現代の日本は、諸外国との関わりを深めることによって、様々な面で大きな変化をしつつあります。そうした時、日本人の伝統的な在り方を見つめ直すことの意義は小さくないでしょう。
前回は「古今和歌集」(以下、古今集)の桜の和歌から、当時の人々の自然への強い親密感をご紹介しました。それは恋人への思いを表すようでもあり、心に描く美しい桜への賛美でもあるようです。しかし、それから100年以上を経た平安時代の半ばを越える頃には、桜への思いがさらに深くなり、古今集への疑問や飽き足りなさからか、新しい視点による和歌が生まれてきます。


桜は山に見に行く

昔の映画・テレビの定番に“遠山の金さん”がありました。
北町奉行である遠山金四郎が、巷の遊び人で入れ墨者の“金さん”に身をやつして悪事を暴き、お白砂の裁きの場面で、諸肌脱いで肩から背中にかけての入れ墨を見せて言う決め台詞が「おう、この桜吹雪に見覚えがねえとでも言うのかー」といったものでした。ここで悪人たちは金さんがお奉行様だと気づいて畏れ入るというわけです。
では、金さんの入れ墨は、なぜ桜なのか。それは、金さんの姓「遠山」が、古今集以来、桜を鑑賞して和歌に詠む定番である“遠山桜”に重なったからなのです。
〈霞立つ 春の山辺は 遠けれど 吹きくる風は 花の香ぞする〉
古今集の一例ですが、遠くの山で咲く桜の花は霞んでぼやけているが、風のお陰で間近に香りを楽しんで、花の美しさを想像するよ、といった歌です。平安京は東西と北を山で囲まれており、都の貴族の邸宅から、遠くの山の桜を望むことは日常的でした。
こうした遠くの山の桜を詠んだ歌は、西暦900年過ぎに成立した古今集から4番目の勅撰集にあたる、1090年近くに成立した「後拾遺和歌集」(以下、後拾遺集)では数を増して詠まれています。しかし、同じ平安時代でも、その詠み方は少し違ってきます。

〈明けばまづ 尋ねにゆかむ 山桜 こればかりだに 人におくれじ〉
〈花見にと 人は山辺に 入りはてて 春は都ぞ さびしかりける〉

一首目は、夜が明けたら早速、山桜を尋ねて行こう、これだけは人に遅れないぞ、というもの。二首目は、花見で誰もが山辺に行ってしまい、春には都が寂しくなったよ、というものです。
つまり、都の邸宅で遙か遠くに山の桜を望み見ていた古今集に対して、それでは飽き足らず山まで尋ねて行って桜を間近に見ようというのです。
この変化は、人々の生活範囲の変化にも繋がっています。古今集の時代は、まだ平安京の狭い中にとどまって、目前の桜を見て、それを見る人の心の持ちようこそが大事だったのです。そのため桜そのものは観念的になりがちでしたし、遠くの山の桜は、遙か離れて眺めるしかなかったのですが、後拾遺集では、人の行動範囲が広がり、自然そのものをもっと直接に見ようと積極的に変わってきているのです。


景色そのものの再現

後拾遺集の方向性は、次に作られた「金葉和歌集」(以下、金葉集)では、さらに進められます。
〈山桜 さきそめしより ひさかたの 雲居に見ゆる 滝の白糸〉
まず、金葉集撰者である当代きっての歌人、源俊頼の和歌です。山の桜が咲き始めた情景を、高い空に滝の白い糸筋が流れて広がっているようだと述べています。
〈水上に 花や散るらん 山川の ゐくひにいとど かかる白波〉
こちらの作者は、俊頼の父親で源経信という歌人です。この歌は今までの山上に広がる桜ではなく、山の川の「杭(ゐくひ)」の周りに広がっている桜の花びらの美しい情景から、上流で桜が散り落ちたことを推測しています。
この二首で、もはや作者の心は表現上にまったくと言って良いほど表されておらず、桜の花の美しさそのものの追求に徹しています。桜を愛着する心を表現するのではなく、愛着される桜の美しさそのものを提示しようとしているのです。比喩は古今集から使われた技法ですが、なお工夫し、自然の美をいっそう具体的に描き出そうとしています。
古今集的自然観では、自然は融和し人と一体化するものという見方、たやすく肩に手を触れられるという意識であったものから、人と自然との間に距離が生まれ、自然は人とは別の美として、離れて見る対象として変化しているように思われます。それは、人の心の中の観念の美としての桜から、生な自然に直接触れることへの解放と言えるかもしれません。

こうした変化の大きな要因として、平安京と地方との交流が盛んになったことがあげられます。貴族たちは都を離れた広い世界に触れる機会が多くなり、新たな自然と接し、自然の美そのものを見直すことになったのでしょう。
筆者自身の体験を援用させていただくと、東京に長年住んでいて、初めて北海道で人の手に触れられたことのない大自然の迫力を前にした衝撃は、数十年を経ても強く思い出されます。当時の都人もまた、たやすく馴染むのではない自然に目を見張ったのではないでしょうか。
また、この頃「万葉集」が見直され、その歌の中に、古今集とは異なる雄大で力強い自然が示されていたことによる影響も大きかったと思われます。
対象の具体的な多様性そのものへの注目という点から見れば、様々な国の人々が急激に多く訪れ、あるいは居住する現代に通じるところもあるかもしれません。今回ご紹介した和歌からは、そうしたことも考えさせられます。
今年は、桜の下での宴はままならないかもしれません。それでも、桜の花を眺め、その美しさを存分に感じる花見もまたよいものです。

《参照》
古今和歌集 小町谷 照彦 著 (ちくま学芸文庫)
後拾遺和歌集 久保田 淳・平田 喜信 校注(岩波文庫)
金葉和歌集 川村 晃生・柏木 由夫 校注 (岩波書店 新日本古典文学大系)