秋を告げる寒蝉(ひぐらし)が鳴く時季です。「セミが怖い」という人は、じつはけっこう多いようです。そのおもな理由は、セミのもつ破壊力!? 虫としての大きさを完全に無視した大音量によって人の脳みそは掻き乱され、去り際にオシッコをかけられ、蝉爆弾でビックリさせられる! ミーン、ジー、シャ〜、ツクツク…等々いろいろ聞こえてきますが、いったいどれが「寒蝉」の声なのでしょうか? 生涯最後の夏を、お腹の底から歌い競うセミたち。耳で感じる夏の終わりのお話です。
お腹から声出してます。スピーカー機能内臓!
セミは鳴いているとき、お腹をモコモコ動かしています。「腹から声出せ〜!」などと人間も叱咤激励されたりしますが、セミはどうやら本当にお腹から声を出しているようです。思えば、幼虫として何年ものあいだ暗い土の下に潜伏し、満を持して地上に出て婚活している身(しかも残り時間わずか!)。中途半端な気持ちじゃ夏を過ごせませんね。とはいえ、小さな虫の体で、どうやってあんな大声を? 気合いだけで、あの破壊的なボリュームが出せるものなのでしょうか?
鳴くのは、オスだけ。背中の内側には左右に膜(発音膜)があり、貝柱のような強い筋肉(発音筋)につながっています。発音筋がちぢむと、発音膜が引っぱられて、音が出ます。発音膜は1秒間に約100回も伸びちぢみし、そのたびに音が出るのです。薄い金属板を凹ませるとペコン、と鳴るのと同じ仕組みなので、ためしに死んだセミの発音膜をピンセットでつまんで引っぱってみても、ちゃんと音が出るのだそうです。逆に、元気なセミでも、両側の発音膜に虫ピンでちょっと穴を空けると、とたんに歌えなくなってしまいます。
オスのセミを仰向けにすると、後ろ肢の付け根(胸の下方)あたりに、うろこのような固い板が2枚。めくってみると、その下にはぽっかりと大きな穴が! セミはなんと、この空っぽのお腹に音を反響させて大きくしていたのです。昆虫学者ファーブル先生の実験によると、空っぽになっている部分をハサミで切り落として指でふさいでみると、元気なセミはそれでもよく鳴きますが、低く、太い声になるのだとか…。また、その穴に紙の筒をラッパのようにしてあててみると、声はより大きく、より低くなるのだそうです。さらに、その紙の筒をガラス管に突っ込んでみたところ、まるで牛か怪物のうなり声に!? セミの「虫ばなれ」した大声は、お腹の拡声器によるものだったのですね。
夏の終わりに鳴く「寒蝉」は、ヒグラシではない?
セミは種類によって、声だけでなく、鳴く時期や時間帯もちがいます。夏のはじめにはまず、ニイニイゼミが「チィー」と鳴きはじめ、梅雨が明けるとヒグラシが「カナカナカナ」と鳴き出します。…あら? ヒグラシって、じつはそんな早いうちからすでに鳴いていたのですね! 「ギ〜ジリジリジリ」と、揚げ物をしているような声を出すのは、アブラゼミ。人間が鼻をつまんで「ミーンミンミン」と真似したくなるのはミンミンゼミ。体の大きいクマゼミは、声も「シャンシャンシャン」と大きくて、おもに関東より南にいます。そして夏休みが終わるのを名残惜しく感じる頃、「オーシ〜、ツクツク」と歌うツクツクボウシ(そのため、寒蝉鳴の「ひぐらし」とはツクツクボウシを指すのではないか、という説もあります)。よく聞こえてくるあの声は、なんのセミ? 「関連リンク」で鳴き声とセミの種類を確かめることができますよ〜!
耳鳴りの一種に「セミの鳴き声が聞こえて夜眠れない」という症状がありますが、実際に夜鳴きするセミも増えているのだそうです。セミがもっともよく鳴くのは25℃前後。近年は熱帯夜が多いことや、夜も街灯で明るいことなどが夜鳴きの一因と考えられています。じつは、セミには夜寝る習性はなく、ただおとなしくしているだけなんだそうです。また、飛べない雨の日も鳴きません。たいていのセミは、お日さまが好きなのですね。
そんななか、ヒグラシは朝早くまだ暗いうちか、夕暮れに鳴きます。日中でも、雨が降りそうに暗くなり、気温が下がると「カナカナカナ」と涼しい声で鳴きはじめるのです。まるで夏の中の秋を感じとって鳴いているみたいに。そういえば、ちょっと秋の虫が翅から出す音を思わせる、澄んだ響き…セミの声で暑さが癒されるなんて。「鳴き声に秋風を思い出す」不思議なセミを、昔の人は「寒蝉」と呼んだのかもしれませんね。
自分の耳は平気なの!? 蝉爆弾を回避する方法は…
ところで、セミの耳は発声器のすぐ近く(つまり左右のお腹の内側)についています。自分でうるさくないのでしょうか…。『ファーブル昆虫記』には、歌っている木の下で大砲を撃ってみても、セミは平気で歌っていた、とあります。鳴いている木に人が近づくと、セミはすぐ逃げてしまいますが、木の裏側にまわって手をパンパン叩いたりしても、セミは平気で歌い続けます。小鳥なら、どんなに足音を忍ばせても飛んでいってしまうのに。じつは、セミには眼が5つもあり、そのかわり耳はあまり聞こえないのでは、ともいわれています。けれど、そもそも歌う目的は、婚活アピールだったのでは!? 相手のメスも聞こえなかったら、元も子もないはずですよね。それとも、ミュージシャンの難聴のように、オスだけ耳が遠いという可能性も…?
詳しいことはわかりませんが、メスはやはり、どんな喧騒のなかでもちゃんと歌を聞き分けて、魅力的なオスを選んでいるようです。聞き取る音の範囲が人間とは違うのかもしれません。または、「耳が遠いはずなのに、悪口を言うとなぜか全部聞こえている」ように、生きものの耳は、瞬時に聞くべき音だけを選んで脳に伝えているということでしょうか。
夏の終わりには、落ちてひっくり返っているセミをよく見かけます。「蝉爆弾」とは、死んでいると思って近づいたとたん、いきなり大暴れするセミのこと。大声で鳴きながら顔にぶつかられ、心の傷になっている方もいらっしゃることでしょう。遠くから手をパンパン叩いても反応しないかもしれません。そんなときは、肢(あし)に注目です。きゅっと閉じていたら、たぶんそれはセミの亡骸。でも、ぱぁ〜と開いていたら要注意! 水鉄砲(←セミは濡れるのが苦手なので有効という噂も)などを所持していない場合は、速やかにその道を迂回してください!(住んでいる建物の入口付近にいたら、うちに帰れませんが!)…とはいえ。セミとしては「もう枝につかまるのも平らな床で寝返りを打つのも、しんどいんだけど最後の気力をふりしぼって飛ぶっ!!」という状況なので…コントロールがきかないのは、大目に見てあげたいですね。
地上の寿命は一週間として知られているセミですが、実際にはもう少し長くて、ひと月くらいとのこと。その生きている数週間にも、寒さに向かってゆく季節の変化を感じとり鳴いているのでしょうか。人に秋を告げながら、寒蝉が秋を知ることはありません。
<参考文献>
『ファーブル昆虫記3』奥本大三郎/訳・解説(集英社)
『鳴く虫の科学』高嶋清明、海野和男(誠文堂新光社)