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サスペンションとはなにか


おなじみFF車用のリヤリジッドサス=トーションビームアクスル(TBA)はリジッドサスの進化形。なぜなら左右輪が逆相にストロークするときは独立懸架式のセミトレーリングアーム式サスのようにアライメント変化するからです。


TEXT:福野礼一郎(FUKUNO Reiichiro)

 第10回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その9では現代の小型FF車のリヤサスの定番である中間ビーム式TBAの自由度計算をしました。

 左右のタイヤ+ハブ+ハブキャリヤが機構学的に連結しているリジッドサスの場合、左右輪が同時に上下(同相)できる自由度と、左右輪が逆に動く(逆相)自由度の2つを持っていないとリンク機構学的に成立しませんから、リジッドサスペンションの定義:「左右タイヤに2自由度(の運動)を許容するリンク機構」であるというのが原則です。




 しかし中間ビーム式TBAでは、左右を連結しているU字型やV字型、パイプを潰した断面などの「クロスビーム」や「ビーム」と呼ばれる部位が「曲がりつつねじれる」ことによって左右輪が逆相にも動くように設計してあるため、残自由度1しかなくてもちゃんと逆相ストロークもできる、ということでしたよね。

中間ビーム式トーションビームアクスル( TBA)

構成要素:1(総自由度6) 軸拘束「-5」×1ヶ所 残自由度「1」


*ビームのねじれ/曲げ変形によって2自由度を確保




 上の図は左右輪が同相でストロークしている場合で、このときの作動は左右のマウントを結んだ仮想軸周りに生じます。サス全体が軸支持でぱたぱた動きます。




 一方下図は、左右輪が逆相に動いている場合です。


 左右輪が逆相でストロークした場合、左右輪を繫ぐビームがねじれます。そのねじれの中心が、ビームの図心(重心)位置ではなく、そこから少し離れた位置にある「剪断中心」の線上にくるように設計してあるのが中間ビーム式TBAの普通です。

 ビームがねじれても、ビームのちょうど真ん中の剪断中心は不動です。なので左右の車輪はそれぞれ、剪断中心と、TBAのボディ側のマウントを結んだ、図で赤い1点鎖線で示した仮想軸周りにストローク作動していると考えることができます。




 実はこの動きは独立懸架式のセミトレーリングアーム式サスにそっくりなんですね。

中間ビーム式TBAのアライメント変化

 独立懸架式のセミトレーリングアーム式サスの特徴は、サスがバウンドしたとき(縮んだとき)にタイヤにネガティブキャンバーがつくことです(→サスを後ろから眺めたとき、ストロークに応じてタイヤがハの字に変位していくこと)。


 それとともにトーもイン側に変位します(→サスを真上から眺めたとき、サスが縮んでいくのに応じてコーナー外側輪が操舵方向に切れ込むように変位していくこと)。




 コーナリングで車体がロールしたとき、操縦安定性への影響力がより大きい外側輪に対してネガティブキャンバーとトーインがつくと、タイヤのグリップ力が高くなり操縦安定性が増します。実際には操縦安定性への影響力はキャンバー変化よりトー変化の方がはるかに支配的なのですが。




 中間ビーム式TBAは、左右輪が同相でストロークするときは、普通のリジッドサスと同じでタイヤの対地キャンバーは変化しません。


 しかし左右輪逆相でストロークしたときは、独立懸架式のセミトレーリングアーム式サスと同じように、バウンド側=旋回外側輪にネガティブキャンバーとトーインがつきます。


 つまり「リジッドサスなのに独立懸架式サス的なアライメント変化をするサス形式」といえます。




 この変化特性は、ビームの断面や肉厚などの設計、剪断中心の設定などによってチューニングできます。ここが中間ビーム式TBAの設計の妙味です。




 自由度1の過拘束リジッドサスである中間ビーム式TBAは、独立懸架式サスの要素も少し合わせ持ったリジッドサス、つまりリジッドサスの進化形とみなすことができるでしょう。


 ここが世界中の小型FF車がこぞって採用してきた理由だと思います。

中間ビーム式TBAのコンプライアンス変化

 しかし中間ビーム式TBAには小さくない欠点があります。


 乗り心地と操縦安定性が背反しやすいということです。




 中間ビーム式TBAでは前方2ヶ所にしかサスの車体マウント部がないですね。しかもそのマウント部は乗り心地を考えてゴムブッシュ式にしてあります。


 だからコーナリングしてタイヤから横力が入った瞬間、サス全体がパッシブに変位して、左右後輪が前輪とは逆向きに切れるような動きをします。「逆相に切れる」と言ってもいいでしょう。




 サスペンションがストロークすることで生じる機構学的な変位を「アライメント変化」と言いますが、ゴムブッシュによって生じるこうした変位は「コンプライアンス変化」といいます。乗り心地を良くするためにマウント部のゴムブッシュをソフトにしたり容量を増やしたりすればコンプライアンス変化は大きくなりますが、中間ビーム式TBAでも同じです。


