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あの“ヤバイ飯”番組を書籍化した上出Pが語る、旅と本




はじめに


2017年に放送された第1弾を皮切りに、不定期放送ながらもSNSや口コミで反響を呼び、業界内にも多くのファンを持つ『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京)。その番組が書籍となって、3月19日より発売された。普通の人が入り込めないような場所で、そこに生きる“ヤバい”奴らの“ヤバい”飯を撮り続けてきた、番組プロデューサーの上出遼平さん執筆による旅の本。そこに秘められた思いとともに、影響を受けた「旅の本」を聞いた。

Text:横前さやか
書籍版『ハイパーハードボイルドグルメリポート』に込められた思い

書籍版『ハイパーハードボイルドグルメリポート』に込められた思い


――――書籍化はもともと考えていましたか?

僕はめちゃくちゃ書きたいと思っていました。テレビはわかりやすいし、伝わるものも多いんですが、そもそも映像であるということや放送時間などの制約がたくさんあるので、すべてを伝えるのは難しいなと思っていて。いろんな国のいろんな人に出会うたびに「本なら描けるんだけどなぁ」という思いが強くありました。オンエアされている映像では編集によってバンバン物語が進んでいるんですけど、実際のロケでは画変わりがしない数日間を過ごしていることも多い。でもその放送されていない中にも、新しい疑問や発見があるんですよね。

――――本を読んで、現地の匂いや気温、街の雰囲気、そして危険と隣り合わせという恐怖がリアルに伝わってきました。

匂いや湿度、独特な空気感みたいなものは、文章の方がもしかしたら伝わるかもしれないと思っていました。本を書いた目的のひとつが、一人でも多くの人を僕の旅に連れて行くこと。実際は一人の方が旅はしやすいし、、複数人になると危険が増すので一緒に行って経験するのは難しい。そこでこの本が共有の場になればと。物語に“没入する”という感覚としては、映像よりも能動的に想像力を働かせる本の方が圧倒的に優位だと思いますしね。映像では共有できない五感といいますか、それを伝えられるんじゃないかなと。
――――気になったのは、独特な言い回しや表現。普通の書籍ではあまり使われないような難しい言葉が出てきますよね。

それは意識的に使っている部分もあります。もっと平易な言葉にしてももちろんいいんですけど、これは僕にとっては遊びのひとつ。映像を編集するときに、新しいCG技術があればちょっと使ってみようというような感覚で、言葉遊びをしてみました。こうして使うことで、自分自身の新しい表現にもつながるんじゃないかなと思ったんですよね。若い読者が一冊読み終えたときに、今まで知らなかった言葉を10個ぐらい知ることができたら、なんだか得した気分がするじゃないですか。だから、調べてもらいやすいようにルビもちゃんとふっています。いつか使いたいなと思っていた言葉や表現など、この一冊に50個くらいは入れてあるんじゃないかな。新しい道具を使う感覚で楽しいんです。

――――本が完成した今、感じることは?

僕が旅をした行程をそのまま書いているんですけど、あとで読み返してみると、すべてに通底する“問いかけ”があるような気がしました。それはもしかしたら世界の不確かさとか、命の不確かさとか……。自分の中にある「こういうものですよね」っていう既成概念がどんどん壊れていく感覚。それって、僕が旅をしていく中で経験した心の中の動きなんです。常識が壊れるということは、いろんな選択肢や可能性に気付けることでもあるんですけど、この本はその連続の物語でもあるなと。それを一緒になぞっていただければ、スリリングな経験になるんじゃないかなと思います。自分自身が本を読んで、いてもたってもいられなくなり旅に出た経験があるように、その興奮を届ける側になれたらうれしいですね。
上出Pが旅をするきっかけになった本

上出Pが旅をするきっかけになった本


――――上出さん自身が「旅」を意識するきっかけになった本はありますか?

