春分の日も過ぎ、いよいよ春爛漫な気分も高まってきました。3月22日は「社日(しゃにち)」。簡単な漢字二文字の言葉ですが、聞きなれない人も多いかもしれません。「社」の語源もたどり、改めて土地と季節への思いを巡らせてみましょうか。
鳶ついと社日の肴領しけり
「社」は、産土神(うぶすながみ)を意味します。白川静(著)『常用字解』では「社」の解説の中で、「土は古く社(しゃ)の音で読まれ、社のもとの字である。」と述べられています。土の神そのものから、土地の神さまを祭る建物としての神社を経て、結社、会社などのように、人々の集団の意味に使われるようになった漢字なのですね。
社日は、五節句・二十四節気以外に日本独自に設けられた暦、雑節のうちのひとつ。春分および秋分に最も近い戊 (つちのえ) の日のことで、春の社日は春社、秋の社日は秋社とも呼ばれます。この「つちのえ(土の兄)」も、陰陽五行説の土に配されています。まさに土づくし。
もともと社日は中国で土地神としての社(土地神)を祭る祝日だったのが、日本に伝わりいっそう、農耕儀礼と密接に融合します。春の社日には五穀の種子を供えて豊作を祈り、秋の社日には初穂を供えて収穫を感謝する習わしとなりました。
春の季語、社日を詠んだ俳句もあります。
・鳶ついと社日の肴(さかな)領しけり 嘯山 ※2
三宅嘯山(しょうざん)は、江戸後期の儒学者・俳人・医者。与謝蕪村らと親交もありました。当時は社日の祭りも一般的だったのでしょう。
筥崎の焼餅うまし春社日
古来より社日は日本各地の田の神信仰と習合して、種々の風習となりました。長野県では御社日様、徳島県では御地神様などと称し、餅をついて田の神を祭ります。また、春の社日に酒を呑むと耳が良くなるという風習があり、これは治聾(じろう)酒と呼ばれます。古事記と縁の深い島根県松安来市には、まさに「社日」という地区の地名もあります。
・村口の土橋の雨も社日かな 松根東洋城 ※2
・竹林に社日の雨の音もなし 古谷実喜夫※2
松根東洋城は夏目漱石の門下生。「土」に含みを持たせている句です。
・社日詣の婆らに入りてやや若し 横山左知子 ※2
・水飴の瓶の口切る社日かな 星野 麥丘人 ※1
・田を売って鍬胼胝(たこ)うすし社日様 小杉昌勝 ※3
時が経ち、社日という風習が次第に失われ、「社」の意味を知らない現代人も多くなってきました。俳句にも祭りとの距離感があらわれたり、田を売ってしまった悲しみが漂ったりしています。
そんな中で、福岡の日本三大八幡・筥崎宮(はこさきぐう)では、春と秋の社日祭に「お潮井取り」が行われます。御神域の、箱崎浜の真砂(お潮井)をいただいて自宅へ持ち帰り、身に振りかけて災難除けとしたり、豊作を祈って田畑にまいたり、博多祇園山笠に用いられたり。日常生活の中に社日が根付いています。社日祭の日は早朝からたくさんの参拝者が訪れ、社日餅も露店に並びます。
・筥崎の焼餅うまし春社日 村上岱南 ※1
春の節目の日、土地の神様をまつる独自の風習が近所にも残っているかもしれません。改めて、四季と自然、土地と収穫への感謝を思い起こしたいものですね。
<句の引用と参考文献>
※1 『第三版 俳句歳時記〈春の部〉』(角川書店)
※2 『カラー図説 日本大歳時記 (春)』(講談社)
※3 『カラー版 新日本大歳時記 春』(講談社)
白川静(著)『常用字解』(平凡社)