 


 横力によるコンプライアンス変化によって、操縦安定性への影響が強いリヤ外側輪がトーアウト=旋回方向にパッシブで操舵されることを「横力トーアウト」といいます。


 リヤサスが横力トーアウトにコンプライアンス変化しやすい特性を持っていると、クルマのコーナリング挙動は不安定化します。これを「オーバーステア」などとも表現しますが、経験的にいうとほんのわずかな横力トーアウトであっても、操舵した瞬間のステアリングの手応え=反力感が弱くなってハンドルが頼りない感じになります。




 中間ビーム式TBAというのはそのようになりやすい基本特性を持っているリヤサスと言うことができます。

【参考余談】


 4WS=4輪操舵機構では、リヤタイヤを前輪と同じ向きに切る(=同相操舵)と安定感が増し、前輪とは逆方向に切る(=逆相操舵)と小回りが効きます。なのでBMWの大型車のように同相/逆相両方ができる4WSでは、高速走行時には同相操舵、パーキングスピードでは逆相操舵と使い分けています。もし高速走行中に後輪を逆相操舵したら、挙動が不安定化して危険極まりない操縦性になってしまいます。




 中間ビーム式TBAの横力トーアウト傾向を弱めるためには、デフォルトでサスにトーインをつけておく方法が有効ですす。左右輪ともにあらかじめタイヤが内向きになるようにサスを設計しておけば、横力がかかったときの外側輪の一瞬のパッシブ・トーアウトへの変位を緩和できるからです。


 ただしこれをやると走行抵抗が増え、燃費が悪化すると同時にタイヤの磨耗も早くなります。なのでいまデフォルト・トーイン(サスの世界では「イニシャル・トーイン」といいます)を積極的にやろうとするクルマは少数派でしょう。

VWのトー・コレクト式

 そこでフォルクスワーゲンは、中間ビーム式TBAの車体へのマウント軸を斜めに配置し、横力がかかったときにサス全体が一瞬坂を駆け上がるように平行に変位して、トー方向の変化が緩和されるようにするという天才的なアイディアを考案しました。 


 これが「トー・コレクト式」です。


 あまりにも妙案なので世界中のTBAが追従し、いまではすっかり中間ビーム式TBAの定番になりました。


 ここでの図もトー・コレクト式で描いてあります。

 トー・コレクト式の場合でも、図の赤線のように左右の取り付け部を結んだ仮想軸を中心に、サスは同相ストローク作動していると考えることができます。ただし直感的にお分かりのように、作動の仮想軸と実際のブッシュ軸の向きがずれているわけですから、同相でサス動くときにはゴムブッシュをこじる感じになります。これがサスのストロークの摩擦抵抗=フリクションになります。




 またブッシュの構造を軸方向には柔らかく、かつ軸直角方向(=コンプライアンス方向)には硬くしておかないとサス全体がスムーズに斜行せず、トーアウトのキャンセルがうまく働かないというセッティング上の制約があります。




 つまりトー・コレクト方式は「操縦性はいいけど乗り心地では不利になりやすい方式」ともいえます。

新世代の中間ビーム式TBA

 ハイブリッドやEV化でバッテリーのためのスペースが要求されるようになったこともあって、Cセグメントでも中間ビーム式TBAが復活してきていますが、それとともに中間ビーム式TBAの改良に挑むメーカーが増えてきました。




 4代目トヨタ・ヤリスKSP210系は「中間ビーム式TBAは、左右輪が逆相でストロークするときは独立懸架式のセミトレーリングアームのようにアライメント変化する」という特性を念頭に、ビームの中央部をわざと上方に湾曲させてビームのねじれ中心(せん断中心)の位置を高め、逆相ストローク時の仮想トレーリングアーム軸を傾斜させることによって、左右逆相にストロークしたときのキャンバー変化とトー変化の変位量を大きくして、操縦安定性をあげるという設計を行っています。




 乗り心地が悪くなる傾向があるVW式トー・コレクトタイプをやめるTBAも出てきています。その代表はなんと当のVW。上記のトヨタ・ヤリスも同じです。




 一方マツダ3はトー・コレクト式を引き続き採用しながら、ブッシュをしっかり固めて、横力トーアウトのキャンセルが理論通りに働くようにセッティングしています。


 それによって生じる乗り心地の悪化については、ボディを改良・強化することによってその悪影響が乗員に伝わりにくいようにしています。これぞまさしく王道の設計といえるでしょう。


 マツダ3に乗ってみるとトー・コレクトタイプをやめたヤリスやVWより操舵の手応えがよくリヤの安定感が高く、しかも乗り心地もそんなに悪くないという、実に素晴らしい結果が出ていました。




 しかしこの点ではルノー・ルーテシアもなかなか悪くないし、プジョー208はさらに操縦性と乗り心地の両立が絶妙です。




 乗り心地と操縦安定性が背反しやすい中間ビーム式TBAの出来栄えは、自動車メーカーの「やる気」が垣間見える面白いリヤサスだといえます。

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