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しかし大海原を泳いでいた魚たちにとって、この水槽は牢獄のようなものであり、適切な管理ができていなければ、途端に弱ってしまいます。
せっかく生きたまま調理できても、病的で痩せ細った魚だとその美味しさも半減することでしょう。
特にイカは、飼育や保管が難しいことで有名です。
イカは非常に繊細であり、慣れるまでは生きたエサしか食べません。
水質によってはすぐに死んでしまうほどであり、仮に生き延びたとしても身が痩せ細ってしまうのです。
では、どうすれば生きたイカの良好な状態を維持できるでしょうか?
専門家たちの経験上、イカの飼育に海洋深層水を利用すると、身が痩せずに長期間飼育できることが知られてきました。
海洋深層水とは、水深200m以深に存在する深海の海水のことであり、ホタルイカ、ダイオウイカなど、実際に深海に生息しているイカも少なくありません。
そしてこの水には海産動物にとって多くのメリットがあります。
例えば、海洋深層水には低温安定性があります。
表層水の水温は、太陽熱によって季節ごとに大きく変化しますが、太陽光の届かない海洋深層水の水温は、低温のままほとんど変化しません。
水温が一定なので、水質の変化も少なく安定しており、この水質の安定性が海洋動物の飼育に効果的なのです。
また海洋深層水は、表層水と異なり、浮遊物や細菌類がほとんどなく、この水で育った海産動物には病害が発生しにくいと言われています。
さらに海の表層では、海洋生物の死骸やフンが細菌に分解されて、無機栄養塩などが作り出されます。
これらの多くが深海へ沈んで蓄積されていくため、海洋深層水には豊富なミネラルや栄養分が含まれています。
そのため海洋深層水には、イカだけでなく、増殖・養殖分野において海産動物の生育を改善する効果があることも経験的に知られてきました。
水質が安定し、細菌が少なく、ミネラル・栄養分に富んだ海洋深層水は、生きた魚やイカたちを元気にしてくれるのです。
ところが、これらの効果に対する科学的な根拠は明らかになっていませんでした。
海洋深層水がイカの体にどのような影響をもたらしているのか証明されたことはなかったのです。
鈴木氏ら研究チームは、石川県能登町の小木漁協から購入した生きたスルメイカ(学名:Todarodes pacificus)を、海洋深層水グループと表層水グループに分け、同じ大きさの水槽(500Lの円形水槽)で36時間飼育しました。
それぞれのグループは同じ水温(15-16℃)で飼育され、その間、両方ともエサは与えられませんでした。
そして実験対象であるスルメイカの体重、血液、脳を採取し、それぞれの違いを分析しました。
その結果、表層水のスルメイカの体重が148.2gから137.9gに減少したのに対し、深層水のスルメイカの体重は、148.0gから144.3gに変化しただけでした。
深層水グループは表層水グループに比べて、体重があまり減少しなかったのです。
また血液や脳で発現している遺伝子を調べた結果、深層水はスルメイカのコレステロール値やミネラル代謝などに影響を与えることが分かりました。
さらに深層水で飼育すると体液を調整するホルモンの発現が変化し、これが体重の減少を抑制していると判明しました。
このことが科学的に証明されたのは世界で初めてです。
海洋深層水がイカの体に確かな変化を与えることから、「海洋深層水でイカを飼育すると身が痩せない」というのは、科学的に正しい情報だったと言えます。
この研究結果は、これまで難しかったスルメイカの畜養や活魚輸送など、スルメイカに関連した水産業に大きく貢献するはずです。
私たち消費者としては、生きたまま運ばれてきたスルメイカを、これまで以上に美味しく食べられるようになるかもしれません。
今後研究チームは、アオリイカなど他の種類のイカでも海洋深層水の効果を確認する予定です。
参考文献
海洋深層水でイカを飼育すると身が痩せないことを 科学的に証明(PDF) https://www.kanazawa-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/230518_re.pdf 生物資源科学部 吉田真明 准教授らの共同研究グループは海洋深層水でイカを飼育すると身が痩せないことを証明しました https://www.shimane-u.ac.jp/docs/2023051900011/元論文
Deep ocean water alters the cholesterol and mineral metabolism of squid Todarodes pacificus and suppresses its weight loss https://www.nature.com/articles/s41598-023-34443-x