11月2日より、霜降の末候「楓蔦黄(もみじつたきばむ)」となります。意味は「楓(かえで)や蔦(つた)が黄葉する」という意味で、秋が深まり、植物が高地や北国から次第に色づいていく頃を現しています。大部分の平地では本格的な紅葉シーズンははもう少し後になりますが、寒冷期であった江戸時代には、江戸や上方でも木々が色づく時期だったのでしょう。ともあれ、「楓蔦黄」?赤く染まるのを誰もが知っている楓=カエデが「黄ばむ」とはどういうことでしょう?
まずは「紅葉」のメカニズムをおさらいします
ご存知の通り、紅葉(または黄葉)と総称される、晩秋に落葉樹が色づく現象は、葉の緑色を作り出している葉緑素クロロフィルが、冬が近づき老化が始まると同時に崩壊し、別の色素が生成されることで発生します。冬に向けて水分の蒸散や凍結による温度低下を防ぐためのみならば、そうした色素をわざわざ生成させる必要はないため、なぜ植物が紅葉するようになったのかは、さまざまな推測がされていますが、はっきりとした理由は解明されていません。
赤い色素のクリサンテミン(シアニジン3グルコシド)を生成して赤く色づく紅葉(ハゼ、ヌルデ、ヤマウルシ、ガマズミ、イロハカエデ、ヤマモミジ、カキノキなど)、崩壊速度の遅いカロテノイドが葉に残存すると黄葉(イチョウ、イタヤカエデ、アオギリ、アオハダ、ユリノキ、アカメガシワ、レンギョウなど)、茶色の色素のフロバフェンが生成されると褐葉(ケヤキ、クヌギ、ブナ、ミズナラ、トチノキ、チドリノキ、カラマツ、クリなど)と、大きく分けて三種類がありますが、楓=カエデといえばその中でも、典型的な赤く色づく「紅葉」の代表格。もちろん黄色く色づくヒトツバカエデやイタヤカエデもあるのですが、大部分は鮮やかな赤となるため、紅葉はもみじと読み、もみじはカエデの別称にすらなっていますよね。しかし、七十二候では「黄」です。どうしてでしょうか。
「黄色い楓」の正体とは…
実はもともとは七十二候でも「紅」でした。
日本最初の和暦・貞享暦の七十二候では、霜降の次候が「蔦楓紅葉(つたもみじこうようす)」で、これを宝暦暦では末候に移動した上で「楓蔦黄」と変更しているのです。「蔦楓」を「楓蔦」と順序を入れ替えたことも、もしかしたら何か意図があるのかもしれませんが、何より貞享暦編纂者・渋川春海が「紅葉」としているのに、宝暦暦編纂者・土御門泰邦はあえて「黄」に変更しているのです。七十二候鳥獣虫魚草木略解(春木煥光)ではこの候の「楓」を
楓は和産なし 和名鈔に をかつらと訓し 又むまかいてと云 皆非なり
享保年中に漢種渡り 東都及び日光山にあり 樹直上して大木となる
葉大なるものは四五寸三尖にして鋸歯ありて 地錦(つた)の葉の如し 秋に至り 黄色にして落つ
とあります。わかりにくいので解説しますと、
「楓」には日本に原産のものはなく、古来楓と称するものは牡桂などと呼ばれるものがあるが、ここで言う楓ではない。享保年間に中国大陸から輸入され、現在は江戸や日光に生育している。木はまっすぐ直立して大木になる。歯は大きなものは12~15センチ、三裂して葉の先端が尖り、周縁には鋸歯がある。秋になると黄葉する。
いわゆる私たちが「カエデ」というときに想像するイロハカエデやヤマモミジなどとは大きく異なる植物であることがわかります。
和名鈔(和名類聚抄 931~ 938年)の著された平安時代には、「楓」とはオカツラ(男桂・牡桂)で、現在ではサンカクバフウ(三角葉楓)、タイワンフウ(台湾楓)などの名でも呼ばれる、モミジバフウ(紅葉葉楓 Liquidambar formosana)のことでした。独特のトゲトゲとした丸い実が付き、普通のカエデよりも遥かに大きな、メープルのような五裂した葉は、きわめて鮮やかな赤、ところどころ紫や藍、オレンジなどが混在し、不思議な七色の紅葉を見せます。
