2019年8月、僕は「あいりん地区”最高値”の宿「HOTEL SUNPLAZAⅡANNEX」」というコラムを執筆させていただいた。実は、その後も連載を続けるべく、西成・あいりん地区の安宿を回っていた。10軒に泊まり、冬には傾向を発表しようと目論んでいたのだが、まさかの新型コロナウィルスによる旅行自粛やテレワークなどで環境は一変。安宿を追求するという事自体、あまり意味をなさなくなってしまった。だが、状況が状況だけに仕方がないとはいえ、申し訳ない気持ちで一杯だ。
そんな中、Go To トラベルキャンペーンが開始された。僕は東京在住なので恩恵は無いが、仕事がら全国各地の飲食店を雑誌や航空会社のウェブサイトなどで紹介する都合上、コロナ禍においても、ほぼ毎週、各地へ伺っている。そして感じたのは、やはりキャンペーンがスタートしてからは明らかに人の動きが出てきている点。ほんの1ヶ月前までは東海道新幹線に乗っても、乗客が僕しかいないという事態が何度かあったが、最近は徐々に増えては来ている。まだ、ガラガラという表現がぴったりではあるが。
そして、10月1日から東京都民もGo To トラベルキャンペーンに参加できるようになる。そうなると、さらに状況は変わるだろう。ならば、まだ東京都民が恩恵を受ける前の西成はどうなっているのか? とても気になり、久々に西成に向かう事にした。
“西成高級ホテル”は、値下がりしていた
僕はコロナ禍でも各地へ伺っているといっても、その間、西成は未訪だった。というのも、大阪のキタやミナミの一般的なホテルが激安になってしまい、西成のホテルに泊まる金銭的なメリットがとても少なくなってしまったからだ。「アパホテル2,000円キャンペーン」など、ご記憶の方も多いだろう。ましてや、Go Toトラベルキャンペーンの恩恵を受けられる方々ならば、普通の1泊5,000円程度のホテルでも35%引きだととてもお得だ。
そこで僕はまず、西成で今までに宿泊したホテルの当時の1泊あたりの価格と、現在の価格を比較してみた(いずれも楽天トラベル調べ。税込。Go Toトラベルキャンペーン適応前)。
HOTELSUNPLAZA2 ANEX 3,000円→2,307円
ホテル中央ブリッジ 3,000円→2,900円
ホテル来山 南 2,600円→1,850円
ビジネスホテル福助 2,000円→1,600円
ホテルビーバー2 1,890円→1,890円
ホテル大阪 1,800円→1,800円
ホテルラッキー 1,800円→1,800円
DOYANEN HOTELS YAMATO 1,710円→2,500円
ビジネスホテル大洋 1,500円→1,400円
宿 末盛 1,200円→1,400円
正直なところ、意外だった。おしなべて500~1,000円程度値下がりしているとばかり思っていたのだが、実際はそうでもない。確かに2,500~3,000円程度の“高級西成ホテル”は思い切った値下げをしているところもあるが、1,000円台のホテルは、ほぼ変わっていない。「宿 末盛」に至っては1,200円から1,400円と値上げしていたし、Go To トラベルキャンペーンに参加していない。
おそらく“高級西成ホテル”は、他の大阪の一般的なビジネスホテルが激安になった余波を受けたのと、海外からのインバウンド需要が全く見込めなくなったゆえに値下げせざるを得ないと思われる。1,000円台のホテルに関してはまだ分からないので、次回に検証することとし、今回は“高級西成ホテル”の現状を伺うこととした。
“高級西成ホテル”の代名詞的存在「ホテル来山」
今回、向かったのは「ホテル来山(らいざん)」。
大阪メトロ御堂筋線&堺筋線、動物園前駅から徒歩約2分。東西に走るあびこ筋から路地をほんの少し入ったところにある“高級西成ホテル”の代名詞的存在の1軒。実は僕、5年ほど前から数度、宿泊している。
いわゆる“ドヤ街・西成”のホテルといえど、危険な雰囲気は皆無で、むしろコロナ禍の前には外国人客のインバウンド需要で、溢れかえっていたほどの人気ホテルだ。
