日本列島を生んだと伝えられている、イザナギノミコト&イザナミノミコト夫妻。一説によると、その夫婦生活を指導したのがセグロセキレイなのだとか! そんな事情もあって、結婚式場の調度品にはセキレイ先生(鳥です)の姿が描かれていたりするのですね。ところが。『古事記』をひもとくと、…あれれ。イザナギとイザナミ、なんだか理想の夫婦にはみえないんですけれど!? そもそも離婚しちゃってるし!!…というわけで、現代女子の視点から、日本の夫婦第1号の離婚裁判におけるイザナミさんの弁護を(依頼されてもいないのに)することにしました!
訴え その1・子作りに失敗したのが妻のせいにされ、やり直しさせられた
天のスペシャルなホコで海の水をかき混ぜて引き上げると…ポタポタとしたたり落ちた雫が、自ずから凝り固まって島の形になりました! これが「自凝(おのころ)島」で、場所はいまの淡路島周辺ともいわれています。この島でイザナギとイザナミは結婚したのですね。2人は無邪気にお互いの身体的特徴をカミングアウトし合い、「ねぇもしかすると、合体して国を産むためにこうなってるのかも?」と気づきます。そして早速、結婚の儀式をしてラブラブと床入り。こうして日本の島が次々に誕生しました。めでたしめでたし。
なのですが、『古事記』によると、この夫婦には新婚当初「不適切な」子が2回続けて産まれ、流して捨てたとあります。そのため天界に行き占ってもらったところ、結果はなんと「女性が先んじたのがいけなかった」との判定が! じつは結婚の際、男女が大きな柱の両側からまわり、出会ったところでお互いに「なんて素敵な人なんでしょう♪」と讃え合うのですが、当日はイザナミのほうが先に声をかけてしまったためにこんな結果になった、と指摘されたのです。帰宅した2人は初めからやり直し、今度は夫が先に声をかけて「立派な」島を次々に誕生させたといいます。
とはいえ…(神々に向かって何なのですが)この判定、とってもあやしい! そもそも、イザナギとイザナミは、じつは兄妹なのをご存じでしょうか? この世界のはじめに生まれ出た神たち「神世七代(かみよななよ)」の、末の双子。名前もそっくりですよね。「誘う(いざなう)」が語源といわれ、夫婦関係を司るペア神様として生まれました。あるとき目上の神々に呼ばれ、「海原に頼りな〜く漂っている脂みたいなものがあるでしょ。それをこのスペシャルなホコ(アメノヌボコ)で固めて、ちゃんとした国(日本)に作ってきて」とミッションを与えられて、下界に降り立ったのです。『古事記』は、中国の儒教の影響を強く受けている書物です。例えば儀式でまわる方向も、当然男性がより尊いとされる左から・女性は右からがお約束。神様といえども、男女の秩序は厳格に守るべし! ということなのですね。「もしや兄妹で夫婦になったから、不適切な子になったのでは?」などとは、もちろん誰も言ってくれなかったのです。
訴え その2・出産するために生き返れといわれた。お産が原因で死んだのに
さて、日本の国土を生み終わった後、2人はさまざまな神を誕生させていきます。家の土台をつくる神、門や屋根をまもる神、海の神や山の神、風、木、船、食べ物…等々、イザナミは子育てするヒマもなかった(必要なかった?)のではと思えるくらい、産んで産んで産みまくります。しかし、火の神を出産するときに、悲劇が! 生まれ出てくる赤ん坊の炎に焼かれて、下腹部を大火傷してしまったのです。瀕死の重症で息も絶え絶えになりながら、イザナミは吐いたものから鉱山の神、下から垂れ流したものからは、消火にも役立つ噴き出す水や土器をつくる粘土の神など、なんと病床でも壮絶な出産を続けます。そしてとうとう、力尽きて亡くなってしまうのです。
愛する妻を失ったイザナギは深く悲しみ、「おまえのせいだ!!」と怒って火の神の首を刎ねました(息子からすれば、生まれただけなのに!? という事態)。そして「そうだ、黄泉(よみ)の国にイザナミを迎えに行こう」と思い立ち、旅支度をします。地底にある死者の国に到着したイザナギは、神殿の閉まった扉の向こう側にいる妻に、なつかしく語りかけたのです。「愛しい妻よ。あなたと私でつくらねばならない国は、まだつくり終えていないのですよ。一緒に帰りましょう」。…え? おそらくイザナミは、このときちょっと引いたのではないでしょうか。文字通り死ぬほど出産してきた妻に、その過酷さを側で見ていたはずの夫が「まだ足りないから続きを産め」と言うのです。女性は産むことが使命。そんな男性の勘違いが、神話の時代からすでに定着していたことが伺えます。それでも、愛する夫に求められているのが嬉しいイザナミは、こう答えます。
「どうしてもっと早く来てくれなかったの? 私はこちらの食物を食べてしまったので、もう黄泉の国の者なのです。でも、私はあなたが恋しい…そんなにおっしゃるなら、帰れるようにがんばってお願いしてみます。だから相談中は、決して覗かないで」。ところが、妻がなかなか戻らないことに我慢できなくなったイザナギったら、扉を開けて不法侵入(←予想通りの展開)。そして灯りをともして、見てしまうのです。腐敗して悪臭を放ち、大量の蛆と雷の魔物に乗っかられた妻の変わり果てた姿を…! イザナギは絶叫し、一目散に逃げ出します。
訴え その3・自ら約束を破った夫は、私を汚れモノ扱いして1人で逃げた!
