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次世代の水辺の主役候補、オオバンってどんな鳥?七十二候「鴻雁北(こうがんかえる)」


4月10日より清明の次候「鴻雁北(こうがんかえる)」となります。「鴻」とはハクチョウやヒシクイなどの大型のガンカモ類(鴻鵠というときには鴻がヒシクイ、鵠がハクチョウ)、「雁」は中~小型のガンカモ類のことで、冬の渡り鳥であるこれらのガンカモ類が、繁殖地であるシベリア地方などに帰っていく頃、という意味です。しかし、今シーズンの冬は暖冬で寒帯地方の雪が少なかったためか、ガンの国内越冬地のメッカである宮城県伊豆沼でも、ハクチョウの最多の飛来地である新潟県の瓢湖でも、早くも2月中旬ごろには多くのガンやハクチョウが早々に北に旅立ってしまったようです。冬鳥たちがいなくなるのは寂しいものですが、入れ替わるように夏鳥たちが南からわたってきます。また、近年数を増やして各地で留鳥化し、水辺をにぎわしている水鳥がいます。前身黒い羽毛に真っ白のくちばしが目立つオオバンです。


ポッチャリだけど意外にも万能選手なのです

ガンカモたちも、徐々に北へと帰りはじめ、寂しくなってきた春の水辺。でも近年、カルガモよりも目立って川で見ることのできる水鳥が存在します。クイナの一種、オオバンです。野鳥研究の聖地・山階鳥類研究所と鳥の博物館がある千葉県我孫子市は、昭和63年からオオバンを市の鳥に定めています。昨年はオオバンのぬいぐるみを売り出したところ、思いもかけない大人気で早々に売り切れてしまったそうですが、まだまだ一般的には認知度は高くなく、「オオバン」と聞いても思い浮かばない人が大半ではないでしょうか。

オオバン(大鷭 Fulica atra)はツル目クイナ科オオバン属に属する水鳥で、カモに見誤られますが、カモではありません。全長32~40cm、翼開長70~80センチほど。ずんぐりとしたゆで卵のような体型が愛嬌があります。何といっても特徴は、顔の真ん中、角質化した額の額板=がくばんとつながる真っ白なクチバシと、コントラストをなす黒い羽毛。「全身真っ黒」と言われがちですが、実は体の上部、肩から背中にかけてはうっすらとしたグレーで、光の具合によっては水色に見えることもある、なかなか美しい被毛です。赤い瞳と、青みがかって黄緑色の印象的なツル目らしい長い脚。そして長い指には「弁足」と呼ばれる指の一つひとつにヒレがついていて、植物の葉っぱのような独特のかたちをしています。

まん丸の胴体と、どこかとぼけた顔立ちから、どん臭く思われそうですが、実は運動能力の高い野鳥です。遊泳能力はカモと同等、潜水もカイツブリやウなどのスペシャリストに負けていません。地上に上れば、足の短いカモなどより、はるかにスマートに歩きまわり、地上の餌をついばみます。そしてもともと渡り鳥であることから、飛翔能力も充分。鉄人レース(トライアスロン)がもし鳥にあれば、優勝候補になるかもしれません。

日本のほぼ全国の広い湖沼や川などで、カモなど他の水鳥たちに混じって見られますが、かつては東北・北海道では夏鳥で、関東から西では冬鳥でした。現在でも冬になると暖地の個体数が増え、夏には冷涼地の数が増える傾向にありますが、かつてよりも留鳥化の傾向が高くなっているようです。それにつれて徐々に確認・観察される事例が全国で増え、特に2010年代に入ったころから滋賀県の琵琶湖で爆発的に生息数が増えて話題となりました。2015年には6万羽ものオオバンが琵琶湖で確認されたそうで、これは野鳥の数としては大変な数です。


バンとオオバン。紅白のクチバシのように対照的な近年の生息状況

オオバンとセットで語られる鳥がバン(Gallinula chloropus)です。同じツル目クイナ科であるバンは、オオバンよりひと回り小さく、羽色はややこげ茶に近い黒。クチバシと額の額板は、オオバンとまるで対比になっているような赤(クチバシの先端に黄色のポイントカラーが入ります)。かつては、バンのほうが一般的によく見かけ、オオバンはむしろ大陸からわたってくる珍鳥の部類に入っていました。昭和52年に発行されたポケット版の野鳥図鑑を見ると、バンは載っていてもオオバンは掲載されていません。しかし、近年になるほどバンを見かけることは少なく、オオバンを見ることは頻繁になって来ました。