1階のフロントの先にはオープンタイプのキッチン付きダイニングがあり、さまざまな国の旅行客が、熱湯を沸かしてカップ麺を啜るといった光景をよく目にした。
5年ほど前からを思い起こせば、宿泊代は2,300円~2,800円くらいの間を時期により変動していた(多くは2,600円)。当初は室内もシャワー、トイレも清潔・ピカピカで、値段相応というより、むしろお得感に溢れていたが、昨今は時の経過とともに、随所に汚れが目立つようになり、特にシャワールームのドアが壊れていたり(現在は補修済み)、全体的に老朽化が見られるようになった。シャワー、トイレ共同でも素泊まりできればOKみたいな僕にとっては、むしろ1,800円の「ホテル ラッキー」のほうがコストパフォーマンス的にも良いと感じ、足が遠のいていたのだ。
しかし、久々に価格をチェックして驚いた。2,600円→1,850円(シングル)である。
しかも【ツイッター/インスタグラム:フォロワー1000人プラン】シングル洋室1日1室限定で1円というプランまで。これは簡単にいえば、ツイッターかインスタグラムのフォロワーが1,000人以上いる方はハッシュタグをつけて投稿してくれれば1円(1人1年間で1回限り)で宿泊できるというもの。僕はツイッターのフォロワーが1万人超だが、今回はあえてキャンペーンではなく、通常の1,850円で宿泊した。
動物園前には午後6時ごろ到着した。今までならば、通りに多くの外国人観光客などがウロウロしていたが、やはり今は、ほぼ見受けられない。閑散しているという表現がぴったりだ。
「ホテル来山」に到着した。こちらのホテルは珍しく、同じ建物で低層階と高層階とでエレベーターが北と南に分かれていて、それぞれ「北館」「南館」という表現になっている。ともに価格設定は同一なのだが、僕は高層階のほうが好きというのもあり、南館に宿泊することが多い。フロントも隣同士だが北館、南館で分けられている。
フロントは、ご多分に漏れず、透明のビニールで覆われ、コロナ対策が施されていた。もちろん消毒スプレーも完備だ。
そして、以前に外国人観光客が食事をしていたダイニングは、やはりコロナ対策で2人用のテーブルが並ぶスタイルへと模様替えされていた。
そして一番違うのは、外国人観光客を見ないばかりか、逆に今までもっと低価格の他の簡易宿泊所に泊まっていたと思われる年配の男性宿泊客を何人も見た点。これは「ホテル来山」が今までの2,600円程度から1,000円台へと値下げした効果であろうか。
フロントの方によると、「新型コロナで自粛が始まったころは、もう、エグかった(お客様が殆どいなかった)」そう。でも、最近はGo To トラベルキャンペーンのおかげもあり、かなり戻っているらしい。
「国勢調査」の張り紙に驚く
そんな事を思いながら、フロントで氏名や住所、電話番号を用紙に記入し、検温を受け(料金は予めクレジットカード払い)、エレベーターへと向かった。その時、ふと、ある紙が掲示されていることに気づいた。
それは「国勢調査のお願い」のお知らせだった。本日より10月7日(水)まで。
ということは、居住している人もいるということ!僕はまたフロントへ戻り、聞いてみた。
「国勢調査が貼ってあったので、もしかして、ホテルに居住なさっている方っていらっしゃるのですか?」
「そうなんです。マンスリープランでご契約して頂ければ」
ちなみに料金は一カ月で4,8000円(税込)。一日あたり1600円。現在の値下げ状態では、そんなに魅力的な価格設定ではないが、以前の1泊2600円程度から考えれば、かなりお得だ。
しかし、さらに現在ならではの、カラクリが、そこにあった。
「住民票も移せますか?」
「移せますが、移さないほうが、得です」
???
「今、Go To トラベルキャンペーンがありますよね? なので住民票を移さずに、それを使えば35%引きになるのです。つまり、1ヶ月31,200円(税込)。」
なるほど!!!
