厳しい暑さも少しずつ衰えて、次第に秋が始まりつつあります。今年の暑さはとりわけ厳しいものでしたが、9月に入って秋の気配を様々なシーンで感じるようになりました。
例えば、青い空にもくもくと積乱雲(入道雲)が広がっていた夏空とは異なり、秋になると空も装いを変えて巻積雲(うろこ雲)が多くなります。地上にいる私たちも、さわやかな空気にやれやれ……と一息つくと同時に、秋にはどことなく寂しい雰囲気も漂います。さわやかな明るさと寂しさが交錯するこの季節。そんな季節にぴったりの音楽・モーツァルトについてご紹介しましょう。
一番人気は、短調の20番と長調の23番?
モーツァルトの名前は誰でも知っているでしょう。
1756年にザルツブルグに生まれたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、オーストリアの音楽家で、交響曲から宗教曲、室内楽からオペラや歌曲まで、たくさんの美しい音楽を残しています。1971年に亡くなるまで、モーツァルトが残した曲の総数は700曲以上におよぶといわれています。
さまざまのジャンルがある中で、27曲も作曲しているのが、ピアノ協奏曲(コンチェルト)です。
キラキラと輝くような調べのピアノと、聴くものを包み込むようなオーケストラの豊かな響きが両方楽しめるピアノ協奏曲は、オペラのアリアを除くと、もっとも「モーツァルト的」かもしれません。
27曲あるうち、特に日本で人気が高いのが、第20番ニ短調K.466でしょうか。
あふれる悲しみを押しとどめようとするかのような旋律のくりかえしは、日本人好みかもしれません。ほのかに明るい第2楽章にも救われます。
短調の曲はこのほかにも第24番ハ短調K.491があり、するどい悲哀を感じさせる第3楽章、そして第2楽章の回想するような静けさは忘れがたいものです。
長調で一番美しいのは、なんと言っても第23番イ長調K.488でしょう。この曲も人気があります。
冒頭の流れるような旋律、第2楽章の陰りのあるメランコリックなメロディー、そして躍動しながらもどこか寂しげなメロディーが交錯しつつ、大きなクライマックスへといたる第3楽章は、モーツァルトの音楽の中でも白眉です。
おすすめディスク──ポリーニ、バレンボイムなど
このほかにも第19番ヘ長調K.459や映画『アマデウス』にも使われた第22番変ホ長調K.482、アンダ・ゲーザの演奏でスウェーデン映画『みじかくも美しく燃え』に使われた明るく透明な響きの第21番ハ長調K.467なども有名です。
モーツァルト前期の第11番ヘ長調K.413なども優雅な音楽です。
さまざまな名演奏が残されていますが、おすすめのディスクを挙げておきましょう。
第23番イ長調K.488であれば、なんと言っても第19番ヘ長調K.459がカップリングされたマウリッツオ・ポリーニ(ピアノ)とカール・ベーム(指揮)の共演によるものが、古典的で緻密でありながら、躍動感が溢れる演奏で、もっともすぐれています。
どういうわけか、ポリーニはモーツァルトの録音にそれほど積極的ではないのですが、このコンビで全曲入れてくれていたら……と思っているモーツァルトファンも多いかもしれません。
モーツァルトに対して微妙な立場をとっていたグレン・グルードは、第24番ハ短調K.491を弾いています。フランスのカサドシュも独特のスタイリッシュでのびやかな演奏です。
全曲が入ったセットですぐれているのはダニエル・バレンボイムの弾き振り(ピアノを弾きながら指揮をすること)盤、ハンガリー出身のアンダ・ゲーザの全曲集も弾き振りで、透明感のある手堅い演奏です。
ピアノ協奏曲には「カデンツァ」と呼ばれる、演奏者が即興で弾く(あるいは作曲する)部分が設けられていることが多いのですが、これを聴き比べるのも楽しみのひとつです。
──天高い秋の好天日などに空の雲を眺めながら、モーツァルトのピアノ協奏曲を聴いてみるのはいかがでしょうか。