しかし、この木は七十二候で言われる「楓」ではない、と七十二候鳥獣虫魚草木略解の著者・春木煥光は言うのです。
煥光が叙述している楓の特徴にあてはまるのはトウカエデ(唐楓 Acer buergerianum)。別名三角楓と言い、享保9年(1725)に清国から幕府に寄贈され、後に全国に広がりました。秋には色づきますが、まず濃い黄色に色づき、次第にオレンジへと変化していく黄葉を見せます。大きな葉は浅く三つに切れ込んだ形で、英名も「三叉」を意味するTridentで、春木の記述と合致します。
つまり、貞享暦では赤く色づく古来からのオカツラ=モミジバフウを「蔦楓紅葉」で織り込んだのに、宝暦暦では享保に日本に移入されてさほど間もないこのトウカエデを七十二候に織り込んだ、ということになります。新しいものを取り込もうという意欲だったのでしょうか。ともあれ、トウカエデもモミジバフウも、大きめの公園や街路樹などの都市部に植樹されていることが多いので、是非その美しい紅葉をご覧ください。
紅葉狩りの名わき役・美しい木の実にも注目!
野山が紅葉で色づく秋は、さまざまな木の実がなる季節でもあります。カラフルな木の実たちも、秋の野の大事な主役です。いくつかご紹介しましょう。
人里の垣根や林の縁などにもよく見かけることの多いノブドウは、実の色が青、紫、白、緑、赤・・・と多様な色が同時についてよく目立ち、見ているだけで楽しくなります。でも、「ブドウ」と名が付いていてもこれは食べられません。食べられる野生のブドウはヤマブドウで、こちらはノブドウよりも高い位置に実が付いていて、実は黒いためあまり目立ちません。果実酒やジュースとして利用できます。
ゴンズイは、山野に普通に生える落葉小高木で、秋の初めのころから晩秋にかけ、比較的長い期間実をつけます。真っ赤な実鞘が烈開して、昆虫の目のように真っ黒でつやつやした実がのぞく独特のかわいらしい実を、木いっぱいにたわわにつけます。
秋の山野の実の中でももっとも美しいものの一つとされているのがサワフタギ。ハイノキの仲間の常緑の落葉低木で、10~11月、目の覚めるようなコバルトブルーの実をつけます。同じ時期から冬にかけて真っ赤な大きな実をつけるアオキもそうですが、日本の常緑樹は見の美しい種が多く、もっと注目されてほしいものです。
このサワフタギに勝るとも劣らない美しいインディゴブルーの実をつけるのが暗い林下を好み群生するヤブミョウガの実。近づいてみると感嘆の声をあげたくなるような美しさです。
クサギは、もしかしたら11月には盛りをすぎている地域が多いかもしれませんが、一見の価値のある美しい実です。晩夏から初秋にかけて白っぽい花が咲いた後、その花が星型の赤い鞘に真っ青な実という印象的な姿に変身をとげます。
カラスウリの実は、定番ではありますがやはりその鮮やかな朱色の大きな実は、秋の景観としてはずせないものでしょう。夏の夜に咲くレース状の花も美しいのですが、やはり人目につくのは実のほうですよね。美味しそうには見えますが、きわめて青臭くて不味く、「カラスウリ」と言う割にはカラスも食べずにいるために、冬になっても多くがぶら下がったまま。ただ、中に入っている種子は「玉梓(たまずさ)」と呼ばれ、大黒様の姿にも見立てられて、縁起物として財布の中に入れておくと良いという俗信があります。
これから全国の紅葉の名所にお出かけの予定を立てていることと思います。紅葉狩りの際には、そんな秋の草木の実にも目を向けると、一層楽しく充実したものになるのではないでしょうか。