「約束を破って、私に恥をかかせましたね!」イザナミは、別人のように豹変します。逃げる夫を、黄泉醜女(よもつしこめ。想像を超えたルックスの予感)やら黄泉の軍勢やらに追いかけさせ、さらには自ら追ってきたのです。あれほど見られたくなかったはずの、醜い姿をさらけ出して。「ひぃ〜触るな」とばかりに、イザナギは妻の行く手を大岩でふさぎ、その岩越しに「離婚してくれ」。「そんな、ひどい。どうして? それが本当なら、私はこの先、あなたの国に住む人間を1日に1000人ずつ、くびり殺してやる」。するとイザナギは「それなら私はこちらの国で、1日に1500人の子どもを産ませよう」。こうして、この世では1日に必ず1000人が死に、必ず1500人が生まれるようになったのでした(神々の夫婦ゲンカによって生死が決められてしまう私たち人間の儚さよ…)。岩に阻まれて黄泉の国にとどまるイザナミは、「黄泉津大神(よもつおおかみ)」と呼ばれるようになりました。
さて、黄泉の国から帰ってきたイザナギは、なんだか気持ち悪くてしかたがありません。「ああ、なんて醜くて汚い国へ行っていたのだろう! 体もすごく臭い。全身を洗い清めて禊(みそぎ)をしたい!」。そこで服も旅行荷物も全捨てし、裸で水浴びします。洗うたびに神が生まれ出て(なんと父単独でも産めましたね)、このときアマテラスやスサノオも誕生したのでした。そして、汚れと一緒に、妻を裏切り「見ない約束」を破った罪もついでに水に流して、なかったことに!? 現代の政治家はじめ日本人の禊好きは、もう始まっていたようです。
「愛する妻が恋しくて迎えに行ったら、変わり果てた姿で凶暴化し、突然襲ってきたんです…」という、生き残った夫側の証言はさておき、死んでしまった妻側の訴えに耳をすませてみましょう。「やっと諦めがついた頃に愛しい夫が迎えにきて、それに応えたくて必死でがんばったのに、調整中の姿を勝手に覗かれて、苦労は水の泡…。第一、好きな人には美しい自分だけを見てほしかった! それなのに、「醜い」「汚い」「臭い」「恐ろしい」って、大声で叫びながら置き去りにされて、もう身も心もズタズタよ。だからはじめから無理って言ったのに。あげくの果てに、自分の世界に入って来られないように入口をふさいじゃうなんて。ひどすぎると思いませんか!? …イザナミはきっと、理不尽な扱いが悔しく、悲しかったに違いありません。歴史書である『古事記』の内容を暗記して伝承したとされる稗田阿礼(ひえだのあれ)という人物は、じつは女性(しかも複数)だったのではないか、と考える研究者もいます。たしかに『古事記』からは、女性として妻としてのイザナミさんの無念が伝わってくるような…編纂の目的とは別に、世の理不尽さと闘う姿が感じられる気がするのです。
セキレイ先生が男女の営みを教えてくれたばかりに、このようなドロドロの愛憎劇に!? そして男と女の間には、動かし難い岩があるようです。「これからは大変なこともありますよ。死が2人を分かつまで、心して添い遂げてくださいね!」と、結婚式場のセキレイ先生は教えてくれているのかもしれませんね。
<参考資料>
『古事記』武田祐吉・柳田国男 他(河出書房新社)
『橋本治の古事記』橋本治(講談社)
『日本人の〈原罪〉』北山修・橋本雅之(講談社現代新書)