バンは、オオバンと比べて、水鳥とは言ってもカモのように泳ぎに特化した生き物ではありません。むしろ、サギやシギのように足のつく浅い水場を歩き、採餌をするのが基本の鳥です。足のつかない深い水場にも、魚やエビなどを追ってよく出て行きますが、水かきも足についておらず、泳ぎの時には下半身に力を入れ、首を左右に振って必死に進みます。バンの生活にもっとも適した環境は、浅い水場が多くある水田と、その周辺の灌漑用水路などです。「バン」と言う名の由来は、水田にいつもいて「番をしてくれている」と昔の人が考えたためにつけられた、とも言われています。

そんなバンが減少した原因ははっきりしています。水田の減少です。かつては豊かにあった水田で、豊富に生きる水生生物や水草などを食べて生きていたのです。近年は水田自体も減少し、また水田もしばしば水を抜く栽培が主流となり、冬場は乾田化させてしまい、かつての湿田やそれに付属する葦原も減ってしまったため、バンは数を減らしているのです。

一方、オオバンはより広い湖沼や大きな川で集団で生活することを好むため、特に大きな影響は受けず、むしろ今まで多くが生息していた中国などの大陸での急激な都市化や水質の著しい悪化による餌の不足などで、日本列島に居住の場を移した、と推測されています。また、クイナ類の最大の天敵であるヘビが全体的に数を減らしていることも数が増えた理由かもしれません。大陸から移動してきたオオバンたちは、最初はもっとも大きい淡水環境である琵琶湖に集結していたようですが、やがて全国にちらばりはじめ、ここ数年は琵琶湖ではやや数が減らし、今年度の確認数は1万8千羽あまりにとどまったようです。


おおらか?ゆるゆる?オオバンの子育て事情

秋から冬にかけて、バンは単独で行動しますが、オオバンは冬に渡ってきたカモに混じったり、開けた湖や川でオオバンのみの大集団を作って生活するため、人の目につきやすくなります。オオバンは水にもぐるのが得意で、大食漢のため水面下の水草を千切り取ってよく食べます。周囲のカモたちはオオバンが水草をくわえて戻ってくると、回りを取り囲んで水草を奪い取ってしまいます。カモはかなり気の強い性格をしていますが、オオバンはおおらかな性格なのか、取られてもあまり気にしないようです。反面食べるものと採餌方法がかぶっているカンムリカイツブリには、たびたびキレられて追い回されていますが、これもあまり危機感も感じず、ちょっと逃げるふりをして受け流しているのもよく見ます。

そしてカモも北へと飛び去ったこの4月の始め頃から、オスメスがペアとなって繁殖期に入ります。オスがガマやアシ、イグサやマコモなどの茎を集め、メスが水辺の草陰の水面に、丸い浮き巣を作ります。10個前後の卵を次々に生んで、雌雄で交代で抱卵します。しかし卵の数が多くなると面倒になるのか、別のペアの巣に卵を持って行き、そこに托卵してしまいます。一応そちらの親鳥も数を数えてはいるようですが、やはりめんどうになると別の巣に持っていってしまったりするので、わけがわからなくなるのか数が結果としてあうことになるのか、どうにか収まるようです。約3週間ほど抱卵すると雛がかえります。孵った雛は、親とは似ても似つかず、顔全体が真っ赤な毛色で、頚部にかけては黄色の長い飾り羽、胴体はふわふわの灰色といういでたち。やがてすぐそれは生え変わり、地味目の黒っぽい色になるのですが、赤い頭の雛たちが、親鳥に必死にくっついて泳ぐ姿は、カルガモともまたちがうかわいらしさがあります。

給餌もオスメス二羽で行い、また4月から9月頃までの繁殖期間中、数回にわたって抱卵と育児を繰り返すため、その年に生まれた兄・姉たちが、雛の世話をして手伝う大家族的な習性を持ちます。しかし、そのようにして成鳥が協力して育てる割には、雛の生存率は高くなく70%以上は死んでしまうようです。

手賀沼や印旛沼などの繁殖地で何度か給餌の仕方などを見ていたところ、とうてい雛には食べられないような大きな水草をもってきてポンと渡し、雛が食いちぎれずに水中に沈めてしまい途方にくれている光景を目にしました。この全体におおざっぱな育て方が、もしかしたら生存率を下げているかもしれません。

ただし、オオバンの亜種であるアメリカオオバン(額の額板が赤くなる地域特性があります)では、雛の一羽だけを大事にして他の雛を無視し、ときに食い殺してしまう、などという観察例があるとかで、オオバンの育児はかなり残酷だという情報もあったりするのですが、筆者が知る限りそんな様子は見たことがなく、基本的に雛はかわいがって育てていました。餌の数や環境などの育児環境により、親鳥の行動にもかなり幅があるのかもしれません。

身近な野鳥となったオオバンの子育てが観察できるようになる季節です。是非探して観察してみてください。おおらかでちょっととぼけたこの愛らしい鳥のファンになるかもしれませんよ。

原色 野鳥 (柳澤紀夫 家の光協会)

渡り鳥飛来状況調査 2018年秋~2019年春

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