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建築史家・倉方さんとひも解く東京。職人の技と歴史が息づく品川へ




はじめに


JR品川駅から一駅の京浜急行電鉄・北品川駅の近くに、江戸時代に東海道一の宿だった品川宿がありました。このエリアで注目したいのが、建築をつくる職人たちの技。明治・大正・昭和の面影が残る建物を巡れば、さまざまな手仕事を発見できます。

Text&Photo倉方俊輔(建築史家)
左官職人の躍動感ある装飾に注目 善福寺本堂

左官職人の躍動感ある装飾に注目 善福寺本堂


善福寺本堂では、鏝絵(こてえ)を見ることができます。鏝絵とは漆喰を盛り付けて仕上げたレリーフ状の装飾のこと。今も残る鏝絵が人々を楽しませている観光地として、山形県の銀山温泉や大分県の安心院(あじむ)などがあります。

この技法を完成させた左官職人が入江長八です。伊豆(現在の静岡県賀茂郡松崎町)から江戸に出て名を馳せ、伊豆長八とも呼ばれました。
明治の初めに建てられたこの本堂の鏝絵も、長八の作と伝えられます。正面の壁の左右に、龍が浮き彫りになっています。一部が失われてしまいましたが、残されている部分からもダイナミックな表情が読み取れます。鏝を巧みに操る左官職人の技が、想像上の動物をまるで生きているかのように漆喰で生み出しているのです。

ここに見られる美意識は、江戸時代の浮世絵や歌舞伎に通じます。完成当初から拍手喝采を浴びたことでしょう。さまざまなイメージを描き出せる左官職人は、明治になって活躍の場をますます広げました。長八のもとからも多くの弟子が巣立ちます。

◆善福寺
住所:東京都品川区北品川1-28-9 お寺に煉瓦という意外な組み合わせ 法禅寺本堂

お寺に煉瓦という意外な組み合わせ 法禅寺本堂


善福寺から徒歩約3分の場所にある法禅寺。こちらの本堂は、正面からは普通の寺院のようですが、横にまわるとびっくり。大きな煉瓦の壁がそびえています。

先ほどの善福寺本堂は、木の柱や壁を漆喰で塗り固めた土蔵造でした。こちらは煉瓦を用いて、より火災に強くしたものです。


これだけ大きな煉瓦の壁は、都内でもなかなか見られません。一個一個の色むらに味わいがあります。ドアや窓の上がアーチ状だったり、一番上の部分は少し迫り出すよう積まれていたりと、洋館のように手が込んでいます。瓦屋根や土蔵風の窓と煉瓦が隣り合っているので、不思議な雰囲気です。

日本では開国後に煉瓦を用いるようになりました。煉瓦職人という新しい専門職が生まれ、燃えない素材によって整然とした美しい壁を作れるようになります。煉瓦の壁が使われなくなるのは、1923年の関東大震災の後。その少し前に完成したこの和洋折衷の寺は、かつて日本にも多くいた煉瓦職人の真面目な仕事の証です。

◆法禅寺
住所:東京都品川区北品川2-2-14
石造りの鳥居に職人の技術を発見 品川神社

石造りの鳥居に職人の技術を発見 品川神社


品川神社は、神田明神や亀戸天神などとともに東京十社に数えられる由緒ある神社です。神社手前の第一京浜国道が1926年に開通し、上り口となる大鳥居はその前年に奉納されたものです。鳥居の先に本殿への階段が続いています。
ここで注目してほしいのが、石造りの柱です。左に昇り龍、右に降り龍が巻きつく姿は、隣を走る幅広い道路に負けないほどの力強さです。巨大な彫刻を細部までありありと彫り込んだ石工の技に目を見張ります。

◆品川神社
住所:東京都品川区北品川3-7-15 庶民の知恵と職人の遊び心が垣間見える 銅板貼り建物

庶民の知恵と職人の遊び心が垣間見える 銅板貼り建物


品川神社の参道である北馬場通りには、緑色の壁の建物が何軒かあり、旧東海道の付近にもこうした建築が見られます。これらは関東大震災の後、昭和初めにかけての復興の中で生まれた独特の形式。「銅板貼り建物」と呼ばれたり、「看板建築」の一種とみなされたりします。
関東大震災では、火災が大変な被害をもたらしました。その後、再建に取り掛かった時代には、耐火的な鉄筋コンクリート造はまだ高価で、一般的でありませんでした。そこで木造の表面に銅板を貼り、火に対する備えとした、いわば庶民の耐火建築。

どれもサービス精神が旺盛なデザインです。全体は洋風の印象ですが、檜垣や亀甲など和風の文様も取り混ぜています。銅板を貼り分けるのは、板金職人の腕の見せどころ。最初は銅色だった外壁は時を重ね、しっとりと現在の緑青色になりました。

銅板貼り建物は築地、神保町、上野といった都内でも大震災以前から賑わっていた地域を中心に建てられましたが、近年はだいぶ姿を消してしまいました。そんな中で現役で使われている貴重なエリア。江戸時代から続く賑わいの場所であることも物語っています。少し上のほうを見ながら、探し当ててみてください。

歴史が息づくレトロな古民家カフェ 茶箱

歴史が息づくレトロな古民家カフェ 茶箱


最後は日本茶カフェ「茶箱」に進みましょう。‟現代における旧東海道のお茶屋”をコンセプトに、2018年12月にオープンしました。

建物は江戸時代から街道沿いに多く建てられた出桁造(だしげたづくり)の町屋で、1階はもと理容室でした。その面影を残してリニューアルされました。タイルやすりガラスにレトロな趣きがあります。店内に残る鏡台や洋風装飾などにも、細やかな職人の仕事が見られます。
和洋折衷の空間では、静岡県の掛川茶を中心とした日本茶と、スイーツの要素を取り入れた丁寧な和菓子がいただけます。店内からガラス越しに旧東海道が見え、道は掛川に続いています。幾多の人びとが行き交った歴史に思いを馳せながら、ひと息つくのはいかがでしょうか。

◆茶箱
住所:東京都品川区南品川2丁目11-5

おわりに


旧東海道と言うと、江戸時代に目が向きがちです。しかし、建築からは明治以降の展開が分かります。さまざまな人や物が行き交った要所は、文明開化の後も新しいものを取り入れていきました。そんな折り重なりを大切に思う人が、今また新たな意味を加えています。刻まれている職人たちの仕事ぶりは、喝采を送った一般の人びとの存在も照らし出すもの。品川で、有名建築家や国家的な建築の世界とは一味違うおもしろさを見つけてください。
◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。日本最大の建築公開イベントである「イケフェス大阪」実行委員、品川区で建築公開を実施する「東京建築アクセスポイント」理事などを務める。





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