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花あれば西行の日とおもふべし―俳句歳時記を楽しむ


寒暖差が激しい日々が続き、まだまだ体調管理には注意が必要ですね。陰暦二月十五日は西行忌。西行法師(俗名・佐藤義清:1118~1190)は平安後期の歌人。平清盛・時忠、崇徳院、徳大寺実能らとも交流がありました。芭蕉が敬慕した、放浪の歌人です。現代人の心にもリアルに響く西行の歌を思い起こしながら、花咲く春のあたたかさを待つことにいたしましょう。

西行がよく詠んだ吉野の桜。今年も楽しみです

西行がよく詠んだ吉野の桜。今年も楽しみです


西行忌その望の日を花ぐもり

・願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃

出家した西行が、かねてより詠んでいた歌です。如月(きさらぎ)は旧暦の二月、望月(もちづき)は十五夜の満月を意味し、ちょうど釈迦入滅の日にあたります。出家の身として、沙羅双樹の下で涅槃に入った釈迦になぞって、満月に照らされた桜の木の下で逝きたい、と考えたのかもしれません。驚くことに、実際に西行は一一九〇(建久元)年の二月十六日、河内国(大阪府)弘川寺で没したといわれています。

そのことから釈迦の涅槃会の二月十五日が西行忌ともなりましたが、二月十六日を忌日とする場合もあります。西行が吟遊したといわれる神奈川県大磯町では、三月末の日曜日に西行祭が開催されます。そういった諸説に対して、次に挙げる有名な一句があります。伝承の当否よりも、花すなわち桜を愛した歌人の心に寄り添った秀作です。



花あれば西行の日とおもふべし    角川源義  ※1



西行忌の句は、西行への憧憬を込めた味わい深いものから、現代人の忙しい立場と歌人との距離をユーモラスに表した内容まで、バリエーション豊かです。



西行忌その望(もち)の日を花ぐもり 鳥 酔   ※2

栞(しほり)して山家集あり西行忌  高浜虚子  ※2

月負うて雲も旅する西行忌      林 翔   ※3

西行忌我に出家の意(こころ)なし  松本たかし ※2

一夜泊まりの大磯通ひ西行忌     村山古郷  ※1

西行の終焉の地、弘川寺

西行の終焉の地、弘川寺


ほしいまま旅したまひき西行忌

ほしいまま旅したまひき西行忌    石田波郷    ※2

武家に生まれ鳥羽上皇に仕えながら出家し、諸国を遍歴した西行。のちに慈円、藤原定家をはじめ後鳥羽上皇にまで賞賛され、「新古今和歌集」では最も多くの歌が選ばれた歌人となりました。世阿弥は『西行桜』を創作、鴨長明も、仏教説話集『発心集』で西行と娘の再会を描きます。インターネットも無い時代に伝説が拡散された背景は、興味深いものがあります。上記の石田波郷が詠んだ自由人への憧れのみならず、西行の歌の大いなる普遍性に依るものでしょう。伊勢神宮に訪れた人のブログなどで、よく次の西行の歌が引用されていますね。中世の時代に伊勢にお参りした人物と、まさに重なる心境を体験した人が多いのでしょう。



・何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる



ではちょうど今頃の季節でしょうか、開花の春を待つ心持ちの西行ワールドをご紹介します。



・山ざくら思ひよそへてながむれば木ごとの花は雪まさりけり

・降り埋(うづ)む雪を友にて春までは日を送るべき深(み)山辺の里

・春知れと谷の細水もりぞくる岩間の氷ひま絶えにけり

・霞まずは何をか春と思はましまだ雪消えぬみ吉野の山

・梅が香を谷ふところに吹きためて入り来ん人に沁めよ春風

・雪と見えて風に桜の乱るれば花の笠着る春の夜の月



<句の引用と参考文献>

※1 『第三版 俳句歳時記〈春の部〉』(角川書店)

※2 『カラー図説 日本大歳時記 (春)』(講談社)

※3 『カラー版 新日本大歳時記 春』(講談社)

<歌の引用と参考文献>

『西行全歌集』  (岩波書店)

佐藤 和彦 ・樋口 州男 (著)『西行 花と旅の生涯』 (新人物往来社)

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