特に、僕が得をするわけではないけれど、なんだか良い話を聞いた♪と思いつつ、エレベーターで6階へ向かい、部屋に入った。もちろん3畳一間だが、清潔感あり。禁煙の和室を選択したので布団が綺麗に畳まれて置いてあった(洋室や禁煙タイプの部屋もある)。
広げれば、マットレスと敷布団、掛布団で構成され、寝心地も申し分ない。他にテレビや冷蔵庫、エアコンもあり、小さいながらもテーブルも。鏡やティッシュペーパーまで完備。ハンガーは3本。タオル、ハンドタオルの他、アメニティは歯ブラシ(シェーバーは無い)。しかも、薄めながらバスローブも。
早速、バスローブに着替えて、シャワールームへと向かった。館内はシューズのまま歩けるが、使い捨ての紙スリッパも部屋に用意されているので、それを使用するのも良いだろう。こちらには男女別大浴場(午後4時〜午前2時、午前5時〜午前9時30分)のほか、シャワールーム(24時間)が4つ。
大浴場は数名いたので、シャワールームを利用した。5年前は清潔だったルームも、今ではかなり老朽化が見られる。
2,000円台で、ちょっと嫌だなと思った点はここ。だが、今は1,850円。僕としては許容範囲だ。やや面倒なのは、ドライヤーが大浴場の脱衣所にしかないこと。以前はシャワールームにも設置していたこともあった。
ちなみにトイレは各階にあり、男性用は小が数台、ウォシュレット付き洋式タイプも数台あり、許容範囲の清潔度だ。
というわけでプラス項目、マイナス項目ともに見受けられる「ホテル来山」だが、本来の良さは外国人観光客とダイニングなどで交流できるのが大きい。
さらにミニキッチンには炊飯器やトースターなどもあり、モーニングにはコーヒーが無料で飲める。コミックスペースや無料PCコーナーまで。コロナ禍が落ち着いて、またインバウンド需要が見込まれるようになれば、その本領を発揮するだろう。それまでも以前よりも低価格で宿泊できるゆえ、大阪宿泊の1候補として、僕は十分に「あり」だと思った。
ちなみに深夜2時から5時までは玄関のシャッターが閉まるが、フロントには24時間スタッフがいるので、インターホンを押せば、脇の扉を開けてもらえるので、実質、門限は無い。
西成の夜は閑散としていた
さて、西成の夜の飲食店はどうであろう?
コロナ禍においては全国的に夜の繁華街は閑散としている。そこで僕はまず、JRの線路の北側にある、ジャンジャン横丁へと向かった。というのは午後7時の時点で、かなりの西成の居酒屋・立ち呑み店がすでに閉店していたのだ。
10年位前にはまだ危険な雰囲気を漂わせていた高架下などは、ここ数年で驚くほどクリーンな雰囲気へと変わった。定期的に警察官も巡回していて、何かあれば対応している。ガード下を通り、ジャンジャン横丁へ。しかし、こちらも悲しいほどに閑散としていた。飲食店は、ところどころは空いているものの、お客がほとんど、いない。
通常であれば溢れんばかりの人で賑わう、どて焼きやおでんが人気の立ち呑み「のんきや」も、すんなりと入れるほど。もっとも、目と鼻の先にある新世界「づぼらや」も閉店し、街全体が寂しさに拍車をかけている状態である。
しかし、孤軍奮闘する店舗も
とはいえ、個店ベースでは奮闘している店舗も数軒存在した。
西成地区では、新しく居酒屋などの飲食店を始める方も少なくない。例えば2018年1月にオープンした「銀仁(ぎんじ)」。こちらは、YouTuberの投稿がきっかけとなり、今や西成で一番ブレイクしている立ち呑み店。
ご主人などの優しいキャラもあり、大評判だ。もちろん料理も旨く、「ポンチュー」など珍しきドリンクもいい。
また2019年8月にオープンした「スタンド八とり」。鶏焼き肉をセルフ、しかも立ち呑みスタイルで気軽に味わえる。
僕的にはミックス盛がイチオシ。こちらは朝9時から営業しており、午前11時まで「モーニングセット」(お好きなドリンク+ハーフ盛で500円)があるのも特徴。
とはいえ、まだまだ西成全体としては盛況には程遠いのが現状だ。今後はGo To トラベルキャンペーンが東京都民も対象になり、ゆくゆくは海外からの渡航も再開するであろう。もちろん新型コロナウィルスに気をつけながらも、早く以前のように活性化することを願うばかりだ。
■プロフィール
はんつ遠藤
1966年東京生まれ。早稲田大学卒。不動産会社勤務を退職後、海外旅行雑誌のライターを経て、フードジャーナリスト&C級ホテル評論家に。飲食店取材軒数は1万軒を超える。主な連載は「週刊大衆」「Ontrip JAL」「東洋経済オンライン」など。著書は「取材拒否の激うまラーメン店」(廣済堂出版)など27冊