称も否定派たちが「ありえない」として嘲笑する目的でつけられた用語であることが知られています。
(※日本語で言えば「だいばくはつ(笑)」のようにバカにする目的で名付けられました)
しかし1960年代になると、明確な証拠が発見されました。
宇宙のどの方向からも、宇宙マイクロ背景放射とよばれる放射線の波が発せられており、これは膨張する宇宙におけるビッグバンの「余波」としてのみ説明できるものでした。
人類の目が宇宙の深淵からの信号に気付いたことで、初期宇宙の姿が明らかになった瞬間と言えます。
そして嘲笑目的でつけられた「ビッグバン」は、重要な理論を代表する名前となっていきました。
では暗黒ビッグバンにも宇宙背景放射のような大逆転を起こす、明確な証拠は存在するのでしょうか?
研究者たちは、宇宙の初期に起きた「暗黒のビッグバン」という現象による相転移(物質の状態が急激に変わる現象)が、重力波という時空における波紋を生み出した可能性があると述べています。
重力波は、水に石を投げ込んだときに生じる波紋のようなもので、2016年に初めて検出されました。
このときの重力派はやってきた方向が特定されており、ブラックホールや中性子星などの高密度天体の衝突によって生じたものと考えられています。
しかし重力波には宇宙マイクロ波背景放射(CMB)に似た「背景のハム音」と呼ばれる別の種類の重力波が存在すると考えられています。
(※「背景のハム音」とは、宇宙の背景に常に存在する、低レベルで持続的な重力波の信号を指しています。)
2021年6月、北米ナノヘルツ重力波観測所(NANOGrav)の天文学者たちは、この「重力波の背景ハム音」を実際に検出することに成功します。
Congratulations to NANOGrav for detecting evidence that gravitational waves fill the cosmos.
These ripples in the fabric of space happen when massive objects like black holes circle one another before colliding. The result brings us closer to understanding how galaxies evolve.… pic.twitter.com/AuXBgkZkb7
—NASA (@NASA) June 29, 2023
一部の研究者は、この信号が巨大なブラックホールの衝突から来ていると考えていますが、宇宙の初期に起こった相転移からの信号である可能性もありました。
そこで今回、研究者たちが検出された重力波背景ハム音を分析したところ、驚くべきことに、暗黒物質による2度目のビッグバン「暗黒ビッグバン」が起きた場合と合致する結果になりました。
現在、重力波信号をより詳細に検出する試みが進行中であり、欧州宇宙機関のレーザー干渉計宇宙アンテナも2037 年に打ち上げられる予定です。
編隊を組んで飛行する3機の宇宙船の間にレーザービームを送り、重力波を精緻に測定するのです。
もしこの重力波の「ハム音」に方向性が見られる場合、特定の方向で起こったブラックホールや中性子星などの衝突による波紋と考えられます。
しかし方向性がみられず、宇宙背景放射のようにどの方向からも同じような値(重力波のハム音)が検出された場合、それは宇宙初期の未知の相転移の信号、それも宇宙背景放射とは異なる大爆発の痕跡、すなわち暗黒ビッグバンの証拠となるでしょう。
そしてその瞬間、かつてのビッグバン否定派が体験したように「暗黒ビッグバン(笑)」「2度目のビッグバン(笑)」という嘲りから「笑」が取れて、私たちは真顔で受け止めることになるはずです。
参考文献
There may have been a second Big Bang, new research suggests元論文
Dark Matter and Gravity Waves from a Dark Big Bang