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春を彩る「平和の花」。オオアラセイトウのやさしい紫が語りかけるものは…


三月も半ば。春分も近づいて、咲く花の数も徐々に増えてきています。三月から四月にかけては他の花に先駆けて元気に茎を伸ばすナズナ(ぺんぺん草)や、土手や空き地、菜種畑の菜の花の黄色い群生など、殊にアブラナ科の花が元気に咲きそろう季節ですね。収穫が遅れて薹が立った大根やカブ、ブロッコリーなどのアブラナ科の野菜に菜の花とよく似た花が咲いているのも風物詩。

アブラナ科の花たちに姿かたちが似ていて、でも花の色はスミレのような鮮やかな紫。そんなちょっと不思議な雑草が群生するのを、道端や空き地で見かけたことはありませんか? その名はオオアラセイトウです。

黄色の花が多いアブラナ科でありながら鮮やかな紫色をしています

黄色の花が多いアブラナ科でありながら鮮やかな紫色をしています


謎の植物オオアラセイトウは日本在来シロチョウの救世主!

オオアラセイトウ(大紫羅欄花 Orychophragmus violaceus)は中国原産の帰化植物。アブラナ科オオアラセイトウ属(シノニムに、ショカッサイ属またはムラサキハナナ属)に属し、アブラナ科の多くの栽培植物、アブラナ、カラシナ、ダイコン、カブ、キャベツ、ブロッコリー、コマツナ、ノザワナなどの近縁種です。

草丈60~80センチの越年草(二年草)で、3~5月ごろに直径2~3センチの紫色の十字花を総状にたくさん咲かせます。葉は茎を抱き、草の下方の葉は大きく、深く羽状に裂け、縁は緩やかな鋸歯状になっています。ダイコンやカブの長細い葉をぐっと短く、卵型にしたようなかわいい形で、食用にされます。雄しべは6本で鮮やかな黄色をしており、補色の紫の花弁との対比でよく目立ちます。

アブラナ科の仲間らしく生命力が強く、しばしば群生し、同科のアブラナ(菜の花)の黄色と競うように咲くさまも見られ、鮮やかな黄色と紫の競演は、何とも華やかであたたかです。

オオアラセイトウには面白い事象も知られています。戦後、キャベツ栽培とともに全国に大繁殖した大陸由来のモンシロチョウ(紋白蝶 Pieris rapae)によって生息の場を奪われていた在来種のスジグロシロチョウ(筋黒白蝶 Pieris melete)が、外来種のオオアラセイトウを食草として勢力を回復しているのです。人間はえてして在来種、外来種を区別し、外来種を脅威とばかりにしたがりますが、このような関係性から生物のダイナミズムや柔軟性を見ることが出来、人間の未熟な環境保護の思想や方法論に一考をうながす事例だといえます。

オオアラセイトウの群生には独特の美しさが

オオアラセイトウの群生には独特の美しさが


ショカッサイ、ハナナ、アラセイトウ…一体何の呪文?

「オオアラセイトウ」は、植物分類学の権威・牧野富太郎(1862年~1957年)博士が名づけたもので、同じくアブラナ科で春の切花の代表種のひとつであるストック(Stock、Matthiola incana)の和名である「アラセイトウ」をもとに、より草丈が大きく育つことから「大アラセイトウ」としました。ただ「アラセイトウ」という言葉自体が呪文か何かのようで意味不明ですよね。

ヨーロッパ南部からアフリカ北部に起源をもつストックが日本に渡来し、文献に最初に登場したのは江戸時代初期の狩野重賢によるカラー図譜『草木写生』。ここに描かれているのは中心部が白い淡紅色の十字花弁で、ヨーロッパ原産のアラセイトウであることが分かります。解説文には「アラセイトウ」とカタカナで種名が記されています。アラセイトウという変な名前は、ポルトガル語で短い起毛布地の羅紗(ラシャ)をraxeta(ラセイタ)と言い、葉や茎にこまかに密生する白く短い起毛とその質感に喩えられたことが起源であろうと思われます。実際に触ってみると、ストックの厚めの葉はスエードのような手触りで、これを羅紗に喩えた古人の感覚がよく分かります。アラセイトウの漢字名である紫羅欄花は当て字で、こちらはストックの中国名「紫羅蘭」からきています。

しかし、こうした正式和名があるにもかかわらず、一般には諸葛菜(しょかっさい)、紫花菜(むらさきはなな)、花ダイコン、ダイコンの花、といった俗名で呼ばれることのほうがはるかに多いのです。

諸葛菜とは、お察しの通り「三国志」の最大のヒーローとして有名な、中国・後漢末期~三国時代の蜀漢の軍師・政治家の諸葛亮孔明(181年~234年)に由来します。

唐代長慶年間(821~824年)の劉禹錫の談話記録を整理した『劉賓客嘉話録(韋絢 撰)』に収められた逸話に、諸葛亮が軍を率いて遠征する際、駐屯地でカブを植えさせていたというものがあります。なぜならカブのカイワレ(若い芽)は生で食べられ、成長した葉は煮て美味しい。どんな土地でも容易に育ち、また冬には根を食べることが出来る。蜀の人々はカブを諸葛亮にあやかって「諸葛菜」と呼んでいる、というものです。

