はじめに
ビルの美しさに、ふと気づく瞬間があります。なかでも、街中に多く残る第二次世界大戦後に完成したビルは、その工夫にハッとさせられるのです。今回は新しい日常を模索するいまこそ、発見にあふれた街歩きができる有楽町エリアをご紹介。「新東京ビル」を筆頭に、ものづくりを感じるビルを、新鮮な視点を与えてくれる写真家・下村しのぶさんの写真とともに巡ります。
Text:倉方俊輔(建築史家)
名作ビルが立ち並ぶ有楽町エリア
JR有楽町駅の日比谷口を出ると、いくつかのビルが目に飛び込んできます。どれも9〜14階くらいと、あまり高くはありません。箱のような形で、敷地いっぱいに建っています。
このあたりは1960年の名作ビルが軒を連ねる、全国屈指のエリアなのです。道は縦横に走って、歩くのに快適な幅。超高層ビルの街ではないので、空も意外に広く、建築さんぽにぴったりです。さっそく散策してみましょう。
【1】内部の装飾に目を見張る「新東京ビル」
横長の窓がずーっと続いて、角が丸いビルが「新東京ビル」です。1963年に第一期の工事が終わり、1965年に完成しました。角のところがかわいらしく、曲面ガラスを使っています。これは当時の最新技術です。
Photo:下村しのぶ
装飾らしい装飾のない外観とは一転、どこか違うなと感じるのは、東側正面から中に入ったときです。ビルは内部に縦横の道が通ったようなつくりで、1階と2階が吹き抜けになっています。高い天井に一直線に並ぶ柱、硬質な大理石の壁が、凛としながら、誰でも通り抜けできる公共空間のような雰囲気をつくっています。
Photo:下村しのぶ
装飾が空間に彩りを添えています。縦横の道が交わる部分の天井には、大きな照明があります。ダイヤモンドカットのような形は、ビルの真ん中にいると実感させる、印象的なアクセントになっています。吹き抜けを囲む2階の手すりも凝っています。
さらに、ここまで歩いてきた通路を見下ろすと、床や壁に抽象絵画のような模様が施されているのに気づきます。大きなビルですが、細かなところにまで気が配られているのです。
◆新東京ビル
住所:東京都千代田区丸の内3-3-1
同時代に建てられたビルが持つ「装飾性」の美しさ
このあたりは、1964年の東京オリンピックから、1970年の大阪万博までの頃に再開発されました。開発の前には、明治から昭和初めにかけて建てられた赤煉瓦などの建物があり、その最初である「三菱一号館」は現在、通りをはさんだ場所に「三菱一号館美術館」として復元されています。
再開発の先陣を切って建てられたのが「新東京ビル」です。さきほど内部の装飾について触れましたが、とくにこの時代、1960年前後のビルには独特の美しさがあると私は思っています。率直な美しさ、と言ったらいいでしょうか。過去の建築の形を真似るのではなく、新しい形を考案しています。生き物や草花を写した具象的なものではなく、コンパスや定規で描ける線を中心とした抽象的な装飾です。
「装飾」と聞くと、あとから外側に取り付けられたものという気がするかもしれません。ですが、「新東京ビル」を例にすると、照明や手すり、壁や床にしても、それが果たしている機能ときっぱりとは分けられません。加えて、金属やガラスといった素材そのものの味わいを表に出しています。ですから、「装飾」ではなく、「装飾性」くらいの言葉のほうがしっくりとくるのかもしれません。
こうした率直な感じは、第二次世界大戦前の建物とは異なります。「三菱一号館美術館」とも、今の流行りのビルとも違います。この時代の独特の美しさなのです。
つづいて、「新東京ビル」と同時代に建てられた、近隣のビルへ足を運んでみましょう。それぞれに、この時代に共通するものづくりを感じるデザインが見てとれるはずです。
【2】巧みなデザインの組み合わせに驚く「有楽町ビル」
「有楽町ビル」は入口ホールが圧巻です。壁が大きめの陶板タイルで仕上げられています。焼き物ならではの色むらが民芸品のようで、その光沢は朝と夜で異なるビジネス街の明かりを映します。
Photo:下村しのぶ
その壁に、いかにも工業製品といった趣の階段がぶつけられています。ステンレス製の手すりは鏡面仕上げで、シャープな印象です。それでいて抽象的な曲線は、直線的な壁とは対照的。互いを引き立て合っています。巧みなデザインが、工芸と工業も、ものづくりであることを思い出させてくれます。
◆有楽町ビル
住所:東京都千代田区有楽町1-10-1
【3】芸術とのコラボレーションも見どころ「国際ビル」
伝統ある「帝国劇場」が入る「国際ビル」がオープンしたのは1966年です。日本で初めての本格的な洋式劇場として明治末に完成した劇場を取り壊し、2代目として開場しました。
外観はビルそのもの、といった印象ですが、内部はきらびやかです。正方形というデザインテーマが、入口ホールや階段などに仕組まれています。通り抜けると、素材を生かした照明や手すりの変化に、ふと気づかされたりします。エレベータで目的の仕事に一直線に向かうだけでなく、歩きまわる人間のことも捉えているから、この時代のビルはおもしろいのです。
Photo:下村しのぶ
劇場ロビーには光輝く階段。薄く切った木をプラスチックではさみ、下から照らした独特のあかりが印象的です。階段を華やがせる伊原通夫のステンレス製のすだれに、猪熊弦一郎のステンドグラスの光が反射します。こうした芸術家とのコラボレーションも見どころです。
Photo:下村しのぶ
劇場内部の壁や天井には、チーク材を用いています。折り紙のようなデザインと照明の工夫によって、かつての劇場とは違った、率直な高貴さが実現しました。
Photo:下村しのぶ
大きな窓のある喫茶室は、皇居前というロケーションを生かしたもの。昭和を感じる案内板も丁寧に使われています。
◆国際ビル
住所:東京都千代田区丸の内3-1-1
おわりに
1964年のオリンピックから1970年の大阪万博の時期の日本は、先人たちの築いていたものに敬意を表するからこそ、毅然と新しい手法を打ち出していきました。その大胆さと細やかさに出会う日常の中の旅へ。最新のスポットと合わせて、お出かけしてみるのはいかがでしょうか。
◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。「東京建築アクセスポイント」と「朝日カルチャセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座を開講している。
◆下村しのぶ(しもむら・しのぶ)
北海道生まれ。写真家。ポートレート、雑貨や料理、そしてビルまで、雑誌、書籍、広告等で幅広く活躍中。著書に『おばあちゃん猫との静かな日々』(宝島社刊)、共著に『東京レトロ建築さんぽ』『東京モダン建築さんぽ』『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』(すべてエクスナレッジ刊)などがある。
『東京モダン建築さんぽ』
1,800円/エクスナレッジ