7月4日は「7=な 4=し」にかけて「梨の日」。鳥取県東郷町(現 湯梨浜町)の「東郷町二十世紀梨を大切にする町づくり委員会」が、二十世紀梨の苗木が当地に1904年に移入され100年経った2004年に制定された新しい記念日です。一世を風靡した二十世紀梨も、今では他品種にシェアで追い抜かれ、梨の品種改良とトレンドは、年々変化を見せています。
「梨の日」というよりも「二十世紀の日」!でも今や…
「梨の日」は、梨の旬の季節でもない上に今世紀に入ってからの新しい記念日でもあることから、ほとんど知名度はありませんでしたが、6年前に突然「降臨」した船橋市の梨の妖精キャラ・ふなっしーが盛んに「7月4日は梨の記念日で自分の誕生日なっしー」と宣伝したことから、すっかり認知度が高まりました。今や鳥取県の特産とも言ってよい二十世紀梨ですが、誕生したのは千葉県松戸市。梨農家の家に生まれた果樹園芸家の松戸覚之助(1875~1934)が少年時代、近所の農家のゴミ捨て場に打ち捨てられていた梨の苗木を持ち帰り育てたところ、今までとは格段に違う美味しい実がなり、これを定着させた、というのは今や有名な話です。
そして、まさに二十世紀の名にふさわしく、この新種の梨は日本の梨の生産量一位を席巻しつづけました。二十世紀梨は、近代梨生産にとって最大のエポックメーキングな出来事だったのです。が、いつしかより甘味がつよい幸水・豊水といった梨に人気が移り、現在のシェアで一位の幸水はなんと全体の40%を占めています。次いで豊水が27%、続いて新高と二十世紀がほぼ並んで8~9%となっています。そう、二十世紀は現在では和梨の主流ではないのです。
赤ナシ青ナシってそもそも違いがあるの?不思議な青梨信仰
現在日本では、幸水、豊水、二十世紀、新高が作出のトップ4ですが、このうちいわゆる「青ナシ系」と言われる品種は二十世紀のみで、他は赤ナシ系です、とよく梨についての説明で語られます。このため、いかにも赤ナシと青ナシは別系統のように思われがちです。実際のところどうなのでしょう。
実は、系統的にはまったくそういうことはなく、たとえば幸水の母系には二十世紀がかけあわされています。味は品種により違いますが、赤ナシと青ナシとで区別される違いがあるわけではなく、どちらが優れても劣ってもいないのです。
赤ナシと青ナシの違いは、果皮の色に過ぎません。この違いはどこから生まれるのでしょう。赤ナシ系の梨では、結実して大きくなりはじめた果実が、5月下旬ごろから果実表面にある呼吸孔である気孔が果実の肥大化とともに裂けて、その亀裂をふさぐようにコルク層が形成され始めます。青ナシの二十世紀でも同様の過程をたどりますが、コルク層が形成され始めるのは6月中旬ごろからと少し遅くなります。コルク層の形成過程が急激な赤ナシでは、コルクの色である褐色が強くなり、緩やかな青ナシでは比較的コルク形成が少なく、元の果実の色である青緑色を残すことになります。
コルク層の多い果皮は果実の水分を閉じ込めつつも、外部との空気の循環を保つ機能があります。対して、コルク層の形成が少ない果皮では、蝋質のクチクラ層が厚く覆い、果実の水分を保つのですが、クチクラ層は空気の循環をほとんど遮断します。実は赤ナシが主流なのは和梨で、洋梨や中国梨では青ナシが主流なのです。
つまり、多湿な日本の梅雨の風土では、コルク層の多い赤ナシの果皮は空気の循環を維持することで腐敗を防ぐことができ、一方中国からヨーロッパの大陸の乾燥した気候に適応した青ナシは、乾燥地でも水分を蒸散させないように、蝋質の層、つまりワックスできっちりと覆っているわけです。千葉県の松戸市で突然変異(先祖がえり)的に作出された二十世紀は、一時期各地に苗木が移植され、栽培が始まりましたが、クチクラ層が多い果皮は傷つきやすい上に多湿な日本では病気にかかりやすく、乾燥した気候で比較的冷涼な鳥取県で、いわば安住の地を得た、といえるのです。
逆に言うと、ぶつぶつざらざらとした赤ナシの粗く見える肌は、温暖多湿な日本の風土に適応した姿である、ということができます。いたみやすい水気の多い果肉を新鮮に保つ赤ナシの果皮は、風通しのいい日本家屋や麻の着物、とでもいえばいいでしょうか。
ともすると見た目が茶褐色でざらざらした赤ナシを下劣な品種で、リンゴのような青ナシを高級品のように主張する風潮もありますが、決してそういうものでもない上、互いにかけあわされているものなので特別に区別すべきものでもないのです。
梨ってどうして「ナシ」と名づけられたのでしょうか?
約1万年ほど前に、中国の西南部、長江付近で産した梨は東西に広がり、西に至った梨は卵型、またはだるま型の洋梨となり、東に至った梨は日本で和梨となりました。日本には弥生時代ごろに伝わってきて、その時代に栽培されていた痕跡が残っています。
「なし」という名前の由来については、詳しいことはわかっていません。中の実が白いので「中白(なかしろ)」が縮んだのだとか、実のお尻の部分がご存知のようにリンゴと同様へこんでいるので、「端無し(つまなし)」からきているのだとか、芯に近い部分の果肉が酸っぱいので「中酸」=なかすと呼ばれていたものが変化した、などなどさまざまな説がありますが、どれも駄洒落のような思いつきじみている上、他の果実にもあてはまるものもあり、なぜそれがナシに特定されたのかを説明できておらず、こじつけの感が否めません。
唐代の中国ではナシのことを「梨子」と呼び、かたや近縁の同じバラ科のカリン(花梨 Pseudonia sinensis) やウケザキカイドウ(受咲海棠 Malus beniringo Makino)などの樹を指して「奈」と呼びました。そしてウケザキカイドウは日本では別名ベニリンゴ、またカラナシ(唐梨)といい、その実はリンゴとさくらんぼの中間のような形をしています。日本では、カラナシやカリンと形が似た実をつける、なじみが深いナシに「奈」をあてはめ、その実(子)であるナシの実を「奈子」(なし)と呼んだ、とするのがもっとも自然ではないでしょうか。
梨は水分が豊富なのは言うまでもなく、利尿・代謝を助けるカリウム、消化を助けるアルギン酸が豊富に含まれ、まさに暑さ対策にぴったり、夏から初秋に必須の果物。幸水からはじまって豊水、二十世紀、そして新高へと、品種を移しつつ続いていきます。それぞれに特有の美味しさがはっきりわかるのも梨の特徴。今年の夏は暑いようです。梨の早生種が出回るのが待ち遠しいですね。
梨(ナシ)の主な産地と生産量や食べ頃の旬
梨の種類と食べ頃