とくに影響を受けた作品が3つあります。

1冊目は、『十五少年漂流記』(著・ジュール・ヴェルヌ)。
小学校低学年のときに、母親に頼んで初めて買ってもらった本です。これは今回新しく買ったものですが、当時の表紙には難破した船と黒人と白人の少年たちが描かれていて、それにすごく惹かれたのを覚えています。いろんなキャラクターを持った少年たちが喧嘩をしたり助け合ったり、知恵を巡らせて生き抜いていく姿に憧れましたね。

僕の生き方は確実にこの本を読んで変わりました。山登りが好きなのも、なんでもある世界じゃないところで生きていく野生への憧れから。東京で生まれて愛情に溢れた家庭に育ち過保護な状況にいて、生きる力がない自分に劣等感を持っていました。だからこそ、旅先で出会う過酷な環境の中でも強く生きている人たちに対して、まっすぐにリスペクトできているんだと思います。僕に欠けている部分を持っている人たちばかりだから。

2冊目は、『イニュニック[生命]』(著・星野道夫)。
星野さんの著書はたくさんあるんですけど、この本は星野さんが友達にそそのかされてアラスカに土地を買って住む3年間の話です。僕はこれを中学生の頃に読んで感化された結果、大学生になるやいなやテントを背負ってアラスカを歩くことになりました。この本に描かれているアラスカは圧倒的で、実際に行っても嘘がないんです。星野さんと自然との関わり方がすごく綺麗で、それは自分の手には負えない存在であるという大前提のもと暮らしていくんですよね。自然の中でいかにして命が失われていくのかという描写の中で、死ぬことがいかに普通のことかとかいうことを思わされる。「命は大切ですよ」としか教わっていなかった中学生の自分にとっては衝撃でした。違う当たり前の世界を教えてもらいました。

3冊目は、『メメント・モリ:死を想え』(著・藤原新也)。
明確に“死”というものについて考えさせてくれる本です。インドのガンジス川で死体を貪る犬の写真に「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」と言葉が添えられている。大学生のときにその写真と言葉を見て、なんてことだ!と。そう思える感覚が理解できず衝撃を受けて、常識が壊れた瞬間でもありました。アートのような役割に近いかな……旅の本とは少し違うけど、考えが凝り固まったときなんかに読んで、壊してもらう。この本を説明するのは本当に難しいんですけど……うーん、伝えられないな。読んでみてください(笑)。

――――最後に、上出さんにとっての「旅」とは?

弱い自分に気付くことかなと。自分がいかに無力で、この世の中がいかに自分のコントロール下にないかというのを知ることができるのが旅だと思います。外国に行っても、山に行っても、例えば箱根に行ったとしてもあると思うんですよね。自分の生活圏を一歩出たら、そこは荒野だから。

旅の中で自分の思い通りにならないことはたくさんあるけど、それは失敗じゃなくて、むしろ一番意味のある瞬間。「なんで思い通りにならないんだよ」という経験を経れば経るほど、人は傲慢さを失って成熟していくと思うんです。生活圏で不都合なことが起きれば、誰かのせいにできる。だけど、旅先で何かが起きれば、その原因は自分の選択にあることが多いから、それができない。そんな時に、いかに自分が傲慢で一人で生きていると思い込んでいたのかを知ることができる。そうすると同時に感謝する気持ちが生まれてくる。そして、諦めることや受け入れる心が備わる。いろんな世界を見てきた人たちがすごく穏やかに見えるのは、そういうことだと思います。

◆上出遼平
テレビ東京プロデューサー・ディレクター。2017年に第1弾を放送した『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の演出・プロデュースを手がける。
Twitter: @HYPERHARDBOILED

◆『ハイパーハードボイルドグルメリポート』
著者:上出遼平
定価:本体1800円+税
(Amazonでも購入可能)

◆『ハイパーハードボイルドグルメリポート』最新作放送決定!
4月1日(水)深夜0時12分
“ヤバい奴らのヤバい飯を通してヤバい世界のリアルを見る”をテーマにした異色のグルメ番組。今回訪れたのは、昼夜を問わず黒煙がもうもうと立ち昇るフィリピンの炭焼き村。そこで出会った少年は、幼い弟2人を養うために“ゴミ炭”を作っていた。彼らはどのように生き、何を食べるのか……。





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