夏鳥のツバメ、カッコウ、チュウサギ、アマサギなどの姿はとうに消え、かわりに北から冬鳥のカモやハクチョウの姿が見られる季節となりました。一方で季節とかかわりなく留鳥として身近にいる野鳥も多くいます。中でも都市環境では他のどんな鳥よりも多く見かける鳥といえばハト(ドバト)でしょう。最近では迷惑害鳥ワーストの地位はカラスやムクドリをしのぐものがあります。ではどうしてハトは人の(都市の)そばに多いのでしょうか。
素嚢乳で夫婦で子育て。ハトの繁殖力の強さとは
ハト科(Columbidae)は世界に約320種が知られ、極地以外のあらゆる自然環境に進出し、繁栄している鳥類です。日本には亜種を含めて13種が生息分布していますが、大半は島嶼や局所分布で、ふつうに全国で見られるのは、在来種のキジバト(雉鳩 Streptopelia orientalis)と、中央アジアに起源をもつカワラバト(河原鳩 Columba livia)の飼養個体が野生化したドバト(Columba livia var. domestica) の二種類です。特に都市部で多く、公園などで群れをなしているのを見かけるのがドバト(単にハトとも)。
およそ1万年前のシュメール文明に半家禽化されていたともされ、古くから肉や卵の食用として、そして生来なつきやすく穏やかな性質から、コンパニオンアニマルとして親しまれてきた野鳥です。
ご存じの通り、首周りの虹色に輝く構造色、桃色の短いがっしりした足の他は、全身の基本色はグレーですが、濃灰からライトグレー、黒、青灰、アンバー、茶、白の羽色が個体ごとにランダムに交じり合い、同じ種でありながら羽模様はバラエティに富んでいます。
原産地の野生種は主に乾燥地の岩場の崖に営巣、逗留するため、世界中の都市のビルや家屋などのベランダや配管部分をそれに見立てて塒(とや)とし、育雛の巣がけ(適度な高さと分枝してよく葉の繁る樹木がある場合は、葉陰となって外敵に見つけられにくい樹冠にも好んで営巣)をします。
植物食の強い雑食ですが果物や肉類は好まず、穀物をもっとも好みます。
子育てはつがいの雌雄で行いますが、ハト類が他の鳥類と比べて有利なのは、オスもメスもピジョン・ミルク= 素嚢乳(そのうにゅう)を分泌して雛に与えられることです。ピジョン・ミルクは哺乳類の母乳とは異なり、抱卵期間中の親の素嚢(消化管の一部が食べたものを一時的に保存しておけるように変化した鳥類の器官)内壁が肥厚して、哺乳類の母乳よりもたんぱく質や脂肪分に富み、ミネラル分も豊富な育雛用の特別な液体です。ハト類は、他の鳥のようにせっせと高たんぱくの昆虫を捕獲して与えなければならないせわしなさや季節による獲物の増減にほぼ左右されずに子育てができるのです。このため、厳寒の時期を除いてほぼ一年中繁殖ができるというわけです。
さらに、都市部の豊富な食料(人間の食べ残しや給餌)や、天敵(猛禽類やヘビ、イタチや野良猫など)の少なさがあいまって、世界中の都市でドバトは大繁殖していて、その数は約4億羽と見積もられています。
人間との距離が近く、また数が多い分、人の密集した地域では、糞や羽毛、鳴き声などが迷惑がられる典型的な都市害鳥の代表種でもあります。
ハトの糞尿は金属腐食を起こしますし、カビのすみかとなってクリプトコックス症を引き起こします。他にもオウム病、サルモネラ中毒、トキソプラズマ症などを媒介し、人体や都市環境に害をもたらすとも言われ、ドバトを雑菌まみれの「翼のあるネズミ」と忌み嫌う人もいるようです。
その上、同じ都市鳥でも害虫をせっせと捕食してくれるムクドリのようには、ハトは虫を食べませんし、スズメやツバメ、シジュウカラのようにかわいらしさで癒してくれるほどの外見でもないため、図々しく公園や道端に集団でたむろして町を汚しているだけ、とも思われがちです。実際ハトがいなくなったって何も困ることはない、と考える人も多いかもしれません。
未だ解けない帰巣能力の謎。その秘密は眼球にあり?