また別の伝承には、劉備の軍師となった諸葛亮が兵士の兵糧としてカブの漬物を考案した。この漬物が大変美味しくて食欲が増し、劉備軍の士気はあがって、かの大戦「赤壁の戦い」でも勝利に結びついた。この漬物は「孔明菜」と名づけられた、というものも。

諸葛菜はこのように上代から中世ごろの中国ではカブのことを指していましたから、日本でも当然のように諸葛菜はカブのこととされてきました。ところが、後述しますが江戸時代後半ごろになると、キャベツや葉牡丹のことである、とされるようになります。

そして現代の中国でも日本でも、今や諸葛菜と言えばオオアラセイトウのことを意味するようになっています。日本のサイトなどでは、「中国では諸葛菜はカブのことを指す」と書いているものがありますがそれは間違いで、むしろ中国でこそ、オオアラセイトウ属の正式名が「諸葛菜属」になっているほど。この変換がいつごろ生じたものなのか不明ですが、しゅっとした姿でちょっと高貴な紫の花を咲かせるオオアラセイトウが、どことなく諸葛孔明を連想させるため、「三国志」の物語に親しむ中国人や日本人の間で、誰ともなく、いつともなく、次第に「ショカッサイ」と呼ばれるようになったのではないか、などと想像をふくらませてしまいます。ちなみにこの花は中国でもさまざまな名前で呼ばれており、紫金草、二月蘭、藍塵菜などがあり、もっとも一般的な名称は「二月蘭」のようです。

近縁のストック(アラセイトウ)

近縁のストック(アラセイトウ)


謎の花オオアラセイトウは、いつ日本に渡来したのか

オオアラセイトウの日本への渡来について、「江戸時代初期に観賞用に渡ってきて、戦後ごろから各地に繁殖するようになった」という説明が多く見られます。でもそれなら、江戸時代初期の17世紀から戦後の20世紀半ばまでの長い期間を、オオアラセイトウはどこでどう過ごしていたというのでしょう。

オオアラセイトウが江戸時代に渡ってきた、という説の根拠は、その別名である「諸葛菜」の記述が、江戸期のいくつかの文献に見られるからです。たとえば『和爾雅(貝原好古 元禄7年/1694年)』や『和漢三才圖會(寺島良安 正徳2年/1712年)』、『重修本草綱目啓蒙(天保15年 /1844年)』などです。ただ、これらの文献に記される内容は、「蕪菁 カブラナ 蔓菁 九英松 諸葛菜並同(和爾雅)」、「甘藍 草ボタン 諸葛ナ 筑前、唐山ニテ諸葛菜ト云ハ、蔓菁ノコトナリ(重修本草綱目啓蒙)」などと記載され、「諸葛菜」と呼ばれるものが中国産のカブ(蔓菁 mán・jing)の一種、または玉菜・甘藍と呼ばれた、現在でいうキャベツや葉牡丹の類を指していることが明らかです。

諸葛菜=オオアラセイトウが渡来し、各地で繁殖分布するようになったのはまさに戦後、昭和20年以降のことなのです。そしてその渡来には、日本の明治期から昭和にかけての大陸進出と日中戦争が大きく関わっていました。日露戦争で中国北東部の満州地域の一部の権益を手にした日本は、1932年に満州全域を属国化し、多くの日本人が入植。1937年から中国(中華民国)との紛争に突入し、後の日米戦争に渾然となって、中国本土の東半分に及ぶ広域で激しい戦争を繰り返しました。

戦地となった満州や中国各地、北京、青島、南京、漢口、広東などなどの町や村で、日本人入植者や日本軍兵士は、美しい紫の花の群生を目にし(現代でも、中国ではオオアラセイトウの大群落を見ることが出来ますし、中国人はこの花を「早春随一の美しさ」「紫の霧のようだ」と愛で、いつくしんでいます)、魅せられました。彼らは敗戦によって日本本土に引き上げる際、この紫の花の種子を持ち帰り、各地で播種したのです。これが、持ち前の繁殖力で全国に拡大、野生化し、各地で群生するほどになったのでした。

激動の歴史、殺伐とした争いの渦中で目の当たりにしたオオアラセイトウの花の咲く姿は、平和な日常の中で見るよりもさらに美しく、慰めにもなったことでしょう。戦後、オオアラセイトウは「平和の花」「ピースフラワー」として、日中戦争の悲劇を繰り返さないためのシンボルともなったのです。

カブの花。これをかつては諸葛菜とも言いました

カブの花。これをかつては諸葛菜とも言いました

【参考】

日本の野草 山と渓谷社

紫の花伝書─花だいこんを伝えた人々─ 細川呉港 集広舍

草木写生. 春 下 狩野織染藤原重賢(外部サイト)

芜青(中国語外部サイト)

二月兰(中国語外部サイト)

中醫藥學院・諸葛菜 Zhugecai(中国語外部サイト)

同じアブラナ科の菜の花と競演。平和であたたかい景観です

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