ボクはふと考えた。
クルマのカスタムを始めるということは、そのクルマへの愛情を失いつつあるからではないか。
そして、その失われてゆく愛情をクルマに悟られまいとして、
もしくは無理やり自分に「まだこのクルマに愛情を失っていない」と納得させるためにカスタムをするのではないか、ということだ。
カスタムには2パターンある
ボクの場合、「カスタム」には二種類あると思っている。
「予定していたカスタム」と、「予定外のカスタム」だ。
「予定していたカスタム」とは、たとえば購入前から思い描いていた構想を実行に移すことだ。
そのクルマを購入する前から、「納車されたらこうしよう」と考えているカスタムであり、 ホイールの交換や、ペイント・ローダウン・ラッピング・エアロパーツの取り付けなどによって、 事前に考えたイメージを実現するための行動を指す。
問題は「予定外のカスタム」だ。
これに手を付けることは、すなわちそのクルマから心が離れかけているのを
カスタムによって「つなぎとめようとしている」のではないか、とボクは考えている。
よって、今回ここでいう「カスタム」とは、「予定外のカスタム」だと捉えてほしい。
予定外のカスタムには、いろいろなきっかけがあると考えられる。
パーツが消耗してしまい、交換するならいっそ純正ではなく社外品に、という場合がそうかもしれない。
不幸な事故によってパーツが破損し、やはり「じゃあ前から欲しかったあのパーツを」というケースもあるかもしれない。
もしくは、そのクルマを購入したときには存在しなかった選択肢が突如として登場(パーツとして発売)されていることだってあるだろう。
これらについては、さほど問題ではない。
カスタムを行うのは、そのクルマに不足を感じるから?
ぼくが問題視しているのは、たとえばほかのクルマを見たり乗ったりして、それに触発されて始めるカスタムだ。