カワラバトの高さ100メートル以上にも舞い上がる強い飛翔力。そして1,000kmを超える遠方から、自身の巣に帰ってくる高い帰巣能力。古代ローマ時代からその能力を強化した伝書鳩が開発され、無線技術が発達する20世紀半ばごろまで、伝書鳩による遠距離連絡は、最速の通信手段でした。
もちろん、渡り鳥には繁殖地と避寒地/避暑地の間の何万kmもの距離を往還する種もいますが、ドバトは留鳥であり、ごく短い距離の季節移動はあっても、渡りをするわけではありません。その帰巣能力の不思議さについては、近代以降多くの研究者がさまざまな推測の元実験を繰り返してきました。
太陽の高度や恒星の位置(星座)をコンパスにして、それをもとにして飛んでいるとする説。
渡り鳥と同様に地磁気を感知して、自身の位置を把握して帰巣しているとする説。
優れた視力と記憶力で、地形や目標物を把握して、それらを目印に帰巣しているとする説。土地特有の匂いを記憶して帰巣しているとする説。
しかし、目にコンタクトレンズをいれて物がはっきり見えないようにしても、三半規管を切除しても、嘴にマグネットをつけて地磁気を感じられないようにしても、多少は時間がかかったり失敗率が高くなりながらも、完全に帰巣能力を封じることはできなかったのです。
これらの事実から、ハトは感覚から得られる情報を複数駆使して、たとえば曇天のときに太陽や星が見えなければ光の角度を参考にしたり、磁気センサーの感度をあげるなどして、地上の目標物を観察していることがわかってきました。
また近年では、ハトは超低周波を聞き取る聴力によって自身の巣の周辺の地形を脳内でマッピングしており、帰巣の際には低周波をさぐって地形を探り当てていることもわかってきており、単に巣の方向や距離を感知しているだけでも、目標物を記憶しているだけでもなく、絵地図を脳内で構成し、そのナビゲーションをたどって帰ることができるということがわかってきたのです。
ところが、これらの複合的センサーをすべて封じてもなお、帰巣できるハトがいたのです。
そこでついには(原理の詳しい説明は割愛しますが)、ハトの網膜に存在するクリプトクロームという物質が、光を受容することで量子もつれ(離れた場所にあるまったく無関係の電子が同期して紐づけられる量子力学最大の不可思議現象の一つ)を起こして、ハトと巣とがつながり、そのつながりをたぐって帰巣するのだというにわかには信じがたい説すら、この10年ほどの間に真剣に論じられてきています。
人間のサイズに変換すると、グレープフルーツほどもある巨大なハトの眼球は、多くの鳥類や蝶と同様に人間の色覚がS・M・Lの3つの受容視細胞(錐体細胞)を持つのに対し、5種もの視細胞を持ち、人間が受容できない色スペクトルを感じることができますし、その優れた視力によって、画家の筆致を見分けたり、文字の誤字脱字を見つける校正の能力すら獲得できます。
カラスやオウムなどと比べて脳のニューロンは少ないにもかかわらず、類人猿やタコ、一部の高等動物しか不可能な鏡像認知能力(鏡に映った自分を、他者ではなく自分だと認識する能力)も身につけることができます。たとえばセキレイなどは鏡像認知ができないために、鏡に映った自分の姿を敵と感じて攻撃を繰り返します。えてして「頭が悪い」と思われがちなハトですが、実は相当賢い生き物なのです。
ハトの眼球にこそ、ハトの賢さととんでもない能力の秘密が隠されている可能性は十分にあります。
古代から未来まで…「鳥類のネコ」たるハトは人に変わらず忠実だった
ニワトリやアヒル、ガチョウは典型的な家禽鳥類ですが、原種に当たる野鶏、カモ、ガンと比べると彼らは人間に飼養されやすいよう、形態や性質、能力を著しく変化させられています。それと比べると、ドバトは原種のカワラバトとほとんど変わらず、原種の性質のまま人間のそばに寄り添い、馴化し、役に立ってきたという面で、原種のリビアヤマネコとほとんど変わっていないと言われるイエネコとよく似ています。
近年、鳩レースでの帰巣率が下がっていて、帰ってこない個体が増えているといいます。これには、人間の携帯電話の普及による強力な電磁波がハトの能力の一部の妨げになっているという仮説に加えて、保護活動による猛禽類の個体数の回復により、襲撃されて命を落とすハトが増えているため、という推測もされています。
タカ類にとって、ハトは格好の標的であり、最も捕食数の多い獲物なのです。つまり弱体化した現代の森林の生態系では、生態系の頂点に立つワシ、タカ、フクロウ類の生存可能数は限られてきます。その分、都市で増加したハトが、郊外で猛禽たちの餌食となり、その個体数増加に寄与していると考えられるのです。
もともと猛禽の減少も、人間による森林破壊、環境汚染によるところも大きく、人類が決定的なダメージを自然界に与えるまでの猶予期間を、ハトたちが命を差し出して延ばしてくれているとも解釈できます。
2016年、フランスの企業「プルームラボ」が、ヨーロッパの大気汚染を調べるために、観測機器を取り付けたハトを飛ばし、大気汚染物質の濃度や分布を調査して成果をあげました。通信手段としての役割がなくなったハトの新たな活用法として話題になりました。ドローンでできるのでは?という声もあるかもしれませんが、ドローンを飛ばすには電力を消費しますし、ドローン生産にもエネルギーが必要です。今世界では、電力生産のためのエネルギー消費を抑制せねばならないなかで、それは矛盾しますよね。
そもそも都市でハトが多いのは、もちろん餌やりにも起因しますが、新聞社が通信用に伝書鳩を使い、各社に鳩舎があったこと、日清・日露・日米戦争を通じて、軍鳩が大量に導入されたこと、1964年の東京オリンピックでハトの飼育ブームが起き、鳩レースが活性化したこと、そしてこれらの伝書鳩が野生化(ドバト化)し、もともといたドバトと交じり合うことで数が増えたという経緯があります。
ハトが「公害」として迷惑がられるようになったのも、鳩レースブームが衰退し、人がハトを必要としなくなった1980年代ごろから顕著になっています。
優れた帰巣能力で、人間を助け共存してきたハト。かわいがってくれていた人間の近くは、彼らにとっての「帰る場所」です。ハトからすれば、人間が急に冷淡になり、憎しみの目すら向けてくることに、まるで豆鉄砲を食らったような気持ちなのではないでしょうか。
(参考・参照)
ナショナルジオグラフィック 2018年1月号 鳥たちの地球
6月28日 渡り鳥のコンパス分子:地磁気は目で感じる?(6月23日 Nature オンライン掲載論文) | AASJホームページ
Why Are There So Many Pigeons?(ライブサイエンス)
鳩大量失踪の謎。レースに参加した数千羽の鳩が行方不明に (2021年7月2日エキサイトニュース)